STEP UP !
3
(・・・・・良かった、滋郎にこんな頼もしい恋人が出来て)
年齢や性別など、したり顔で息子に意見出来るほど、自分がまともでないと壱郎は知っていた。
セックスの相性が良かった女に子供が出来、流されるように籍を入れたが、自分にとってしょせん女は通り過ぎるものだったし、女
にとっても若くて見目のいい自分は飾り物だった。
早々に離婚したのは後悔は無いが、そのせいで息子と会えなくなるのは寂しかった。父親にはなれなかったが、自分の血を受
け継ぐ者は多分、この子が最初で最後だと思っていたからかも知れない。
長い間会えなくて、しかし、小学校を卒業すると同時に母親ではなく自分を選んだ子供は、随分と大人びて、醒めた目を持
つようになっていた。
壱郎の知っていた、柔らかくてふわふわの頬も削げていたし、よく笑っていた顔には皮肉たっぷりの笑みが似合うようになっていた。
中学生で早々に女を知ったことも、高校生の頃から危ない連中と付き合い始めたことも分かっていたが、壱郎はけして息子を
諌めなかった。無関心というわけではなく、やりたいことをして傷付いても、自分は全て受け止める気でいたからだ。
命さえあればやり直しはいくらでも出来る・・・・・そう思っていた時、息子はヤクザの構成員になっていた。
自分とは似ていない、男っぽい容貌。
命を落とすことさえも恐れない度胸。
そして、頭の回転の早さも買われて、息子はどんどん出世をし、何時の間にか一つの組織を背負うまでになっていた。
その頃になると、夜の街でも時折会うようになり、そのたびに違う女を連れ歩いていたが、ここ数年、その噂も聞かず、本人にも
会うことがなくなってしまった。
20歳そこそこで心底惚れた女と結婚したものの、その女に裏切られた息子は、特定の相手を作ることが無かった。
しかし、これ程長い間夜の街で見かけないとすると、もしかして特別な相手が出来たのではないか・・・・・そう思った壱郎は、思
い切って今日、息子の組事務所までやってきたのだ。
(それが、こんなに可愛い子だったとは)
高校生というのは少し驚いたが、時を積めば直ぐに大人になる。
その心配よりは、先ず・・・・・。
「・・・・・と、いうことは、太朗君、今日は君のお父さんは家にいらっしゃるってことだね?」
「あ、はい、そうですけど・・・・・」
「じゃあ、行こうか」
「え?」
「おい」
何を言われているのかよく分からないような太朗とは違い、上杉は壱郎の言いたいことが分かったようで渋い顔をする。
壱郎はそんな可愛い息子に向かってにっこりと笑ってみせた。
「逃げても同じだよ」
「・・・・・」
「どちらにせよ、早い方がいい。ちょうど、お前の親の僕もいることだし」
「お前も来る気かっ?」
「当たり前だよ。まだ高校生の大事な息子さんを傷物にしたんだよ?張本人と共に親の僕が頭を下げるのは当然のことと思う
けど」
息子の為に何か出来ると思えば嬉しい。
きっと、ただでは済まないだろう息子の代わりに自分が殴られることも、壱郎としては何時でも覚悟は出来ていた。
(これはどういうことかな・・・・・)
小田切は、妙に張り切っている壱郎と、文句を言いたいのに何を言えばいいのか分からないような上杉、そして、どこか戸惑っ
たような表情の太朗の3人を交互に見つめていた。
太朗を生涯唯一の相手と決めた限り、いつかは太朗の親・・・・・父親と相対さなければならないだろうとは思っていたが、そこ
に上杉の父親も同行するとはさすがの小田切にも予想外のことだった。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
誰が一番最初に口を開くだろうか。
(今、一番に声を出したらカッコいいんですけどねえ、会長)
しかし、それはまたもや予想に反した人物だった。
「・・・・・ジローさん、いいの?」
壱郎の言葉はとても嬉しかった。
大好きな父に、大好きな上杉のことをずっと秘密にしていたのは苦痛で、太朗はもしも自分が嘘に慣れてしまったらどうしようか
と思っていたくらいだ。
だから、言葉だけでも父に挨拶をと言ってくれた瞬間は驚いたものの、じわじわとした喜びが心の中に湧き上がってきた。
しかし、考えれば、責められるのは自分も入れた3人ではなく、きっと上杉親子だけになるような気がする。太朗が父を大好き
なように、父も太朗と弟を心の底から可愛がってくれている人で、今回のことは大人だという理由だけで上杉を責めてしまうだろ
う。
「タロ・・・・・」
「い、嫌だったらいいんだよ?きっと、父ちゃん、ジローさんのこと・・・・・怒るだろうし。あっ、あのね、ジローさんと付き合うのは俺
が決めたことで、全然後悔なんかしないけど、なんていうか、父ちゃん、ちょっと俺に偏って・・・・・」
上杉を責められたくない。しかし、父も悪く言いたくなかった。複雑な思いに唇を噛み締めた太朗だったが・・・・・。
「よし、行くぞ、タロ」
「え?」
「覚悟なんてのはとっくに出来てる。本当は高校を卒業してからって思っていたが、それが少し早まっただけだろ。一応、おまけ
の親もいることだしな」
「おまけって、酷いなあ、滋郎は」
「うるせえ、おまけでも十分・・・・・っ」
「ジローさん!」
唐突に、太朗は上杉に抱きついた。
立っていたら身長差のある2人だが、座ればその差は少し縮む。太朗は直ぐ目の前にある上杉の頬に思わずブチュッとキスをし
た。
「大好き!」
「おいおい」
上杉は笑って太朗を抱きしめてくれる。
大きな手で頭を撫でられて、太朗は泣きそうになってしまった。
ここまでお膳立てをされなくては動けなかった自分が情けないが、まだ遅くは無かったと思いたい。
(こいつにここまで言わせて・・・・・情けないな、俺は)
「ほら、タロ、ケーキ食え。小田切の見付けた穴場の店のだぞ」
「・・・・・」
「ほら」
「・・・・・ん」
太朗はしゃくりをあげながら、それでもまだほとんど食べていないケーキにフォークを入れる。
その姿を目を細めて見つめていた上杉は、横顔に感じる視線にうんざりしながらも振り向いた。
「・・・・・なんだ」
低く、威嚇を込めた声を出しても、小田切と壱郎には全く効かないようで、2人は顔を合わせてふふっと笑い合っている。
「甘いでしょう?」
「こいつが、こんなに甘い顔になるなんてねえ。生きてて良かったよ」
「これからもっと面白いものが見れるじゃないですか。息子さんを下さいって言いに行って、殴られてしまうっていう」
「ああ、そうだねえ。男前の顔が崩れなかったらいいんだけど」
「・・・・・いい加減にしろ、お前ら」
小田切と壱郎。どちらも年齢不詳の妖しげな容姿をしている以上に、くえない性格をしているところも似ている。以前数度会っ
た時は気が合わないのではないかとも思ったが、どうやら悪巧みをする時は結託をするらしい。
(この2人に手を結ばれると厄介だろ)
今更腕力で負けることは無いのだが、精神的に・・・・・キテしまう。
「・・・・・タロ、こんな大人になるなよ」
思わずしみじみと呟いてしまった上杉に、太朗は少し赤くなってしまった目を向けてきた。
「どうして?小田切さんは頭がよくって綺麗で優しいし、ジローさんのお父さんだってなんかカッコイイよ」
「子供はよく分かっていますね」
「ホント。滋郎の子供時代とは全然違うな」
「・・・・・」
「?」
どうやら、小田切と匹敵するほどに厄介な人間が太朗と顔見知りになってしまった。
(唯一の救いは、こいつが熊じゃないってことだな)
太朗の理想は、あくまでも父親。好きなタイプは、熊のように怖い顔で大きな身体の、それでいて心の優しい男。太朗が面食
いでなかったことを心の底から良かったと思い、上杉は小田切と父親に内心でざまあみろと笑ってやった。
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