真哉君の真夏の冒険




                                                                    
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 「真ちゃんとこうして寝るの、久しぶりだね」
 「・・・・・うん、そうだね」
 真琴が風呂から上がると、真哉は真琴の部屋だという場所に案内された。
(見え見えなんだもんなあ)
 例えば上の兄2人だったら・・・・・真哉がもっと子供で勘が鈍かったら、ここが真琴の部屋だと言われても納得が出来たかも知れ
ないが、あいにく真哉は自分でも自覚するほど聡い子供だった。
 「広いね、この部屋。うちの茶の間くらいあるんじゃない?」 
 「そうかなあ?」
 「マコ、少しは掃除しないと埃っぽいよ」
 「そ、そう?」
 「布団も干しとかないと」
 「う、うん」
 ほとんど真琴の匂いがしない部屋。机も本棚もベットもあるが、どこかよそよそしい感じがするのは、真琴がここにいる時間がほと
んどないことを証明している。
 しかし、これ以上真琴を苛めるつもりのなかった真哉は、狭いシングルベットの中で真琴にギュッと抱きついた。
 「ふふ、くすぐったいよ」
温かく、柔らかな真琴の身体。豪快で大雑把な上の兄達とは違い、真哉は昔から真琴にくっついていると安心出来て穏やかな
気持ちになれた。
人のいい家族達の中で、自分だけ捻くれた性格をしているという疎外感を感じていた真哉にとって、何時でも自分を包み込んでく
れる真琴は親以上に大切な存在だった。
その真琴が家を出てからずっと、真哉は会いたくて会いたくて、とうとうここまで来てしまった。
 「・・・・・マコ、俺、来ちゃいけなかった?」
 「そんなことないよ?来てくれて嬉しい」
 「ほんと?」
 「うん。なかなか帰れなくてごめんね?」
 「ううん、マコも忙しかっただろうし」
(それに・・・・・多分、あいつが反対したんだろうし)
 真琴のことを良く知っている真哉は、ほぼ正確に事情を把握していた。
そして、そんな風に真琴を縛ろうとしている海藤に、ムクムクと敵愾心を抱いていく。
 「明日、帰らなきゃいけない?」
 「みんな心配してるよ?一度はちゃんと帰って、また遊びにおいで」
 「・・・・・うん」
 時間は明日までしかない。
真哉は目を閉じた。



 翌朝、真哉は料理の出来ない真琴の為に、パンでも焼こうかとキッチンに向かったが、既にそこに立っていた海藤の姿を見て目を
見張った。
ただ何かを飲みに来たわけではないことは、腰のエプロンを見れば分かる。
 「料理は・・・・・あんたが?」
 「あなたがですか・・・・・だろ?」
からかうように指摘する海藤にムッと口を尖らすが、目上の人を敬うようにと教育されている真哉は素直に言い換えた。
 「あなたが作ってるんですか?」
 「ああ、真琴は全然駄目だしな」
 「・・・・・不器用なんです」
 「そこが可愛い」
 「・・・・・っ」
 昨夜の会話で真哉が全てを悟っていると分かっている海藤は、堂々と言い放つ。
真哉はしばらく黙っていたが、ふと海藤の手元を見てにこっと笑った。
 「マコ、海苔苦手なんですよ」
 「・・・・・食べてたぞ」
 「焼き海苔は苦手で、味付け海苔は普通で、韓国海苔は好きなんです」
家族だけが知る真琴の好みを自慢げに言うと、海藤は少し考えた後言った。
 「気を付ける」
 「!」
 まさかこれ程素直に返してくるとは思わなくて、真哉は一瞬目を瞬かせた。
(・・・・・意外)
 「どうした?」
 「・・・・・」
 「おい」
 「あなたの仕事場、見てみたいんですけど、駄目ですか?」
口では伺いをたてながら、真哉は海藤が駄目だと言うとは思わなかった。この男なら、自分の懐を他人に見せることを渋ったりはし
ないだろう・・・・・なぜだが確信的にそう思う。
 海藤はじっと真哉を見つめる。その真意を探るような視線に、真哉は震えそうになる足を踏ん張った。
 「・・・・・いいだろう。それでお前が納得するんならな」
 「ほんと?」
 「嘘は言わない。ほら、真琴を起こして来い」
 「はい」



 「「おはようございます!」」
 野太い声の一斉の挨拶に、真哉はひくっと頬を引きつらせた。
 「ああ」
 「おはようございます」
軽く頷くことで受け流す海藤と、にこやかに挨拶をする真琴。
強面の男達の出迎えに、真哉は思わず真琴の腕にしがみ付いた。
 「ん?どうした?」
 「・・・・・受付のお姉さんは美人だったのに・・・・・」
 「ああ、そうだよね、綺麗な人達だよね」
 「・・・・・って、普通に言う〜?」
 朝、一番最後に起きた真琴は、海藤が真哉を会社に連れて行くと言った時はさすがに驚いたようだったが、帰りの電車の時間ま
でと、真哉は何とか真琴を説得して海藤の会社に連れて行ってもらった。
(儲かるんだな、経営コンサルタントって・・・・・)
十階建てのビルは自社ビルだそうで、外観も中もオシャレでセンスが良かった。
受付で出迎えてくれた2人の美女もにこやかに真哉にまで挨拶をしてくれたが、役員専用というエレベーターに乗って上のフロアに
着いた途端、出会う人間はほとんど怪しい男達だった。
サラリーマンというにはゴツく、着ている服も黒っぽいもので、どう見ても・・・・・。
(まるでヤクザみたいじゃんか)
 そこまで考えて、真哉はチラッと前を歩く海藤の横顔を見る。
(・・・・・高倉健じゃないもんなあ)
その辺の思考は真琴と同じだった。
 「あら、かわいー!!」
 「うわ〜!!」
 突然、現れた派手な男にいきなり抱きしめられた真哉は、思わず飛び上がりそうになってしまった。