STEP UP !



22








 「上手くいったのか?」
 「あむ?」
 いきなりそう声を掛けられた太朗は、勢いで口にしようとしたカレーパンを口に含みながら視線だけ向けた。
昼休み、何時もの特等席の屋上に、大西と昼食を食べにきた太朗。家から持ってきた弁当はとっくに食べ終え、購買で買った
ソーセージパン、アンパンを食べ終え、今は最後のカレーパンを手にしていた。
 太朗は口をもごもごさせて中のパンを飲み込むと、改めて大西に向かって言った。
 「何のこと?」
 「何のことって・・・・・お前、前に言ってたろ?おじさんと・・・・・あいつのこと。お前の食欲がそうして戻ったってことは、何とか上手
くいったってことだろ?」
 「ああ、それ?」
 「それって・・・・・」
 「まだ、未解決」
笑いながら答えると、大西は大きな溜め息をついた。
 「お前・・・・・」
 「でも、何かすっきりとした」
 「すっきり?」
 「父ちゃんとジローさんを会わせて、ぜ〜んぶ言って、隠してることが無くなったらさ」
(隠し事って、本当に俺には向かなかったんだよなあ)
 上杉のような男と付き合っているというのは、多分、普通の親だったら大反対するだろう。
男で、年上で、ヤクザで。どんなにお金を持っていたとしても、カッコイイ容姿をしていたとしても、それは付き合いを認める要素に
はならないはずだ。
 だから、太朗にも父が上杉を受け入れないことは理屈としては分かる気がするし、母が、暗黙という方法で自分達を見ていた
ということもなんとなく分かった。
 それくらい、普通ではなく難しい相手を、どうして恋愛初心者の自分が選んだのかは・・・・・これはもう、こういう言葉を言うのは
恥ずかしいが、運命、だ。
 「じゃあ、まだ認めてもらってないのか?」
 「・・・・・多分」
 「多分ってなんだよ?」
 「父ちゃん、俺には何も言ってくれないからさ。それでも、もうこれから隠して付き合うことはしないし、俺的にはすっきりしたんだ」
 その言葉は強がりでも何でもない。
太朗は本当に、後はもう自分と上杉の努力しかないと、目に見える方向性が分かってすっきりとしたのだ。
 「ありがと、ごめんな、変なことばっか言ってさ」
 「・・・・・俺は別に何もしてないし」
 「聞いてくれるだけで嬉しいんだ。やっぱ、親友っていいよな〜」
 「・・・・・はいはい、調子いいな、お前は」
大西は苦笑して、太朗の頭をくしゃっとかき混ぜてくる。その手の感触に、太朗は笑った。




 来客が来たという報告を聞いた上杉は、その相手の名前を聞いた途端に追い返せと答えた。
ここ最近の真面目な勤務態度のせいで仕事は溜まっておらず、そろそろ自由に動きたいと思っていた頃で、そんな自分の気持
ちを挫くような相手の出現は、当然歓迎出来るものではなかった。
 しかし・・・・・。
 「酷いじゃないか、滋郎、居留守を使うなんて」
言葉とは裏腹に、楽しそうに言いながら、ノックもしないで部屋に入ってきた人物を見て、上杉は眉を顰めたまま黙っている。
(あいつ・・・・・)
部下が自分の言葉を無視するとは考えられず、追い返せと言った人物を堂々とこの部屋まで案内した人間は1人しかいない
はずだ。
上杉が想像したその人間は、後ろから姿を現してにっこりと笑みを浮かべた。
 「実の親を追い返すなんて、そんな不人情は頷けませんでしたから」
 「小田切」
 「それに、一応経過の報告はなさった方がいいと思いますよ?親としての務めを果たさなかった方だとしても、親には変わりな
いんですから」
 「言うねえ」
 自分の行いをそれとなく皮肉られていると気付いているだろうに、父親は全く動じずに笑っている。
度量が広いのか、単に細かなことは気にしないのか、それとも自分自身を親だと思っていないのか。上杉もその心の中までは分
からないものの、この父親と小田切の掛け合いに口は挟まない方がいいと思う。
(それに、一応言っておいた方がいいだろうな)
これ以上太朗親子に係わるなと、もう一度強く言っておくいい機会かもしれない。




 ロビーで息子の不在を告げられた時、もちろん壱郎はそれを信じなかった。
それ程自分に会いたくないのかという寂しさというよりも、自分だけ仲間外れにされる疎外感の方が強く感じたが、そう感じる自
分がやっぱり可笑しいのかなと思ってしまう。
親としてよりも、同士・・・・・仲間として自分の子供の存在を捕らえている親など、きっと数は少ないはずだ。
(こんなことだから、滋郎も嫌がるのかもねえ)
 さて、どうしようかと考えた壱郎だったが、案外救世主は直ぐに現れた。
 「壱郎さん」
 「ああ、裕君」
エレベーターから降りてきた小田切は、相変わらず読めない笑みを浮かべている。
自分が裕君と呼んだ時、側にいたあまり人相の良くない男達がぎょっと驚いた表情をしたのが楽しく、この目の前の男がどれだ
け周りに恐れられているのか分かって、壱郎はくすっと笑ってしまった。
(本当に楽しいねえ、滋郎の周りは)
 「滋郎、いないって言われたんだけど」
 「いらっしゃいますよ」
 「やっぱり?」
上杉がいないと言った男が、慌てたように顔を青褪めている。その様子をちらっと見た小田切は、全てを承知したように頷いた。
 「ご案内します」
 「いいの?」
 「会長のスケジュール管理は私の役目ですから」
多少の無理もききますよと言う小田切の言葉に、壱郎は当然のように甘えることにした。

 「・・・・・」
 ふてくされた息子というものを、最近壱郎はよく見る気がした。
子供の頃でさえ、冷めた目で自分の周りを見ていた息子は、大きな感情の起伏を自分に見せたことも無かったが、ここ最近は
驚くほどの色んな表情を見せてくれる。それがたとえいい意味のものでなくても、様々な表情の息子を見るのは楽しかった。
 「ほら、甘いココアを入れましたよ」
 「こ・・・・・」
 「子供の飲み物ではありません。イライラしている時は甘いものをどうぞ」
 「・・・・・」
(あ、飲んだ)
 さすがにこの息子も、百戦錬磨のこの小田切の言葉には逆らえないのか、顔は眉を顰めているものの素直にカップを口に運ん
でいる。
いや、もしかしたらこれが関係を上手くいかせるための息子の方法かもしれないが・・・・・。
 「・・・・・で?」
 沈黙を破ったのは息子だ。
 「ん?」
 「・・・・・あんた、何時もそんな感じだな。自分の中を覗かせないで、相手の中をどんどん開いて見ようとする」
 「あ〜、そうかもしれないねえ」
自分なりの処世術とまでは言わないが、多分にその傾向が強いことは否定出来ない。それが身内である、いや、自分の血が
繋がっている息子にまで行くのは少し珍しいかもしれないが。
(それでも、今更変えることは出来ないし)
 「そこまで分かっているなら教えてくれない?」
 「・・・・・・」
息子はわざとらしく大きな溜め息をついた。




 自分と太朗のことに、この父親は全く関係ないとは思っている。そうでなくても庇護がいる時代から、本当の意味でこの父親を
頼った覚えがない上杉は、言っても仕方がないという思いが強かった。
 しかし、既に父親は太朗のことを知ってしまったし、あろうことかその家族にも面識を持ってしまった。今更全て忘れろといっても
そうしないだろうということだけは分かるので、一応の事実だけは言っておいた方がいいだろうと・・・・・諦めた。
 「向こうには全部話した」
 「全部?」
 「俺がヤクザだってこともだ」
 「・・・・・」
 さすがにそこまでは想像していなかったのか、珍しく壱郎は驚いたような表情をした。
そんな父親の表情を、上杉自身も物珍しく思って見ていたが、さすがに直ぐにその驚きから目を覚ましたらしい父親は、それでと
続きを促してくる。
 「それだけだ」
 「滋郎」
 「本当だからな。許すという言葉は貰っちゃいないが、二度と会うなとも言われちゃいない」
 「・・・・・子供の気持ちを考えてくれそうなお父さんだったからねえ」
 「誰かさんと違ってな」
 上杉がそう言うと、父親は苦笑を零した。自覚があるせいか言い訳はしないが、そこで何か言い返して来れば、また違った見
方が出来るのになと上杉は思う。
(タロの家族とは違うって分かっているがな)
 「後は、俺達の問題だ」
 「・・・・・うん、そうだね」
 「だから、そっちももう係わらないでくれ」
 「・・・・・」
 「いいな?」
 「・・・・・」
(いいなと言われても・・・・・)



 確かに、自分から動かなければ、元々生きる世界が違う太朗達とは会うこともないだろう。
ホストを長年やってきている壱郎は、一度会ったら二度と会わないという刹那的な出会いを星の数ほど繰り返してきた。
今回のこともそう考えろ・・・・・そう息子は言っているのだろうが・・・・・壱郎は太朗達のことをそんな出会いと一緒に考えることは、
少し・・・・・無理なような気がしていた。
 「・・・・・嫌だって、言ったら?」
 「おい」
 「だって、気に入っちゃったし」
(うん、この言葉が一番しっくりくるな)
 気に入ったから・・・・・自分の中から消してしまいたくはない。それは、息子のことが関係してもしなくても、壱郎にとっても、もうこ
の出会いは逃がしたくないものになっているのだ。
 「そういう問題じゃねえだろ」
 「大丈夫だって、お前の邪魔は絶対しないから」
 「・・・・・ったく」
 息子はますます顔を顰めて毒吐いていたが、その隣に立っていた小田切は壱郎の顔を見て笑っている。どうやら息子の優秀な
部下は、自分の言葉に賛成をしてくれるようだった。