STEP UP !
26
茶の間のテーブルだけでは足りないと、応接間からも持ってきて。
その上にずらりと並べられた食事は、全く共通点のないものばかり・・・・・いや、野菜中心の料理が並んだ。
丸ごとキャベツのコンソメ煮。
茄子の揚げびたし。
ジャガイモと大豆の煮ころがし。
大根と豚肉の重ね煮。
トマトとキュウリの中華風サラダ。
そして、真ん中に存在感が有り過ぎるほどの舟盛り。
見事に野菜料理ばかりなのを手伝っていた時から気がついていた太朗は、これだけじゃ物足りないと母に訴えた。
「母ちゃん、ジローさんが持ってきた肉焼こうよ!な?伍朗、食べたいよな?」
「うん!食べたい!」
「せっかく、身体にいい野菜料理にしたのに。上杉さん達は外食が多いんだし、あんた達も付き合いなさいよ」
「でも、俺達若いもん、なー?」
「な〜」
大好きな兄のする通りに真似る伍朗に太朗は笑いかける。
すると、傍でその様子を見ていた壱郎が声を出して笑いながら言った。
「佐緒里さん、太朗君と伍朗君には肉を焼いてあげてくれないかな?彼らは中年太りとは縁遠いし、コレステロールとも関係
ないだろうし」
「・・・・・もう、仕方ないわね〜」
苑江一家と、上杉、壱郎親子。そして、なぜか帰らないまま居座ってしまっている小田切。
スーツを着ている上杉と小田切と、カジュアルな装いの壱郎。親子三人、揃いの甚平を着た苑江一家の繋がりは一見してな
いものの、それでも二度目の食事会はそれなりに和やかに始まった。
「いただきま〜す!!」
早速、佐緒里が追加で焼いたビーフステーキを皿に取って食べ始めた太朗に、上杉は笑いながら話しかける。
「どうだ?」
「柔らかくて、美味しい!」
「そうか」
この顔が見たくて、様々な美味しいといわれるものを太朗に与えている上杉は、期待を裏切らない表情と返事に満足して笑っ
た。
その隣では、そっくりな表情で肉を頬張っている伍朗もいて、さらに笑みを深くしてしまう。
(餌付けってこんなものか?)
自分の差し入れを楽しんでくれる2人を十分に見つめた後、上杉は向いに座っている苑江に視線を移した。
もちろん表情は楽しそうとはとても言えないものの、ヤクザだと告白した時の強張った表情はそこにはない。
(何を考えているんだろうな)
自分とはまるで違うタイプで、違う人生を歩んできている男の気持ちはさすがに分からないものの、あの時・・・・・玄関で鉢合わ
せをした時、そのまま帰れと追い返されないだけ満足だった。
「ジローさん、食べてる?」
隣に座った太朗がこちらを振り向きながら言う。
口元にステーキのタレが少しだけ付いているのが可笑しくて、上杉は自然に手を伸ばして指先で拭ってやると、食べてるぞと、自
分の皿を目線で指した。
「母ちゃん、料理上手だろ?」
「ああ、お前は似てないがな」
「お、俺は男だし!」
「男でも最近は料理が出来るんじゃねえか?」
「そ、そーだけど、元々のセンスって大事なんだよっ」
「そうか?」
別に、太朗に女のように手料理を作って欲しいとは思わないが、いいからかいの材料だとは思っている。
自然に頬には笑みが浮かんだままだが、ふと気付いて視線を上げて苑江を見た。見せ付けるつもりはなかったものの、もしかした
ら不快に思っているのではないか?
(・・・・・お、やっぱり)
眉間の皺は深くなっているものの、離れろと怒鳴ることはない。
どういう心境の変化だと思いながら、上杉は小田切に眼差しで合図を送った。
(はいはい、自分で言えばいいと思うんですけどね)
別に敵対しているわけでもないのだと思いながら、小田切は傍に置いていた焼酎の瓶を持ち上げた。
「苑江さん、いかがですか?」
「あ、俺は・・・・・」
「ご自宅ですから、酔って帰りが困るということもないでしょう?」
自分達を前に酒を飲まない方がいいと思っている様子は分かるものの、酒が入って口が滑らかになるということは多いので、小
田切は勧める言葉を止めることはなかった。
「あの」
「洋酒もワインも揃えていますよ?」
「・・・・・」
「私、いただこうかしら、ワイン」
苑江の隣からグラスを差し出したのは佐緒里だ。
今までの言動からして、夫である苑江の前に出てくる感じの女性ではないと思ったが・・・・・一瞬自分にウインクをしてくる仕草を
見逃さなかった小田切は、その思惑を察することが出来たと思った。
「どうぞ、女性にも口当たりが良いものだと思いますよ」
「ありがとうございます」
「佐緒里さん」
少しだけ諌めるような口調になった苑江に、佐緒里はいいじゃないのと言い切った。
ここで引くつもりは全くないようだ。
「七之助さん、酔っちゃったら何言ってもお酒の上だからって言えちゃうわよ?殴っちゃったって、ごめんねって謝ればいいし」
「・・・・・」
「せっかくの美味しいお酒だもの、美味しくいただきましょう」
「・・・・・」
(・・・・・いいですねえ、男らしい)
元々女性に興味のない小田切は、かえって冷静にその人となりを見ることが出来ると思っている。その中で、佐緒里は1、2を
争ういい女のように思えた(ちなみに、今まで最高だと思っていた女性は、元開成会会長菱沼の妻、涼子だ)。
上杉にくっ付く形で苑江家に係わったが、こんな気持ちの良い女性と出会えて良かったと思った小田切は、まだ迷っているよう
な苑江に穏やかに笑い掛けた。
「多少殴ったって、頑丈ですから壊れませんよ」
何を指しているかは・・・・・言わずもがなである。
妻の佐緒里が美味しそうにワインを口にしている。
どのくらい酒に強いのかははっきりとは分からないが、苑江がどんなに酔った時でもケロリとしていた。きっと、佐緒里は酒に強いの
だろうと思えたし、もしも自分が何かをやらかそうとしたのなら・・・・・きっと止めてくれるはずだ。
「・・・・・いただきます」
それでも、飲み慣れないワインではなく、慣れた焼酎を口にする。
美味しい酒の肴に、酒。何時の間にか苑江の飲むピッチは早くなった。
「・・・・・」
30分くらい経つと、太朗と伍朗の子供達は大体の食事を終えて、今度はデザートのケーキを食べ始めていた。
あれだけ食べたのにまだ入るのかと思ってしまうが、楽しそうな子供達の顔を見ているだけで自分の気持ちも和む。
「・・・・・」
じっと見ていると、時々太朗が顔を上げるのに気がついた。
何をしているのかなんて、考えなくても分かる。子供っぽい笑顔を向ける先に自分も視線を向けて、苑江はやっぱりという溜め
息を飲み込んだ。
「・・・・・」
(あいつも・・・・・か)
ごく自然に視線を交わす太朗と上杉は、男同士ということと歳の差を考えなければ、とても仲の良いカップルなのだということが
分かる。
どんなに認めたくないと思っても、親である自分がその仲を裂こうとしても、太朗はきっと自分の気持ちを曲げないだろうし、何よ
り上杉の執着は鎖のように太朗の全身に絡みついて離れないだろう。
反対が無駄だということは、相手がこの男だといわれた時から感じていたことだ。それでも、父親として苑江は直ぐに許すとはと
ても言えなかった。
今でも・・・・・言いたくはない。
「どーぞ」
目の前に差し出されたブランディーの瓶に顔を上げた上杉は、どうもと短く答えてグラスを差し出した。
どうやらそのままで飲めといわれているようだと雰囲気で察し、躊躇うことなくそれを一気に飲み干す。小田切が選んだだけに上
等の酒は、喉越しもよく・・・・・結構効いた。
「俺はね、反対なんだ」
口調はしっかりしているし、顔も少し赤くなっている程度だ。
それでも傍にある空き瓶の数を見れば、相当に量は飲んでいることは分かった。
「・・・・・」
酔っ払っているのかどうかははっきりとは分からないものの、このまま無視するということはしたくない。
「分かってる」
「本当に?」
「俺が親だとしても、こんな男が相手なら・・・・・多分反対しただろうな」
その言葉は嘘ではなかった。しかし・・・・・。
「だが、俺はあいつの親じゃない。この手の中にあるものを、手放すつもりはないぞ」
「・・・・・っ」
テーブルの上に置かれた苑江の手がピクリと動いたが、直ぐに自分の胸倉を掴んでくることはない。そのことでも、苑江が理性
を失うほどに酔ってはいないことが分かった。
太朗はちょうど弟に手を引かれてゲームをしようとねだられているところで、どうやら自分と父親の話は聞こえていないようだ。
苑江と言い合っている姿は太朗に見せたくはないので、上杉は少しホッとした。
「・・・・・どうしても、別れてくれないのか」
「ああ」
「・・・・・どんな手を使っても、別れさせようとした、ら?」
暗に、ヤクザという上杉の生業を問題にすると言っているのだろうが、上杉はかえってふっと失笑が漏れてしまった。ヤクザと警
察の黒い癒着を、きっとこの正義感の強い男は知らないだろう。
(どんな問題だって、闇に葬り去ることは出来るんだぜ)
「やってもいいが」
「・・・・・」
「無駄だと思うぞ」
「・・・・・無駄、か」
最初から本気でそう思ってはいなかったのだろうが、それでも上杉の答えにガックリと肩を落としたように見える苑江。大きな熊の
ような男の消沈した様子は気の毒だとは思うものの、上杉は慰めの言葉を言うつもりはなかった。
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