STEP UP !











(この男が・・・・・こいつの、父親?)
 苑江は目の前で笑みを湛えている男をじっと見た。
(・・・・・俺を、騙しているのか?)
どう見ても、目の前の男は40代にしか見えず、太朗と付き合っていると言い放っている男の父親とはとても思えない。
いや、親子ならば、どこかしら似ているだろう面影を少しも共有していない2人。もしかしたら自分を騙して楽しんでいるのかもと
思うが、それにしては・・・・・。
 苑江は上杉をチラッと見る。
(どうも、面白くなさそうな顔をしているし・・・・・)
 「苑江さん、ですよね?」
 「あ、はあ」
どちらにせよ、自分より年上の相手に無闇な威嚇は出来ず、苑江はゆっくりと腰を下ろして年齢不詳な男へと顔を向けた。
いったい何を話すのかは分からないが、たとえ頭を下げてきたとしても、苑江は絶対にこの付き合いを許すつもりは無かった。
(どうして・・・・・どうして太朗がこんな男に!)
 身体は小さくても、可愛らしい顔をしていても、苑江は太朗を立派な男にするように育ててきたつもりだ。そして、太朗もその通
り、男らしく、素直に育ってきてくれた。
大切に、大切に育ててきたのは、こんな男にくれてやる為ではなかった。
 「・・・・・」
 苑江は咳払いをし、大きく深呼吸をする。
そして、掛かって来いというように眼差しで先を促した。




 「初めに、うちの愚息が、大切なお子さんに手を出したことを謝らせてください」
 そう言って、先ずはと壱郎は頭を下げた。
 「・・・・・」
上杉のきつい眼差しが自分の横顔に向けられるのが分かる。父親らしいことなど今まで何もしてきていないのに、どうしてこんな
時にしゃしゃり出てくるのか・・・・・本来なら黙っていろと言いたいだろうに、今この場で親子喧嘩をするのも情けないと思っている
のかもしれない。
(こういう時じゃないと、何も言えないしね)
 「・・・・・どういった意味の謝罪でしょうか。付き合いを許して欲しいという前提の話なら・・・・・」
 「いいえ、許さなくてもいいです」
 「・・・・・は?」
 「私があなたと同じ立場でも同じことを思うでしょう。まともな父親でなかった私とは違い、あなたは太朗君をこんなに立派に育
て上げている。みすみす、ろくでもない男に渡そうと思わないのが当然です」
 「は、はあ」
 壱郎の言葉が思い掛けなかったのか、苑江の眉間にはますます深い皺が浮かんだ。
 「大いに、反対してください。なんなら、一発や二発、この場で殴ってやってください」
 「お、お父さん」
 「いいよな、滋郎」
 「・・・・・お前に言われるまでもねえ」
 「ふふ、本当に生意気な子でしょう?」
優しく、甘い親子関係ではないが、それでも壱郎は上杉が可愛かった。自分の愛情表現は滋郎にとって、いや、普通の人間
にとっても分かり難いかもしれないが、今更自分の性格は変えられない。
 言い方を変えれば・・・・・頭を下げるのは簡単だ。息子の気持ちをどうにか分かってやってほしいと、涙を流さないまでも、真摯
に訴えるのが親かもしれない。
でも、どうしても・・・・・自分はそんな親にはならない。
今更・・・・・なれない。
 「苑江さん、許してやらなくてもいいですが、覚悟はなさっていた方がいいですよ。この子は移り気な私と違って、こう見えても一
途な性質でね。歳の差から考えたら、遊びだとか、気の迷いだとか、多分、そんな心配をされているんでしょうが、そこは大丈夫
だと思いますよ」
 若い時のような、無茶な遊びはしないですよと笑ってみせる。
 「この歳のこの子が、太朗君を選んだ。絶対に、この子は諦めない」
簡単に諦めることが出来るなら、そもそもこんなところに挨拶には来ないはずだ。それ相応の覚悟があるのだと、それだけは分かっ
て欲しいなと思った。
 「・・・・・」
 「ですから、遠慮せず、この子を好きなだけ殴ってください。ああ、良かったら後から体を抑えていましょうか?頑丈ですから少々
のことでは壊れませんしね」




 壱郎の言葉に、太朗は目を丸くするしかなかった。
(ゆ、許さなくってもいいって、殴ってもいいってどういうことだよ?)
太朗の思い浮かべる父親像(自分の父だが)とは全く違うなと思ってはいたものの、それでもここまで一緒に来てくれたのは上杉
と自分を援護してくれるつもりではなかったのだろうか?
 「ちょ、ちょっとっ、ジローさん!」
 「・・・・・こういう奴なんだよ」
 「こういうって、いいのっ?殴れって言ったよっ?」
 「別に、殴られるのは構わねえが」
 「駄目だよ!」
 暴力で話が解決するとはとても思えないし、大体、太朗は上杉が父に殴られるのも、父が上杉を殴るのも、どちらも見たいと
は思わなかった。
 「ちょっとは話し合いの努力をしようよ!」
 「無駄だな。お前の親父はそれで済まないだろう」
 「だ、だから、そこで話し合いを・・・・・」
 「殴りあった方が分かり合えるってこともあるぞ?」
 上杉は太朗の慌てている姿が面白いのか、頬には笑みまで浮かべてそう言っている。
 「ジローさん!」
 「太朗!父さんの前でイチャイチャするんじゃない!」
 「してないってば!」
こんなに怒っているのに、どこがいちゃついていると思うのだろう。太朗はここにいる誰が一番頼りになるのかと考え、思わずその名
前を呼んでしまった。
 「母ちゃん!」




(殴ってもいいだとお?人の身体を自分の勝手にするな)
 言い方には多分に文句はあるものの、上杉は壱郎の言った言葉は予想外だった。
(もっと、徹底的に茶化すと思ったんだが・・・・・かなりタロを気に入ったのか?)
元々ホストの父親は、男の恋愛対象は女・・・・・もちろん、セックスの対象も女であると思っていたはずだ。上杉自身もそれなり
に遊んできたし、その噂は父の耳にも届いていただろう。
 一度結婚に失敗したからといって、この歳になって上杉が選んだのが男の太朗だと知って、少しも戸惑ったりはしなかったのだ
ろうか。
(どちらにせよ、俺の心は決まっているがな)
 上杉は苑江を見た。
壱郎の言動に面食らったのか、先程までの勢いは少し治まったようだが・・・・・このまま一方通行では少しも話は進まない。
 「悪いが・・・・・」
早く、殴るなら殴ってすっきりして欲しいと言い掛けた上杉の耳に、
 「母ちゃん!」
 切羽詰ったような太朗の声が聞こえた。
(おいおい、タロ)
こんな場面で太朗の母、佐緒里にまで出てこられてはますます話がややこしくなってしまいかねない。とにかく、ここは苑江が自分
を殴れば第一段階は終わるのだと、上杉は太朗を振り返って言った。
 「お前は大人しく二階に行ってろ」
 「やだ!」
 「やだって言ってもな」
 「俺がいない間、ジローさんが殴られちゃったら嫌だしっ、別れ話なんか出ても嫌だし!」
 「そんな話するわけねえだろ」
 「分からないじゃん!」
 「それだけは、絶対にない」
 たとえ、その額に拳銃を突きつけられたとしても、自分が太朗と別れることはありえない。そんな心配をする方が馬鹿らしいと思
うのだが、太朗は真剣に心配しているようだ。
(どうしたら、信じさせることが出来る?)
どんな状況になっても自分の気持が変わることはないと、どうやったら太朗に信じてもらえるのだろうか。
 「・・・・・タロ」
 「何っ」
 少し、怒ったような太朗の顔が自分へと真っ直ぐに向けられる。
 「怒るなよ」
 「え?」
問い掛けるように太朗が口を開き掛けた時、上杉は小さな頭を片手で掴んで引き寄せるとそのままキスをした。
 「!」
 「おい!!」
 腕の中の太朗の身体が硬直するのが分かったし、耳には苑江の怒鳴り声が届く。
それでも上杉は構わずに、キス・・・・・というよりはもう少し濃厚な、舌と舌を絡める(太朗は逃げようとしていたが、上杉の舌が
強引に捕まえた)それ。
 だが、存分にその甘い唇を味わう前に上杉は乱暴に肩を掴まれ、そのまま太朗から引き剥がされてしまう。
(きたか)
殴られる、そう覚悟した上杉は、

 「ストップ」

低く響く声に、あ〜あと頭を抱えてしまいたくなった。
(・・・・・今度はこっちかよ)