STEP UP !



14








 甘いミルクティーを口に含みながら、壱郎はどうしようかなと考えていた。
こうして太朗を呼び出したものの、実を言えば壱郎は何か魂胆があったわけでもないし、今回の太朗と自分の息子のことで妥
協策を思いついたわけでもなかった。
 ただ、あの元気で可愛かった太朗にもう一度会いたかったのだ。
愛情の注ぎ方も分からないまま、自分よりも大きく育ってしまった息子に、あんなにも豊かな表情や感情を与えてくれた小さな功
労者に、自分も楽しませて欲しいと思ってしまった。
(私の方が随分年上なのにな)
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 隣に座っている少年は、マスターが器用に作ったメロンソーダー(なぜか、アイス付き)を一生懸命食べている。
店に入った時は酷く戸惑ったような顔をして、つい先程は困ったような表情をしていたのに、今は子供のように顔を輝かせて、目
の前のグラスと口をスプーンが絶え間なく動き続けていた。
 「美味しい?」
 「はい!」
 「そう。ここはカクテルもイケルんだけど、太朗君にはまだ早いからねえ」
 「そうですね。ジローさんも俺にはお酒を飲ませてくれないし」
 時々は例外だけどと笑う太朗は、きっと息子のことを思い浮かべているのだろう。
男同士・・・・・それも、随分歳の差があるとはいえ、この2人は確かな愛情で結ばれているのだと、2人の関係を知ってからまだ
間もない自分にもよく伝わってきた。
 「最近、滋郎とは会った?」
 「あ・・・・・」
 太朗の手が止まり、途端に顔が曇る。
壱郎は一瞬言わない方がいいかとも思ったが、どのみち自分達の間には絶対息子がいて、その話題を避けることの方がわざと
らしいだろう。
 「会ってない?」
 「・・・・・はい」
 「どうして?ご両親が・・・・・お父さんが、駄目だって?」
 「・・・・・父ちゃ・・・・・父は、駄目だとは言いません。ただ俺が、父ちゃんが嫌な思いをするのに、ジローさんと会って笑っているこ
とは出来ないなって思って・・・・・」
 「・・・・・そう。お父さんは会うこと自体は禁止はされていないんだねえ」
 「門限はありますけど」
 「・・・・・」
(真っ直ぐな人だなあ)
あの親だから太朗のような素直な子供が出来るのだろうなと、壱郎は少しぬるくなったミルクティーを口に含んで、太朗の方へと
身体の向きを変えた。




 上杉と会わないことで、父の気持ちは確かに平穏になっているかもしれないが、会わないと言われた方の上杉の気持ちはどう
なるのだろうか。
改めて考えると上杉に悪くて、それと同じ様に、感じまいとしていた自分自身の寂しさも再び突きつけられて・・・・・太朗は持って
いたスプーンから手を放してしまった。
 「・・・・・俺、ジローさんに酷いことしてるかも・・・・・」
 「太朗君」
 「ジローさんは全然悪くないのに・・・・・」
 「それは違うと思うよ、太朗君」
 「え?」
 太朗は隣に座る壱郎をじっと見た。
 「おとーさん?」
 「君にそう呼ばれたら若返った気分になるけど、壱郎サンって呼んでくれないかな?その方が楽しいし」
 「は、はあ」
(なんか・・・・・すっごく変わっているんだよな)
味方という感じではないが、そうかといって敵という感じでもない。
どちらかというと楽しんでいるといった感じで、そう思うと、やはり外見は全く似ていないものの上杉の父親だなあと思ってしまう。
 「さっきの話だけど、滋郎が悪くないということはないと思うよ?」
 「で、でも」
 「何時だって、奪われる者は奪う者を悪く思うんだよ。だから、君のお父さんにとっては、君を奪う滋郎は悪者。これはもう変えよ
うのない事実だから」
 「・・・・・」
(そ、そう言われれば、そんな気がしないでもないけど・・・・・)
本当に、悪いのは上杉だけなのだろうかと思ってしまった太朗は、
 「おい、勝手なことぬかすんじゃねえよ」
 「!」
 入口のドアが開いたと同時に、呆れたように言う声。
聞き覚えのあるその声に慌てて振り向いた太朗は、あっと顔を綻ばせる。
 「ジローさん!」
 「・・・・・勝手に誘拐されんじゃねえよ」
眉を顰めて店の中に入ってきた上杉は、なぜかはあと溜め息をついていた。




 車と容姿で検討はつけたものの、本当に父親が太朗を連れ出すとは思わなかった。
いや、自分が均衡するこの状況をどうにかする為に動こうとした矢先に、父親も同時に動いたということが、妙な血の繋がりを感
じさせて居心地が悪い。
(本当に勝手なことしやがって・・・・・)
 自分が直ぐに見つけたからいいものの、もしもヤバイ連中に目を付けられたらどうするというのだろうか?高校生の太朗はもちろ
ん人から恨まれることなどないが、ヤクザの看板を背負っている自分は・・・・・。
 「もちろん、お前が来ることは予想していたよ」
 「あのなあ」
 後ろから小田切がついて来ているのか確かめもせずに、上杉は眉間に皺を浮かべたまま近付いてくる。
 「いい切っ掛けになってない?」
 「・・・・・動くつもりだったんだよ」
 「へえ・・・・・もっと時間が掛かると思ったんだけど」
 本当に感心したように言うから面白くない。
上杉は椅子に腰掛けると、チラッと太朗の手元に視線を向けた。
(酒は飲ませていないようだな)
幾ら非常識な親だとはいえ、こんな時間から未成年の高校生に酒を飲ますとは思わなかったが、自分の目で見てようやくほっと
安心をした。
 「・・・・・」
 次に、上杉はじっとっ自分の顔を見る太朗の視線に気付く。
 「ん?」
 「・・・・・な、なんか、久し振りだと照れるね」
 「そうか?」
太朗らしい言葉に上杉は思わず笑ってしまった。まあ、少しは焦ってしまったが、一応切っ掛けにならなくもなかったということだろ
う。けして感謝の言葉を言うつもりはないが。
 「そうだよ」
 隣に座っている自分の父親の存在を気にしたのか、少しだけ恥ずかしそうに笑う太朗が可愛くて、同時に、随分長い間その唇
にさえも触れていないことを思い出して、上杉は、
 「タロ」
 「え?・・・・・んぐっ」
名前を呼んで太朗の顔を上向かせると、そのままかぷっと唇を塞いだ。
いきなりだったせいか閉じられないままの口の中にするりと舌を滑り込ませると、上杉はそこに人目があることも構わずに(親もいる
のだが)甘いキスを味わった。
 「・・・・・」
 上杉の視界の端に、呆れたような表情の小田切の顔が見えているものの、もちろんそれが、上杉がキスを解く理由にはならな
かった。




 「・・・・・ぱっ」
 突然の上杉の行動に息継ぎもままならなかった太朗は、ようやくキスから解放されると色気もなく大きく口を開けてはあはあと
酸素を取り込んだ。
(い、いきなり、何するんだよ〜)
 「・・・・・」
 太朗は、チラッと真正面にいるマスターらしき男を見る。
(・・・・・良かった、無反応)
客商売の模範的態度というか、男は今の男同士のキスを見ても少しも動揺した風も面白がっている様子もなく、ただそこに空
気のように存在している。
 「お前、少しは場所を考えたらどうだい?」
 隣に座る(中に1つ空けていた椅子には上杉が強引に座ってしまった)壱郎は、何だかニヤニヤ笑っていた。慌てている自分だ
けが笑われている気がして、太朗はカッと耳まで赤くなる。
 「・・・・・」
(そ、そうだ、他にも・・・・・)
 まだ、一応関係者といってもいい壱郎は置いておいて、ここには全く無関係の第三者達がいたのだ。
 「う・・・・・」
 「若いねえ」
 「可愛いじゃないか」
 「・・・・・」
居たたまれない太朗の気持ちを解してくれるつもりなのか、店の中にいた(太朗から見たら随分と大人の)客達は、そう言ってそ
れ程に騒がない。
だが、それがかえって恥ずかしい。
 「・・・・・ジローさんめ〜」
 「ん?」
 「・・・・・」
 自分が怒っていることは絶対に分かっているはずなのに、上杉は何が問題なのだと堂々としている。太朗は自分の恥ずかしさ
の方がおかしいのかと錯覚をしてしまうくらいだ。
 「こんなとこでチューなんて・・・・・バカップルだよ」
 普通なら絶対に人前では出来ないだろうと責めるのに、太朗のその言葉に上杉は男らしい頬に笑みを浮かべて、ふんっと顎を
上げて言う。
 「一応、カップルって自覚はあるのか」
 「・・・・・!」
(カ、カップル・・・・・)
 今は何を言っても、妙に浮かれてしまっている上杉には何の小言にもならないだろう。
それでも、諦めてしまうほどには太朗は出来た人間ではなく、高い椅子で床に付かずにブラブラとしていた足の爪先で、嫌味なく
らい長い上杉の足をガンッと蹴った。