STEP UP !
12
昼休み、屋上でカレーパンを食べながら(弁当は完食済)、太朗は昨日のことを思い出していた。
(父ちゃん、いきなり一緒に行くって言うんだもんな〜)
その日の昼に上杉と電話で話した太朗は、夕方会った時にもっとちゃんとこれからの作戦を話そうと思っていた。
そこに、父が付いて来ると言って・・・・・これはチャンスかなと思ったのだ。
大好きな上杉と、大好きな父。
2人共太朗を大切に思ってくれる2人なら、最初は反発しても分かり合えるのではないかと微かな希望を抱き、父も同行して上
杉と会ったのだが・・・・・。
(ジローさん、怒ってはなかったと思うけど・・・・・)
自分がギクシャクしていたら2人はもっとそうなってしまうかとも思い、太朗はあえて2人を気遣わず、何時ものように散歩を遂行
した。
それが良かったのか、悪かったのか、上杉は多少言葉数は少なかったが何時もと変わらず、父も同様だった。
しかし、2人は全く会話をしようとしなかった・・・・・。
「はあ〜」
「タロ、どうしたんだ?」
その時、太朗は自分の手元に影が落ちたことに気付く。
「珍しく深刻な顔してさ」
「ああ?」
太朗は顔を上げて、そこにいる中学2年以来の悪友である大西仁志(おおにし ひとし)の顔を見上げた。
高校3年生になっても同じクラスになった大西は、今だバスケット部に在籍している。インターハイまでは頑張ると言っている大西
の身長は、既に180センチを軽く超えていた。
一緒に歩いていればあまりにも体格が違い過ぎてカッコ悪いと思うこともあるものの、やはり大西の傍は居心地が良かったし、
大西も同じように思ってくれていると思う。
「どうしたって?」
「変な顔してる」
「変な顔お?」
「それに、菓子パンも1個しか食べないし」
今だ成長期を声高に叫んでいる太朗は、貴重な小遣いの中から昼の弁当に足す菓子パンを2個買っている。単価は安いも
のの、積み重ねるとけして安いものではないが、それでも成長の為に頑張って食べている太朗。
しかし、ここ数日はその菓子パンも1個だけになっていた。
そんな自分の変化に気付いてくれていたのかと、太朗は嬉しくなってくふふと笑う。やはり友情というものはいい。
(そうだな〜、仁志にも聞いてみよっかな)
自分とはまるで違う、今時の容姿の大西は結構モテる。今まで付き合ってきた女の子のことで、その両親と揉めることは無かっ
たかと、少しだけ野次馬根性も入って聞いてみた。
「なあ、仁志は恋人の親とあんまり相性良くなかったらどうする?」
「はあ?」
どこまで話していいのかと太朗は考えてしまったが、太朗と上杉のことを知っている大西にはなんとなく見当がついたらしい。
少し複雑そうな表情にはなったものの、太朗の前に胡坐をかいて座ると、ちゃんと一緒に考えてくれた。
「悪いけど、俺はそんな経験ないし」
「そうだよな〜、仁志だったらどんな親だって交際を賛成するだろうし」
「・・・・・俺のことはいいの」
なぜか、大西はじっと太朗の顔を見つめていたが、直ぐにコホンと咳払いをした。
「おじさんとあいつ、会ったのか?」
大西は上杉のことを名前で呼ばない。それももう慣れたことなので、太朗も直ぐにうんと頷いた。
「うん、まあ、結局そういうことになっちゃって」
「・・・・・付き合ってるって言ったのか?」
「・・・・・ジローさん、少しも言葉をごまかさないんだ」
「それって・・・・・おじさんの複雑な気持ちも分かるけど、あいつも一応の誠意はあるってことだよな」
「誠意?」
「普通、あんな大人の男が、男子高校生と付き合ってるなんて言わないだろう?勉強教えてるとか、趣味が一緒でとか、何と
か関係を濁すんじゃないかと思うけど、あいつはそんなことをしないでちゃんと言ったんだろ?」
少し見直したなと呟く大西の言葉を聞きながら、太朗は思い掛けないことを言われたように内心戸惑ってしまった。
上杉が父に会いにきたのは、単に付き合っているという事実を伝えるためだと思っていたからだ。
(ジローさん・・・・・俺のこと、考えてくれてたのか・・・・・)
「おじさんは苦手そうなタイプだよな」
「なんか、性格正反対って感じ」
「・・・・・うん、分かる」
「このまま・・・・・仲良くなれないのかな」
「仲良くなるって思う方がおかしいだろ?おじさんが反対するのが本当だし、第一、他人から見たってお前とあいつはつり合わな
いって」
「仁志・・・・・」
「厳しいようだけど、反対されるのが本当だと思う。・・・・・でもな、タロ。ここで諦めたら、お前達絶対に駄目になるぞ」
大西は太朗を真っ直ぐに見ていた。けしていい言葉ではなく、大西も言いたくないかもしれない厳しい言葉を、それでも太朗に
ちゃんと考えるようにと言いながら伝えてくる。
「俺だって、おじさんと同じ、お前とあいつのことは絶対に反対だ。だけど・・・・・もう、2年近くも付き合ってるお前達を、今更別
れさすことなんて出来ないかもなって思ってる。なあ、タロ・・・・・お前、あいつと別れたくないんだろ?それとも、おじさんに反対さ
れたら諦めるのか?」
どう答えていいのか、太朗は一瞬分からなかった。
もちろん、上杉と別れることは考えたくなかったが、かといって父の気持ちを無視することなんて出来ない。
同じ《好き》という言葉でも、全く意味の違う存在。
(どちらがなんて決めらんないよ・・・・・)
「え?太朗?まだ帰ってないわよ」
『まだ?・・・・・あいつ・・・・・』
「変なこと考えないの。まだ学校からも帰っていないのよ?それに、今日は上杉さんとは会わないんじゃない?」
『・・・・・どうして佐緒里さんがそんなことを知ってるんだ?』
「太朗を信用していいと思うわ。あの子は私達に嘘なんかつかないから」
『・・・・・今日は早く帰る』
「待ってるわ、七之助さん」
電話を切った佐緒里は、自然と零れる苦笑を止めることが出来なかった。
(本当に、親馬鹿)
太朗のことを猫可愛がりしているとは思っていたものの、ここまでとは思わなかった。
これが、今回太朗の相手が上杉のような男だったから更に問題は複雑になったが、もしも相手が普通の女の子だったとしても、
苑江は簡単に交際を許しただろうか。
「まるで箱入り娘みたいね」
自分が生んだのは立派な男の子だと思うが、苑江の意識の中では違うのかもしれない。これが、下の息子の伍朗の時にも発
揮されてはかなわないなと、佐緒里は遠い未来の心配をすることになってしまった。
「ただいま」
「!」
(帰ってきた!)
仕事人間の父にしてはかなり早い帰宅。
非番だった次の出勤の時は、残業してまで仕事をしているような父だが、今日はどうしてこんなにも早く帰ってきたのだろうか。
(・・・・・俺の、為、だよな)
自分と上杉のことを心配して、父はこんなにも早く帰ってきたのだ。太朗はそこまで心配されているのかという嬉しい気持ちと、
そんなに信用されていないのかという寂しい気持ちが混ざったような、今まで感じたことがないような複雑な思いがしていた。
(はあ〜、困ったな・・・・・)
「太朗っ、ご飯よ!」
「は〜いっ!」
茶の間に下りると、普段着に着替えた父が既に座っていた。
「・・・・・お帰り、父ちゃん」
「ただいま」
父は顔を上げて、太朗に向って笑い掛けてくれた。何時もの自分の席に座った太朗はチラチラと父の横顔を見るが、父はその視
線に一向に応えようとしない。
気付いていない・・・・・ことは、ないだろう。それならば父は、太朗の視線を意識的に無視をしていることになる。
(・・・・・寂しいな)
「兄ちゃん!今日はカレーだって!」
「知ってるよ、匂いがしてたもん。でも、俺今日カレーパン食べたんだけどなあ」
「カレーパンのカレーと母さんのカレーは違うでしょう?」
そう言いながら、台所からカレーの皿を運んできた母は、お茶の準備をして頂戴と言った。
「分かった。・・・・・あ、父ちゃん、焼酎・・・・・」
「・・・・・いや、今日は飲まない」
「あら、刺身も用意してあるのよ?」
「しばらく酒は止めるから、俺にもカレーを用意してくれ」
「はい」
食事前の一杯を楽しみにしていた父の言葉に、母は一瞬チラッと太朗を見たが、仕方ないと諦めたように立ち上がって台所に
向かった。
「母ちゃんっ」
慌ててその後を追った太朗は、母親の腕を引っ張った。
「父ちゃん、焼酎飲まないってっ」
「断酒のつもりかな?」
「断酒?」
「願いごとが叶うまで、好きなお酒を絶つってこと。・・・・・願いごとって何かしらね?」
「母ちゃん〜」
「ふふ、こんなことを一々気にしていたら身が持たないわよ、太朗。飲むのが大好きな七之助さんが何時までも我慢出来るな
んてとても思えないから」
何なら、何時まで続くか賭けてみると楽しそうに言う母は、本気なのか冗談なのかが全く読めない。太朗は眉を顰めてしまった
が、母はその眉間を指先で摩りながら続けた。
「しばらくは大人しくしていなさい。外泊も無しよ」
「・・・・・それって、何時まで?」
「それは、自分で判断するしかないわね」
「・・・・・」
「ほら、ご飯ご飯」
固まってしまった太朗の肩をポンと叩いた母は、大きな皿に山盛りのご飯とカレーを注いで、茶の間の方へと戻っていった。
その後を追いかけなければと思った太朗だったが、お茶はという声に慌てて急須にお茶の葉と湯を入れ、伍朗と自分用にミネラ
ルウォーターを入れる。
そして、一度深呼吸をしてから、思い切ったように茶の間へ足を向けた。
![]()
![]()