押し倒した郁は、わけが分からないというような表情で自分を見つめている。
(そんな顔は見せない方が正解)
ゾクッとした欲望が、日高の全身を貫いた。
さっきまで風邪をひいて寝ていて、明日の仕事も休むと連絡を入れたくらいなのに、男としての欲望は萎えることはなかったようだ。
 いや、欲しいと思っている郁が目の前にいるから、余計にその思いが強くなったのかもしれないが。
(熱のある時ほど、あっちの方が元気になるって話もあるくらいだしな)
 「あ、あの?」
 「ん?」
早速、郁の服のボタンを外し始めた日高に、郁はようやくその手を押し止めるように自分の手を伸ばしてきた。
しかし、いまいち今の状況が分かっていないのか、その手の力は弱く、本気で抵抗していいものかどうか迷っている様子が伺える
て、日高は笑った。
(そんなんだから、お前はつけ込まれるんだ)
 「郁」
 「あの、これ・・・・・」
 「熱があるんだ」
 「え?あ、あの、じゃあ早く冷やさないと・・・・・っ」
 「うん、だから、郁に鎮めてもらおうと思って」
 「鎮めるって、え?」
 まだ分からないのかと、日高は顔を近づけてチュッと口付けをする。さすがに驚いたように目を見開いた郁に、日高はこういうこと
だよと続けた。
 「セックス、しようか」



 「セックス、しようか」
 まるでお茶にでも誘っているような軽い口調でそう言われ、郁は一瞬どう返事を返していいのか分からなかった。
(セックスって、あの・・・・・セックス、だよな?)
パジャマを着ている日高が、自分の身体の上に圧し掛かっている。
(俺と・・・・・セックス・・・・・)
 「ええっ?」
 日高は病人で、自分は見舞いに来たつもりだった。
訪ねてきた時も日高の顔色はいいとは言えず、自慢の声も少しだけ掠れていて、初めて見る彼の弱々しい姿に世話をしなくては
ならないという使命感に襲われた。
 そんな病人がセックスをしようと考えるなんて思いもよらなかったが、どうやら日高は本気で郁を抱こうとしているらしく、手際よく外
してしまったシャツの中へと入れた手が、意味深に胸元に触れてきた。
 「ひゃっ!」
 くすぐったくて、それと同時に怖くなって、郁はようやく本気で抵抗しようと身体を捩り、足をバタつかせた。相手が病人だということ
は、その瞬間は全く頭の中から消えていた。
 「放して下さい!放せ!」
 「嫌だ」
 「嫌って、日高さんっ、あんた、何しようとしてるのか分かってるんですかっ?病気で、仕事まで休んでるっていうのにっ、こんな変
なことするなんて!」
 「変なことじゃないだろ。郁を可愛がるだけだ」
 「俺っ、男ですよ!」
 「分かってる。同じもの、付いてるしな」
 胸元に触れていたと思っていた手は、何時の間にかジーパンの隙間から入り、下着の上から郁のペニスをまさぐっていた。
郁がそれに気付いたのが分かったのか、日高はニヤッと笑ってキュウッと強くペニスを握ってくる。愛撫とは言えないそれに思わず意
識が集中してしまうと、その隙を狙ったかのようにジーパンが呆気なく下に下ろされてしまった。



 「やっ、止めろ!」
 膝の辺りまでジーパンを下ろしても、郁は抵抗を止めなかった。
日高は手を止め、真上から郁を見下ろす。
 「本当に、嫌なのか?」
 「だっ、だって、こんなの!」
 嫌と言わないのが悪い。日高は中途半端な抵抗しかしない郁を、さらに言葉で追い詰めた。
 「こんなの?」
 「ひ、日高さん!」
 「俺は前からお前に言っていたはずだ。初めて・・・・・人の声に心を揺さぶられた。お前の声は透明で、優しくて、その声に、ずっ
と俺の名前を呼んでもらいたいと思っていたって」
 「日高さん・・・・・」
 「俺の手で、イカせたこともあったよな?」
 「・・・・・っ」
 その時のことを思い出したのか、郁は泣きそうな顔をして視線を逸らそうとする。
もっと余裕があれば、このまま逃がしてやったかもしれないが、熱のせいだろうか・・・・・日高はこのまま郁が泣いてしまっても、最後
まで自分のものにするつもりだった。
 「本当に嫌だったら、お前はその後俺から逃げたはずだ」
 「し、仕事が・・・・・」
 「仕事なんか関係ない。本当に嫌だったら、俺を罵って遠ざけるべきだった」
 だが、あの後も郁は自分の前から逃げなかった。いや、むしろ意識して自分を見つめるようになって、その視線に日高は自分の
想いが通じるかも知れないという確信を、日々募らせたのだ。
今まで手を出さなかったのは、郁の覚悟が出来るのを待ってやるつもりだったが・・・・・。
(これ以上待っても、郁は自分自身で決めることが出来ないはずだ)
 目を引く容姿や職業とは裏腹に、大人しく、目立たないようにしている郁。その一方で、人に流されやすく、優柔不断で、決断
力のない彼の気持ちを、自分がこの手で引き寄せなければ何時まで経っても事態は進まない・・・・・日高はそう思った。
 「今度は身体もちゃんと貰うぞ」
 以前にも言った言葉を、日高は前のような軽い調子ではなく、真剣な思いを込めて言う。
 「大丈夫、全部俺に任せとけ」
郁の全てを受け止めるつもりだった。



 「全部俺に任せとけ」
 「日高さん・・・・・」
 抵抗するために伸ばした手を、郁は・・・・・下ろしてしまった。
いや、自分の意思ではなく、自然に身体から力が抜けてしまい、持ち上げていることが出来なかったのだ。
(俺・・・・・俺は・・・・・)
 会うたびに自分に甘く囁く日高の言葉を、郁は最初こそ困惑し、どうにかして逃げようとしていたが、次第にそれが・・・・・嬉しく、
心が震えるようになったのも確かだった。
誰かに必要とされること、それが、たとえ自分と同じ男だとしても、想われて嫌だと思う人間がいるだろうか?いや、本来、同性か
ら思いを寄せられても困るか、嫌だと思うのが本当だろうが、結局はそう感じなかった自分は・・・・・。
(俺は・・・・・)
 「郁?」
 少し掠れた、それでも十分甘い声が自分の名前を呼んだ。
(・・・・・やっぱり、嫌じゃない)
元々、自分がその手の恋愛に寛容だったのか、それとも、日高の気持ちに引きずられたのかは分からないが、嫌だとここで言い切
ることが出来ないということは、自分の気持ちは既に決まっているのかも知れなかった。
 「・・・・・日高さん」
 「どうした?」
 「お、俺・・・・・」
 「・・・・・」
 「俺が、う、受け、なんですよね?」
 「・・・・・は?」
 「ど、どう見たって、俺が日高さんを押し倒すのって・・・・・無理、だし」
 自分よりも逞しい身体に愛撫を与え、長い足を割り開いて、その奥の・・・・・。
(む、無理!)
 それ以上は想像するのが怖くなって、郁は自分が下にいるのが当然のような気がしていた。どちらにせよ、あの声で名前を呼ば
れ、想いを伝えられた時から、自分の気持ちは既に方向付けられていたような気がしていた。



 郁の中で、どんな風に想いのスイッチが入ったのかは分からないが、それが彼の勘違いだったとしてもこの好機を逃すつもりはさら
さらなかった。
 「仕事では、何度もお前を抱いてきたけどな」
 「そ、そうですね」
 それなりの経験をしてきて、今まで抱く相手には困ったことがなかった日高も、さすがに男を抱くのは初めてだった。
しかし、その練習は十分・・・・・それこそ、何十人も抱いてきたくらい知識は豊富だ。
(十分解さないとな)
 ボーイズラブの仕事がある場合、原作本がある時はそれを読んで主人公の役柄に入り込んだ。その原作は男が読むその手の
本よりも過激な表現があるものもあって、それだけで、多分、日高は郁に痛みを感じさせないで抱く自信は十分にあった。

 全裸になった郁の身体は、とても男という感じではなかった。
少し痩せて、どこもかしこも細くて・・・・・それでも胸は無かったし、下半身には自分と同じ(形は同じとはいえないが)ペニスが付
いている。
 その、明らかな男の象徴を見ても、日高の中の欲望は萎えることはなく、むしろ自分の下半身に血が集中して興奮してきたの
が分かった。
 「・・・・・」
 日高もパジャマを脱いだ。遊びで抱く相手ではないからこそ、きちんと素肌で抱き合いたい。
 「ん?どうした」
じっと自分を見つめている郁の眼差しに気付いた日高が問うと、郁は恥ずかしそうに小さな声で言った。
 「カ、カッコイイ身体ですね」
 「褒めてもらってるのか」
 「俺と、全然違うし・・・・・」
 「違うからこそ、抱き合ったら一つに溶け合えると思わないか?」
そう言うと、日高はそのまま郁の唇にキスをした。口紅の味のしない唇は甘く、その中の口腔は熱くてたまらない。
躊躇うように、それでも逃げずに絡めようとする自分の舌に従順に従う郁の胸元に手をやると、ゆっくりと膨らみの無い乳房を揉ん
だ。
 「・・・・・っ」
 「声を出していいんだぞ」
 「だ、だって、俺・・・・・っ」
 「男だってここは感じる。お前だって知識では知っているだろう?」
 知らないとは言えないだろう。郁も日高同様数多くのボーイズラブのドラマCDに出演してきて、その辺りの知識は普通の男より
もあるはずだ。
案の定、郁は少し困ったような顔をして・・・・・いきなり、日高のペニスへと手を伸ばしてきた。
 「か、郁?」
 「お、お互いに、愛撫しないと・・・・・」
 小さな手の平に包まれたペニス。まだ緩やかな勃起だったペニスは、その途端勢いを増した。
 「・・・・・」
 「郁・・・・・っ」
指先で先端部分を擦り、空いたもう片方の手では根元の双球をやわやわと揉みしだく。羞恥と躊躇いがまだ残っているせいか、
動きがぎこちなくて、かえってそれが日高の官能を刺激した。
 「・・・・・っ」
(このままじゃ・・・・・っ)
 情けないが、このままだったら先に郁にイカされてしまう・・・・・そう思った日高は自分のペニスに触れている郁の手を引き剥がし
てしまうと、
 「ちょっ!」
体勢を変え、郁の両足を強引に割り開いて、いきなり綺麗な薄紅色のペニスを口に含んだ。



 「くうっ!」
 突然ペニスを口に含まれ、郁は声を上げてしまった。
知識では知っているフェラチオ。ねっとりと熱い口腔内に含まれ、舌や唇や歯で愛撫される快感は想像以上のものだった。
 「やっ!あっ、あっ!」
 それまで、何度も、何人も演じていたはずの男同士の恋愛。色んな責めに抱かれてきた(もちろん芝居で、だが)はずだったが、
自分が精一杯想像して出していた喘ぎ声は本当に芝居だったのだと、この瞬間自覚してしまった。
(こ、こんな声っ、出したことな・・・・・っ)

 クチュ

 不意に、ペニスを口から出した日高が楽しそうな声で言った。
 「どうした、何時もより色っぽいぞ」
 「だ、だ・・・・・って!」
 「想像していたよりも、ずっと気持ちが良くないか?」
くくっと笑いながら聞こえてくる声は意地悪なことしか言っていないのに、郁はコクコクと頷くことしか出来なかった。日高が言う通り、
本当に気持ちが良くて、この快感を与えてくれる相手が男か女かなど、全く関係がないと思えた。
 日高の顔が、再び自分の目の前に来る。少し厚い唇が濡れているのは、いったい何でだろうか・・・・・。
 「郁」
 「ひだ・・・・・」
 「もっと、気持ちよくなりたいだろう?」
 「・・・・・」
 「ん?」
 「・・・・・」
うんと頷くのは恥ずかしい。
どうしようかと悩んだ郁は、答えの代わりに日高の口元にそっと手を伸ばして触れる。
 「もっと・・・・・濡らして」
それは、先日日高とのドラマCDの録りの絡みの時に言った、受けである自分のセリフだ。セリフだったら、少しぐらい恥ずかしいこ
とでも堂々と言うことが出来た。