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平日の高速道路は思いのほか空いており、バスは1時間と少しで目的地、富士急ハイランドに到着した。
「すっごい!観覧車!」
「あれも乗るのか?」
「もちろん!最後の締めにとっとく!」
窓から顔を半分出すようにして叫んでいる太朗は、とてもこの春から大学生になる青年とは思えない。
しかし、上杉はそんな太朗の嬉しそうな表情を見ているだけで楽しくて、そうかと笑いながら寝癖のついた髪をクシャクシャに撫で回
した。
「空中で濃厚なキスでもするか?」
「ヘ、ヘンタイッ!」
「男なら当然の想像だろう?」
恋人と遊園地に行くという可愛らしいデートは経験が無いが、そんな上杉でも簡単に想像が着く話だ。こんなふうに嫌がっている
太朗も同じようなことを考えてるんだろうと思っていたが、
「さー、どうだろうねっ」
なぜか、そう含み笑いをしながら言うと、友人達のもとに走っていく。
「・・・・・何だ?」
どこか含みを感じさせる言葉のように感じたが、見つめる先の笑顔は何時もと変わりは無かった。
気のせいかと思い直した上杉は、これから1日元気な王様に付き合ってやるかと暢気に考えていた。
「あ、あれ?」
「・・・・・そうだろうな」
嬉しそうに言う恋人とは反対に、東京紅陣会若頭、秋月甲斐(あきづき かい)は苦々しく眉間の皺を深めた。
(全く、こんな場所にまで連れ出されるとはな)
この歳で、しかもヤクザという生業の自分が遊園地に来るなど、組の人間に知られれば笑いものになるのは間違いないだろう。
最愛の恋人である沢木日和(さわき ひより)が強く願わなければ頷かなかったし、
「来て頂いた方が、何かと今後の役に立つと思いますよ」
と、含みを持たせた小田切の言葉に、どうしても嫌だとは言えなかった。
大体、同じ組織ではないもの同士が馴れ合うのはあまり良いことではないと思っているが、今回はあくまでもプライベートというこ
とだし、顔を見知っている青年の祝いということもある。
(1日、我慢すればいいか)
溜め息を吐いた秋月は、とりあえず日和が駆けていった方向へと自分も歩み寄った。
「おめでとうっ、太朗君!」
日和がそう言うと、太朗は照れたように顔を綻ばせてありがとうと答えた。そして、反対におめでとうとも言われる。自分の大学進
学も祝ってもらい、日和もなんだか気恥ずかしくなった。
「今日は誘ってくれてありがとう」
「だって、遊ぶ時はやっぱり大勢の方が楽しいし!こっちこそ、急に声を掛けたのに来てくれて嬉しいっ」
「俺も、皆に会いたかったから」
学校の友人とは違い、秋月とのことを隠さなくてもいい関係はとても楽で、日和は彼らと会う時何時も楽しみにしている。
もちろん今回も同じで、実は秋月が行かないと言っても自分だけでも行くつもりだったくらいだ。
「あのさ、バスの中でも話したんだけど、ちょっと何時もとは違う雰囲気で遊ぼうと思ってるんだ」
「違うって?」
太朗が内緒話をするように耳元に口を寄せる。小声で聞こえたその話はとても意外で、日和などは考えもつかなかったが、確か
に面白いのではないかと思った。
「協力してくれる?」
「もちろん!」
せっかく、こうして遊びに来たのだ。少しでも楽しみを多くした方が自分もいいと、日和は直ぐに頷いて肯定の意を示して見せた。
さすがに、ここを貸し切りにすることは無かった。
もちろん不可能ではなかったが、広い敷地内にこの一行だけではあまりに寂し過ぎる。他の者達の歓声も、遊園地という場所を
構成する要因の一つでもあるので、小田切も綾辻も納得してそうした。
ただし、同行する者がそれなりの地位の者なので、観客の中にはかなりの数のこちらが手配した者が紛れ込んでいる。
何かあったら即座に対応するように要所要所に配備しているものはかなりの腕の者達ばかりだが、そんな男達が遊園地にいるこ
とが何だかアンバランスで面白かった。
今回は野外の、それも活動的に動く場所なので、年長者達も何時ものスーツ姿ではなく、上はシャツで、下はカジュアルな綿パ
ンやジーンズ姿の者が多い。
それぞれ、容姿は最高クラスの者達なので、客の女達の視線は何の集団なのだと興味津々だったが、そんな恋人達の容貌は
見慣れている年少者達は、早速園内の地図を見ながら頭を寄せ合っていた。
「何から乗る?」
「やっぱ、《FUJIYAMA》が基本じゃない?」
「始めからジェットコースター?」
「《ドドンパ》は?」
「《グレート・ザブーン》もいいよ」
太朗達の話を聞いていても、何を言っているのか少しも分からない。ジェットコースターという言葉で視線はその方面に向かうが、
さすがにどれのことを指すのかは予測がつかなかった。
「子供は元気が余ってるからな〜」
思わずそう呟いてしまうと、傍にいた海藤が笑う気配がした。
「そんなことを言ったら拗ねられますよ」
「お前はあんなの乗れるか?」
「・・・・・乗ったことはありませんが、別に高い所は平気なので」
「俺も苦手じゃないが、なんかこう・・・・・初めてのことっていうのはさすがに、なあ」
怖いわけではないが、自分がどんな反応をしてしまうのか全く分からない。まさか、泣くことは無いだろうし、喚くこともないだろうが、
喜び、はしゃぐ太朗を余裕で見ることが出来るだろうか?
(情けない姿は見せられないんだが)
「ちょっと、集合!」
その時、太朗がこちらを向いて大きく手招きをしてきた。
「・・・・・なんか、企んでいる顔だな」
「そうなんですか?」
上杉は満面笑顔の太朗を見ながら、一体何を考えているんだと探るように眉を顰めた。
「なぜ、私が静さん以外と乗り物に乗らなければならない?ここに来たのは彼の頼みだ、馬鹿なことは考えないで貰いたいな」
江坂の威圧的な言葉にも、太朗は全く怯むことは無かった。
こういう反応が返ってくるのは予想済みで、だからこそ楽しいと思ったのだ。
「今日、俺は王様なんですよ。だから、王様の言うことは聞いてもらわないと」
「・・・・・王様?誰がそんなことを」
「ジローさん!」
「・・・・・上杉」
江坂の眼差しが上杉に向けられたのを見て、太朗はアレッシオを見上げた。
「ケイが友春さんといたいって言うのも分かるけど、この機会に友達増やしましょうよ」
「・・・・・私は子供ではない。今更友人を作ることなど無いと思うが」
「友春さんがそうしてって言ったら違うでしょう?」
友春の名前を出せば、アレッシオは分かりやすいほどに熱い眼差しをそちらに向ける。江坂とアレッシオさえ説得すれば、後は何
とかなると、太朗はリュックの中から紙を取り出しながらにっこり笑った。
「じゃあ、今からアミダで決めましょうよ、ね?」
恋人シャッフル。
言葉だけ聞けばとんでもないことのように聞こえるが、太朗は何度も会っている友人の恋人達も自分にとって大切な存在だと思う
ようになっていた。
良く知っている小田切や楢崎はもちろん、言葉数の少ない海藤や伊崎もとても優しいことは知っている。
一見冷たく近寄りがたい江坂やアレッシオにも、いいとこはあると分かっているつもりだ。
その反面、あまり接点のない秋月や倉橋をもっと知りたいと思っていて、今日この日はいい機会ではないかと思った。
何時も傍にいる大好きな恋人以外の人と過ごす一時。それは一瞬なだけに色んな発見があるはずだ。
「乗り物に乗る間だけ、カップルを交換してみたらどうです?」
せっかく集まるのだから、今まで以上に楽しい時間にしたいんだと小田切に相談すれば、彼は笑いながらそう言ってきた。
聞くと、凄くいいアイデアのように思え、それを友人達に相談すると彼らも賛成の声を上げてくれた。
(絶対、嫌だとは言わせないからなっ)
最後には、自分のことを王様と呼んだ上杉に協力させよう・・・・・太朗はそう思いながら、先ずは友人達相手にアミダを選ばせて
名前を書き込み始めた。
いったい何を考えているのだと思うものの、友春がニコニコ笑いながら近づいて来て、
「ケイはどこにしますか?」
などと、愛らしく聞いてくるから、つい、指をさしてしまった。
(トモ以外の者と過ごす・・・・・?)
それは乗り物に乗っている間、ほんの数分程度のものだろう。愛想良く会話はしないぞと言っても、太朗はいいですよと笑ってい
る。度胸がいいのか、単に無鉄砲なのかは分からないが、ここで反対しても時間が勿体ないだけだ。
少し我慢すればいい。そんなことを考えていたアレッシオは、
「ケイは静さんとだ!」
「・・・・・シズカ?」
(エサカの・・・・・)
「よろしくお願いします、カッサーノさん」
間近で見れば、さらに人形のような綺麗な容貌が、今は少し柔らかくなっている。友春とは同じ大学で仲が良いと聞いた静。
せっかくなのでこの機会に、大学での静の様子を友人目線で探るかと、アレッシオはちらっと視線を向けて頷いた。
「楓は、ナラさんと!」
「・・・・・うん、分かった」
(・・・・・ごつい、なあ)
兄よりもずっと年上で、父よりはずっと若い男。幹部という立場なので下っ端よりも随分余裕がある雰囲気だし、元々厳つい顔
の、がっしりとした体格の男が好きな楓には良い選択だった。
「よろしく」
「・・・・・はい」
楢崎は戸惑ったように楓を見ている。どんなふうに接したらいいのか分からないようだが、こんな無骨な雰囲気もいいじゃないか
と楓は笑った。
「ちゃんと、エスコートしてよ」
「分かりました」
「暁生よりも」
「・・・・・」
(これも、合格)
自らの愛する者を絶対に裏切らない大型犬という感じがさらに好感がもてる。浮気ではないのだと思いながら、楓は太い楢崎の
腕に自分の腕を絡めた。
友春はチラッと海藤を見上げた。
(真琴は凄く優しい人だって言ってたけど・・・・・)
言葉数の少ない海藤と、臆病な自分では、いったいどんなふうに会話を広げて行っていいのか分からない。
「俺とか?」
「は、はい」
「そうか」
「・・・・・」
「そんなに怖がらなくても、取って食ったりはしない」
情熱的に自分の思いをぶつけてくるアレッシオに慣れているせいか、静かな海藤との会話をどう交わそうか。怖い、と、いうよりは
戸惑いの方が大きく、それでも友春は、
「よ、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げた。
日和の相手は上杉だ。
こういう集まりの時は何時も中心になっていたし、陽気で話しやすいといった感じだが、秋月とはまたタイプが違うので少し戸惑って
しまう。
そんな日和の顔をじっと見下ろしていた上杉は、ニッと子供っぽい笑みを向けてきた。
「タロがヒヨヒヨッて言うからどんな奴かと思ったが、ヒヨコにしちゃ色気はあるな。タロにも見習わせたいもんだ」
「はあ?」
いったい、何を言い出すのだと呆れるが、上杉は男らしい顔を寄せてきて、耳元に重低音の囁きをしてくる。
「せいぜい、2人でタロと秋月を妬かせようぜ、ヒヨ」
「・・・・・上杉さんって、苛めっ子ですか?」
「さあな」
声を上げて笑う上杉はとても一筋縄ではいきそうにない男だ。
(太朗君、よく付き合ってるなあ)
真琴は江坂に頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「・・・・・ああ」
真琴で良かったと、江坂はつくづく思った。これが太朗ならば煩くて仕方が無かっただろう。
こんな場所で苛々してしまうのはあまりにも馬鹿馬鹿しいと、このシャッフルを認めたわけではなかったが江坂は真琴に向かって鷹
揚に頷いた。
「君で良かった」
「俺も、江坂さんで良かったです」
「海藤の方がいいだろう?」
「それはもちろんですけど・・・・・でも、江坂さんと話しているのも好きですよ?」
柔らかく笑ってそう言う真琴に何と言っていいのか分からなくなり、江坂は一呼吸おいて、行くぞと真琴を促した。一応は、この青
年をちゃんとエスコートしなければならないなと思い、華奢な背を促すように手を置いた。
「よろしく!伊崎さん!」
「こちらこそ」
楓の恋人である伊崎は、穏やかな笑みを向けてくれた。我が儘坊主の楓のお守をずっとしてきた人だ、太朗は前から伊崎に興
味があった。
「伊崎さん、楓の弱点教えて下さい。俺、何時も口で負けているから悔しくって」
楓に聞こえないように伊崎に身体を寄せて話していると、楓がこちらを見て眉を顰めているのが見えた。別に悪いことをしているつ
もりは無いのに、何だか浮気を疑われているようで尻がモゾモゾしてしまう。
(いっつも、伊崎さんのこと苛めてるくせに)
何かと我が儘を言っている覚えがあるが、あれは楓なりの甘え方なのだろうか?
単純とも言われる自分にはあまり想像は出来ないが、この機会に少しだけ、自分の知らない楓のことを伊崎から聞きたいなと、太
朗は張り切って目の前の《FUJIYAMA》に向かって歩き始めた。
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いよいよ恋人シャッフル。
先ず一回目はこんな感じで。