STEP UP !











 壱郎の出現には驚いたものの、元々人見知りはほとんどなく、おまけに大好きな上杉の父親ということで、太朗は直ぐに安心
したような笑みを向けた。
 「ジローさんの父ちゃんがこんなに若いなんて思わなかったなあ」
 「僕も、滋郎の恋人がこんなに可愛い男の子なんて思わなかった。良かったよ、父親にまで色目を使ってくるような若い女の子
じゃなくって」
 「え、え〜っと・・・・・」
(それって、どういう風に考えたらいいんだろ・・・・・?)
 上杉の口振りから考えれば、父親と会うのはかなり久し振りというような感じだ。
すると、昔の上杉の恋人に会ったことがあって、その相手はこの父親にも気を惹かれてしまったということだろうか?
(・・・・・なんだ)
 少し、面白くはないが、昔のことを責めたって始まらず、全く恋人がいなかったと言われる方が嘘くさい。冷静に冷静にと心の中
呟いた太朗は、それでも口元が歪むのは治せないまま、隣に座る上杉の横顔をチラッと見上げた。
 「ジローさんって・・・・・女タラシ?」
 「バ〜カ、遊びと本気を一緒にするな」
 「俺は、遊びで誰かを好きになったことなんてないもん!」
 「当然だ。お前が初めて好きになったのは俺だけなんだし、俺だってもうお前以外本気にはならない」
 本気になったのは太朗だけだと言わないところが上杉らしいと思った。前の奥さんを、本気で好きになったから結婚したと言って
いた。それから数えれば自分は二番目になってしまうが・・・・・。
(俺の後にはいないんなら・・・・・いっか)
 「会長、今の言い方は少しおかしくありませんか?太朗君以外に本気にならないと言うのなら、遊びはするって聞こえますよ?
ねえ」
 「あ!ホントだ!」
 「ああっ?」
 全く気に留めなかったことを小田切が指摘して、太朗は思わず上杉を睨みつける。
その顔に苦笑を零した上杉は、チラッと小田切を睨みつけてから言った。
 「もちろん、もうタロ以外は欲しくないって」




(何でこいつは余計なこと・・・・・)
 そう思いながら小田切を睨みつけても、当の本人が全く気にも止めていないのならば何を言っても無駄だろう。
これ以上変な口は挟むなよと一応視線で釘をさしながら、上杉は本来太朗がここまでやってきた訳の方を聞くことにした。
 「タロ、電話で、俺達のことが父親にバレたって言っていたが・・・・・」
 「あっ、そうなんだよ!」
 今まさにショートケーキを口に頬張ろうとした太朗は、上杉の言葉にハッと手を止めて叫んだ。
 「ど、どうしようっ、ジローさん!」
 「落ち着いて、どういうことかちゃんと説明しろ」
 「う、うん」

 太朗は上杉に促され、休日の父の誘いの言葉から、自分が上杉との先約を取って断ったこと、その理由を父親が知りたがっ
て、母親が恋人の存在をバラしてしまったことまでを話した。
 「じゃあ、相手が俺だってことはまだ分からないのか」
 「うん。男の人と付き合ってるっていうことは母ちゃんも言わなかった。でも、絶対にじきにバレちゃうよ。俺、父ちゃんに嘘なんか
付きたくないし・・・・・」
 「・・・・・」
(まあ、ファザコンのこいつならそう思うだろうな)
 父親のことが大好きな太朗が嘘をつけないことはよく分かる。だからこそ、自分のことは言わなかったのだろう。
聞かれてしまったら、上杉との付き合いを言ってしまったら、まだ現実にはなっていないそのもしもに、太朗は不安で押し潰されそ
うな気分になっているに違いない。
 「タロ、心配するな」
 「だってっ」
 「いざとなったら、ちゃんと俺が挨拶に行くから」
 上杉自身は、太朗の身も心も自分のものにした時から覚悟はしていた。けして遊びで高校生に手を出すことなどしないし、第
一そんな生半可な気持ちだったら太朗は受け入れてくれなかっただろう。
 太朗曰く、熊のようだという父親。しかし、どんなに殴られても蹴られても、罵声を浴びせられても、太朗を手放すことだけは絶
対に考えられない上杉は、避けられない事態になったことをいい切っ掛けが出来たと思うようにした。




 きっぱりと父親に挨拶に行くと言ってくれた上杉の言葉は嬉しい。
それでも、もしも自分達の付き合いに父親が反対したら・・・・・いや、そもそも男と、それも自分と歳の近い男と太朗が付き合う
ことに、子煩悩な父親が簡単に許してくれるとはとても思わなかった。
(ジローさんが父ちゃんに殴られちゃったりしたら・・・・・もしも、2人が喧嘩しちゃったりしたら・・・・・っ)
 いったい自分はどちらを助ければいいのか分からない。
大好きな上杉と、大好きな父親。
(俺・・・・・)
 「太朗君」
 俯いてしまった太朗の顔を覗き込むように声を掛けたのは壱郎だ。
 「滋郎のこと、本当に好きでいてくれるんだね」
 「え?」
 「君よりもずっとオジサンだけど、いいの?」
 「おい」
壱郎の言い様が気に入らないのか上杉が口を挟んでくるが、壱郎の視線は太朗の顔から離れない。
(・・・・・似てる)
初対面ではあまりに印象が違い過ぎて、似てない親子だなと思ったくらいだったが、こうしてじっと視線を合わせていると、その目
が驚くほど上杉に似ていることが分かった。
 「ん?」
 思わず頬が綻んだ太朗に、壱郎が首を傾げる。
子供のようなその仕草に、太朗はますます笑ってしまった。
 「さっきも思ったんだけど、お父さんって、ジローさんと似てますね」
 「え?僕が?」
 「よく見ろ、タロ。俺とこいつのどこが似てるんだ」
 「えー、だって、優しい目がそっくりだよ。俺の好きなとこだもん、間違えないよ」
きっぱりと言い切った太朗に、さすがの上杉親子も一瞬言葉が出ずに顔を見合わせた。




 幼い頃ならばともかく、20歳を過ぎる頃からは似ていない親子と言われることが多く、上杉自身もそう思っていたのだが、今の
自分を一番知っているはずの太朗に似ていると言われ、直ぐに違うだろうと否定することは出来なかった。
(・・・・・まあ、一応血が繋がってるからな)
これだけは仕方がないと、上杉は面白くない気持ちながらも文句の言葉を飲み込む。
壱郎も、少し気恥ずかしそうな笑みを浮かべて太朗を見つめていたが、ふと顔を上げて上杉を振り向いた。
 「お前まだご挨拶に行ってなかったのかい?」
 「当たり前だろ。こいつを幾つだと思ってるんだ?17だぞ、やっと高3になるんだ。そんな子供と、20も歳の離れた男が本気で
付き合ってるなんて簡単に言えるはずがないだろ」
 これが20歳を過ぎていたら、親の反対なんか少しも気にせずに攫ってくるが、太朗はまだ高校生で扶養家族なのだ。好き嫌
いの感情だけで突っ走るほど、上杉ももう無茶なことをする歳でもなく、出来るだけ波風をたたせずと思っていてもおかしくはない
だろう。
 幸いに、太朗の母親である佐緒里には、不可抗力とはいえ関係はばれているものの、一応温かく見守ってくれている状態だ。
後もう少し、せめて高校を卒業するまでは、太朗と父親の間に溝は作りたくなかった。
(こいつは父親が好きだからな)
 「それは違うと思うな」
 しかし、そんな上杉の考えを壱郎は即座に否定した。
 「いくら太朗君が17歳でも、お前と本気の恋愛をしているんなら子供とは言えないんじゃないかな」
 「・・・・・」
 「セックスだってしてるんだろ」
 「・・・・・当然だ」
 「それなら、やっぱりもう子供じゃないな。ね、太朗君はどう思ってる?」
太朗はしばらく考え込んでいたようだったが、やがて顔を上げるときっぱりと言った。
 「父ちゃ・・・・・父が、よく言ってるんです。一人前になるっていうのは、自分のお金で食べて、生活出来るようになったら言えるこ
とだって。俺は、確かにまだ子供だけど、でも・・・・・」
 太朗の眼差しが上杉を捕らえる。
上杉も、太朗を見つめた。
 「ジローさんが好きだって気持ち、駄目だって言われても消すことなんて出来ない。家族は凄く大事だけど、ジローさんだって凄
く大事な人です」
 「タロ・・・・・」
 「いいねえ、滋郎よりよっぽど大人だ、太朗君は」
 「・・・・・うるせえ」
 「親の前で堂々とノロケてもらえるなんて、幸せ者だよ、お前は」
 「・・・・・ふんっ、俺が選んだ奴なんだから当然だ」
壱郎にそう言い返しながらも、はっきりと言ってくれた太朗の言葉が嬉しくて、上杉の頬からは笑みが消えなかった。