幸せな籠の鳥
中編
父と母と、少ないながらいた社員と自分。
壊れるはずは無いと思っていた関係が壊れたのは、ある日突然だった。
会社が危ないということは感じていたが、皆子供である響には何も言ってくれず、全てを失ってから初めて、響は自分がどん
な立場にいるか思い知らされた
両親の死を悲しむよりも、自分の怪我を治すよりも、先に突きつけられた現実。
家や僅かな資産に保険、そして会社を整理したとしても、まだ借金は1億近く残っている。
そうはっきり言ってくれたのは自分の周りにいた者ではなく、取引先の知り合いの夏目という綺麗な弁護士だった。
どうしていいのか分からなかった響に、一々色んなことを教えてくれたのは彼だ。
そして、あっという間におとずれた両親の葬儀で、響は夏目の雇い主であるという人物に会った。
大人の男・・・・・そう思った。見上げるほど高い身長に、堂々とした体躯、自身に満ち溢れた雰囲気。
そして、気後れするような美貌。
その男の名を、響は知っていた。西園寺久佳だ。
響のような中学生でも知っている、テレビや雑誌でよく取り上げられている有名な青年実業家だった。
そんな彼と自分の両親が知り合いだとは到底思えなかったが、それでもわざわざ来てくれたことに礼を言いたくて、響は西園
寺の部下という小篠に促されてその面前に立った。
「こんばんは」
先ずは、今回の葬式のこと関しても色々助言をしてくれた夏目に頭を下げた。
「お葬式にまでわざわざすみません」
「いいえ。こちら、私の雇い主である西園寺です」
「あ、高階響です。夏目さんには葬儀のことにも相談に乗っていただいて助かりました」
「あ・・・・・いや、大丈夫なのか?1人で」
優しく響く声に、響は思わずといったふうに頷いた。
その場ではそれぐらいしか話をしていなかったのに、数日後再び現れた夏目は様々な書類を持っていた。
それは、響の後見人を西園寺と決める法的な書類だった。
身寄りではない赤の他人の西園寺が後見人になるには色々と問題があっただろうが、それらは全て解決して後は響の承諾
を得るだけとなっているようだった。
未成年である響にはまだ保護者が必要だったが、本来なら頼るべき親戚の者もおらず、父親の知り合いからは引き取ろうと
言うありがたい申し出もあったが、響本人は施設に入る覚悟をしていた。
とにかく、後数ヶ月で迎える卒業式を済ませ、それからは働いてとにかく父親の残した借金を払っていこう・・・・・そう思ってい
たのだ。
そんな響に、夏目は甘えればいいと言った。
どうせ余っているお金なのだから、出してくれると言うのならばそうさせればいいと。
何も考えずに頷けるほど子供ではない響は随分葛藤したが、最終的に西園寺本人が現れ、一緒に暮らして欲しいと頭を
下げられた時、響の心の中の小さなプライドは粉々に消え去った。
西園寺も肉親に縁が薄い人だと知ったのは、一緒に暮らし始めて間もなくだった。
マンションには家族の写真はおろか、誰かの気配といったものは全く無く、西園寺の持つ静かでモノクロといった空気だけを感
じた。
自分が西園寺を変えようという大それたことは思わなかったが、出来るだけ一緒にいようと決意したのは確かだ。
思い掛けなく右手が不自由になったこともあったが、食事や風呂以外でも、マンションでは常にくっついているようになり、西園
寺の意外なほどの細かい気遣いや不器用な優しさに、響は両親を亡くしたことと身体が不自由になった辛さや悲しさを、少
しずつ受け入れていくことが出来た。
それでも、心の中に決めていたことが一つ。
それは、18になったら・・・・・高校を卒業したら、西園寺の元から独立するということだ。
西園寺に不満は一つもない。
自分が特別に優しくされていることも分かっているし、響自身、西園寺と離れたいとは思わなかった。
しかし、どう考えても自分達の関係は異質で、何の価値も無い自分がいずれ西園寺の障害になるのではと恐れることが多
くなった。
西園寺はまだ若く、実業家としてもまだまだ大きくなる人だ。
傍にいるのは自分ではないと、響は何度も何度も自分に言い聞かせた。
西園寺が通わせてくれる有名私立高校で、就職を希望する生徒は皆無といってもいい。
それでも響は恥ずかしいとは思わず、教師に事情を説明し、出来るだけこの地から離れた場所の就職先を探してもらった。
幸い成績も良く、素行もすこぶる良い響には、片手が不自由だとしても思ったよりも良い条件の就職先があった。
面接を受けなければならないが、よほどのことが無い限りは大丈夫だと教師にも言われた。
後は、西園寺に報告をするだけとなった。
それでも、少しは躊躇う気持ちが残っていたのか、なかなか就職の話は出来なかったのだが、今日、綺麗な虹を見た時、
不意に今日だと思ったのだ。
−−−
「響、どういうことだ」
「・・・・・」
(怒ってる・・・・・)
今まで響には手を上げるどころか、声も荒げたことがなかった西園寺が、無表情で響に詰め寄る。
その空気が刺すように冷たく感じ、響が浮かべていた笑みも頬の上で強張ってしまった。
「・・・・・決めてたんだ、この日までって」
「・・・・・」
「高校を卒業したら、僕だって働けるようになる。久佳さんにとっては僅かかもしれないけど、これまで借りてきたお金も返すこ
とが出来るし・・・・・」
「何が出来る?」
「え?」
「まだ18の子供に、それも片手が不自由なお前に、そんな口がきける程の金が稼げるのか?」
「久佳さん・・・・・」
これまでどんなことがあっても響の手のことなど問題にしなかった西園寺が、こんなにきつい言葉を自分に投げつけるとは思
わなかった。
響は心臓の鼓動が早くなってくるのを感じ、左手で胸を押さえて小さな声で言った。
「お金は・・・・・確かに少しだけど・・・・・でも、これからどんどん久佳さんに使わせるお金が増えていくよりは、少しずつでも返
していきたくて・・・・・」
「響」
「な、何?」
「世の中で簡単に金を稼げる方法は2つある。それは犯罪に手を染めることと、身体を売ることだ」
西園寺はソファから立ち上がると、ゆっくりと響の前まで歩み寄り、小さな顎を長い指で捕らえた。
「お前はどちらが出来る?」
「ど・・・・・どっちも出来ない・・・・・」
「そのどちらも出来ない子供が生意気にここから出て働くと言うのか?響、金を稼ぐと言うのは楽じゃない。お前の借金はま
ず減らないだろう」
「・・・・・」
口でも、物理的にも、響が西園寺に勝てることはない。
この厳しい言葉も、西園寺が自分の為に言ってくれているのだと分かる。
しかし、響もこれ以上西園寺の傍にいて、彼を自分の邪な思いの犠牲にする事は出来なかった。
「出来るよ、僕」
「響っ?」
「身体・・・・・売れる」
−−−
そこから先は何が何だか、響は自分の身に起こっていることだと言うのに全く理解が出来なかった。
小雨が降る薄暗い窓の外。
煌々と明かりが灯る室内。
社長室の革張りのソファに押し倒され、奪うように唇を重ねられた。
苦い煙草の味と、慣れた西園寺の匂いに目が眩みそうになるが、響の口腔内を激しく愛撫する口付けに意識は引き戻され
た。
(ど・・・・・して・・・・・?)
西園寺にとっては響を懲らしめる為の口付けでも、響にとってこれはお仕置きにもならない。嬉しいと思うことをされて、嫌だ
と思うはずがないのだ。
舌が痺れるほど吸われた後、響は恐いほど無表情な西園寺に顔を覗き込まれながら言われた。
「・・・・・身体を売るのに男も女もない。お前は男に買われるという可能性は考えなかったのか?」
「ひ、久佳さん」
「怖かっただろう?響。もう身体を売るなんて言うんじゃない。私は・・・・・お前をそんな目には遭わせたくないんだ」
万感の思いを込めたような西園寺の言葉に、響は涙が出そうなほど嬉しくなった。
これ程思われれば、それがたとえ肉親のような思いからだとしても、もうこれ以上望むことはない。
そして・・・・・出て行くのならば・・・・・。
「・・・・・大丈夫」
「響!」
「出来る。出来るよ、僕。こんな身体が売れるなら、買ってくれる人に売る」
「私の言葉が分からないのかっ!」
「久佳さん・・・・・買ってくれる?」
どうせ諦めねばならないのならば、たった1度でもいい・・・・・欲望の対象として、西園寺に抱きしめてもらいたいと思った。
「・・・・・お前の身体に1億の価値があるというのか?」
「そ、それは・・・・・」
「お前が言ったんだぞ」
そのまま引き裂かれるように服を脱がされても、響は嫌だとは言わなかった。
「響・・・・・」
何時もは限りなく優しく響く声が、今はとても苦しそうな響きになっている。
そうさせている原因が自分だと分かっているが、響は西園寺を止めようとは思わなかった。
(ごめんね、久佳さん・・・・・)
知り合って3年、後見人としてではなく、恋する対象だと自覚して2年。
響はもっと早くこうすれば良かったと後悔した。もっと早ければ、もっとたくさん抱きしめてもらえたし、男の自分でも性欲の対象
になり得るのだと思えば、西園寺が外で女性と一緒にいることも止めることが出来たかもしれない。
(本当はすごく嫌だったんだよ)
響は西園寺が考えるほど子供ではない。
西園寺が夜遅く帰って来た時、偶然起きていた響はそのスーツに甘ったるい香水の匂いがついていた事にも気付いている。
特別な相手がいないからといって、女性と関係を持つことがないとは言い切れないのだ。
一緒に暮らすようになり、ほとんどのプライベートな時間を一緒に過ごしてくれていた西園寺の外での行動までは縛れない。
響は西園寺を慕うようになってから、何度も同じことを考え、悩んできた。
それも、最後に抱きしめて貰うならいい。
これだけで、今までの想いを消化出来る・・・・・そう思った。
「あっ、あ・・・・・ん!」
どこにキスされても、どんな格好を取らされても、響は全てを受け止めた。
もしも西園寺が誰かの前で足を開けと言えば、それさえも受け入れられると思った。
ただ・・・・・、西園寺がそんなことを言うはずがないとも信じていたが。
「あ・・・・・ん!」
静かな部屋に、甘い声が響いた。
それが自分が出した声だと気付いた響は、たちまち真っ赤になって唇を噛み締める。
しかし、西園寺の親指が優しく唇をなどり、甘い声で囁いた。
「噛み締めるな・・・・・唇に傷がつく」
「・・・・・うん」
響にとって西園寺の言葉はある種絶対だ。
響は素直に口を解き、自分では耳が塞ぎたくなるほど恥ずかしい声を出すのも我慢した。
「・・・・・本当に抱くぞ」
「ん」
迷いなく頷く響に、西園寺はきつく眉を顰めた。
「私に抱かれるのを我慢するほど・・・・・外に出たいのか」
違う・・・・・そう言いたいのを堪え、響はただ西園寺を見つめる。
自分はほとんど服を乱していないまま、西園寺は一度目を閉じ、そして・・・・・。
「痛ければ俺の指を噛め」
そう言って、響の口に右手の人差し指を咥えさせると、左手で軽々と響の片足を抱え上げ、まだ全く解していない未開の蕾
に、一気に自分のペニスを突き刺した。
「!!!」
痛いと感じる以上の激痛が身体を貫いたが、それ以上に響の心は喜びで溢れていた。
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はい、中編です。
響君も色々考えていたようです。すれ違ってますね、この2人は。
次は後編、2人の目線です。