STEP UP !











(い、いきなり過ぎないっ?)
 太朗はきっぱりと父に言い放った上杉の服をグイッと引っ張った。
もちろん、その為に、わざわざ自分の父親と小田切(こちらはどうかは分からないが)まで連れて家に来てくれたのだ、太朗としても
覚悟はしていたつもりだった。
 それでも、いきなり父が上杉は太朗の付き合っている相手の父親と勘違いしてしまったところから少しおかしくなった気がする。
 「太朗!」
 「はっ、はい!」
大きな声で名前を呼ばれ、太朗は思わず姿勢を正してしまった。
子供には甘い父だが、怒ると怖い。滅多に怒られないのだが・・・・・まるで、檻の中の熊が立ち上がって威嚇してくるような迫力
があるのだ。
 「こいつが言ったことは本当かっ?」
 「えっ、えっと、あの」
 「太朗!」
 「ほ、本当!」
 ここまできてしまったら、もう何と言葉を繕っても無駄だろう。どうせ、何時言おうか、何と言おうかと考えていたら頭がパンクしてし
まうと思った太朗は、自棄になるつもりはないが思わず叫んでしまった。
 「俺は、ジローさんと付き合ってます!!」
 「今は犬の話はしていないだろう!!」
 「ジローさんはっ、犬のジローさんじゃなくって、こっちのジローさんだよ!!」




 いったい、この親子の思考回路はどこまで似ているのか・・・・・上杉は呆れたと同時に楽しくなってきてしまった。外見的には本
当に似ていないが、絶対に太朗はこの父親の血を受け継いでいる。
 まあ、いずれは意味は通じるだろうが。
 「おい!」
息子を問い詰めるのは諦めたのか、それとも問い詰めて泣かしたりしたくはなかったのか、再び苑江の視線は上杉の方へと向い
てきた。
 いよいよかと、上杉は腹に力を入れて苑江を見返した。
 「何です」
 「お前は、息子と、その、付き合ってるって・・・・・恋人として付き合ってるって言ったが、ま、まさか、お前・・・・・」
 「・・・・・」
 「まさか、太朗を・・・・・・」
 「・・・・・そこまで聞きたいですか?」
セックスまでしたのかとはっきり聞いてくればいいのに、その生々しさを感じたくないのか苑江は口を噤んだ。
しかし、太い腕を組んだままじっと上杉を睨んでくる眼光は、ちょっとしたヤクザよりもヤクザらしい感じがする。普通ならばこの目
を見るだけで漏らす人間もいるだろうが、慣れている上杉は全く動じることもなかった。

 「・・・・・あんた、何しにきたんだ」
 ようやく、苑江は次の言葉を言ってきた。少しだけこめかみがピクピク震えていたが、それには目を瞑ることにする。
上杉の言いたいことは、一つだけだった。
 「報告・・・・・かな」
 「報、告?」
 「そう。付き合ってるって報告」
 「・・・・・許可を貰いに来たんじゃないのか?」
 「もうとっくに付き合ってるんだ、今更許しを貰う貰わないは関係ないな」
 「・・・・・っ」
その瞬間、苑江の手が伸び、上杉のシャツの襟元を掴んで出来た。
 「勝手なことばかり言うな・・・・・っ」




 「父ちゃんっ、止めてよ!」
 厳つい外見で、腕力も相当ある父だったが、普段は滅多に暴力的なことはしなかった。そんな父が、上杉に手を上げようとし
ている様子を見て、太朗は反射的に2人を引き離そうと立ち上がる。
しかし、
 「手を出すな、タロ」
 「座っていろ、太朗」
 2人から同時に諌められ、太朗は中腰になったままどうしようかと忙しく視線を動かしてしまった。
(父ちゃん、まさかジローさんを殴る気じゃ・・・・・っ?)
上杉は一発二発殴られてやってもいいと笑っていたが、それはあくまでも例え話で、実際に父が上杉を殴るところなど想像はとて
も出来なかった。
(ど、どうしよう・・・・・あっ!)
 「お、小田切さんっ、どうしよう・・・・・っ」
 この場を収めるにはどうすればいいのか、太朗はその助けを小田切に求めた。
しかし、小田切は穏やかな笑みを湛えたまま、太朗に向かってなんですかと暢気な言葉を問い返す。自分の上司が心配では
ないのかと、太朗はどうしたらいいのかと訴えた。
 「このままじゃ、ジローさん殴られちゃいますっ」
 「まあ、そうでしょうねえ。あの口の利き方だと、太朗君のお父様が怒られるのも無理はない。壱郎さん、あなた、常識も教えて
おいた方が良かったんじゃないんですか?」
 「僕の所に来たのはもう中学生だよ?元の妻だった人もおおらかな人だったから、あまり気にしなかったのかもしれないなあ」
 「それはいけませんね。子供の頃の教育は大事ですよ」
 「今見たらよく分かる。でも、僕の子だからねえ」
 「ふ、2人共〜」
 上杉のピンチを間近に見ながら、よくもそんな暢気なことを言っていられると呆れてしまうが、考えればこれは自分と上杉2人の
問題だ。
誰かに助けを求めることも、自分だけが庇われることも違うと思った。
 「父ちゃんっ、ジローさんだけ怒らないでよ!」
 「太朗、お前は大人しくしていなさい。後でお前とはゆっくり話す」
 「やだ!」
 「太朗っ!」
 太朗は強引に父の腕を上杉のシャツから引きはがすと、上杉の身体の前に立ちふさがる。そんな太朗の行動に、父は眉を顰
めて太朗を見る。
その手が僅かに上に上がったのを見て、自分が殴られると思った太朗は思わず目を瞑ったが、それでも上杉の前から逃げようと
は思わなかった。




 太朗が自分を庇うようにして立ちふさがった。
想われている・・・・・そう思うと嬉しいが、ここで太朗に庇われるのはあまりに情けない気がした。
 「タロ」
 どいていろと言おうとした時、苑江の手が上げられたのが目の端に入ってくる。上杉はとっさに苑江の手首を掴むと、そのまま力
を入れて下に下ろさせた。
 「・・・・・っ」
抵抗しようとする相手の、苑江の力もかなり強いが、ここは絶対に負けられない。
 「まさかとは思うが、タロに手を上げようとしたか?」
 「・・・・・お前に、息子を名前で呼ばれたくはないっ」
 「そう思うのは勝手だけどな、俺の為にタロを殴らせるわけにはいかねえんだよ」
 もう少しだけ猫を被っていようと思っていたが、丁寧な言葉はどうも話しにくいし、自分の気持ちが上手く伝わらないような気が
する。
どうせ、好かれるわけではないのだ。嫌われても、きちんと伝えたいことだけは言いたかった。
 「タロに手を出すな」
 「あのなっ」
 「タロが父親を好きなことには変わりない。こいつは、俺と付き合う前と、今も、何も変わっちゃいねえんだよ」
 自分だけを好きでいて欲しい、見つめていて欲しい。
そう思わないでもなかったが、上杉以外にも好きなもの、大切なものがたくさんあって、色んなことに興味を持ち、目を向ける太
朗を見ていることが楽しかった。
 今も、きっと太朗は父親を困らせ、悲しませようとしている自分達のことを申し訳なく思っているだろうが、それでも後悔だけはし
ていないと信じられる。それ程に、上杉は太朗の愛情を信じていた。
 「こいつを叱るのだけは止めてくれ」
 「・・・・・勝手なことをっ」
 「勝手だとは分かってる。だが、そっちだって、タロを叱るつもりはないんだろう?」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 苑江は真っ直ぐに上杉を睨んでくる。
それをじっと見返した上杉は、掴んでいた手を離した。このまま殴られても構わない、いや、いっそ何発か殴られた方が気が楽だ
と思っていた上杉だったが・・・・・。
 「ちょっと、いいかな」
 そんな時、緊迫した空気を一切無視する声が割って入ってきた。
 「おい」
 「まあ、いいから、父親同士で、少し話をさせてくれ」
 「・・・・・父親?」
妙に派手な中年を訝しげに見ていた苑江は、その言葉を不思議そうに口の中で呟いた。
 「ええ」
 「父親って・・・・・え?あ、あんた・・・・・の?」
 「・・・・・認めたくないがな」
 「こら、滋郎、よそ様に何ていうことを言うんだい」
 「・・・・・」
(何を言うつもりなんだ?)
いったい何を考えて父親がわざわざ言葉を挟んできたのか、上杉は妙に張り切った様子で苑江と向き合う父親を胡散臭そうに
見た。