4
春休みも過ぎている平日の遊園地。
子供の姿はあまり見かけないものの、若者の数はかなり多い。
「・・・・・」
「・・・・・」
そんな中、いかにも一般人ではなさそうな、それぞれが雰囲気の違ういい男が、明らかに歳の違う青年と共に乗り物に乗る列に
並んでいる姿はかなり浮いていた。
この段階から、それぞれアミダで決まった組で並んでいるので、さすがに男同士の恋人といった雰囲気は伝わってはいないよう
だが。
(・・・・・そんな風にされるほど、俺って怖がられてるのか?)
秋月は自分の隣に立つ青年を見下ろした。
暁生と呼ばれる青年は、泣きそうな目でチラッと自分を見上げてくるものの、直ぐに焦ったように顔を逸らしている。そんなに自分は
恐ろしい顔をしているのかと頬に手を当てたが、このまま黙っていても間が持たないと話し掛けてみた。
「どうした?」
「え?」
「そんな風に怯えられると、俺が脅したように見えるんだが」
確かに、最初はカップルをシャッフルするという想像外の提案に驚き、なぜ日和以外と一緒にいなければならないんだと思った思
いが表情に出ていたかもしれないが、そんなものは流してしまうのが大人というものではないか。
(まあ、まだ若いから仕方がないかもしれないが)
確か、日和よりは幾つか年上だと聞いたが、どうも神経が細やかというか・・・・・どこかのんびりしている日和とは、正反対の性格
に見えた。
(これで、あの楢崎と、ねえ)
自分よりも年上で、落ち着いた物腰の楢崎とこの青年が付き合っているとはとても信じられないが、まさか自分のように強引に
迫ってということもないだろうしと、少しこの2人のことに興味が湧いてしまった。
「どっちから迫ったんだ?」
「え?」
「楢崎か?」
「い、いいえっ、俺が強引にっ」
「へえ、楢崎が落とされたのか」
「お・・・・・」
その言葉だけで顔を真っ赤にして俯いた暁生を見て、人は見掛けに寄らないなと思う。
(今度楢崎をからかってみるか)
「私と一緒では退屈でしょう?」
日向組の子息というだけではなく、大東組の中ではその美貌のせいで有名な楓。当然楢崎もその存在を知っていたし、初めて
実際に会った時はこんなにも美しい人間がいるのだなと驚嘆したくらいだった。
話をすれば、随分と子供らしいとも思ったが、自信たっぷりな物言いや我が儘だと思える態度を見ていると、暁生とあまりに違うの
でどう接していいのか分からない。
「全然。なんだか、兄さんといるみたい」
「・・・・・それは、日向組組長のことですか?」
「俺にとっては兄さん。あなたよりだいぶ若いんだけど」
ふっと笑う楓は本当に人形のように完璧な美貌だ。
「容姿がいい男って鼻につくけど、楢崎さんみたいな男らしい大人の男は信用出来るし。何より、俺に変な感情を抱いていない
のがいいんだ」
そうでしょうと可愛らしく首を傾げて聞かれても、何と答えていいのか。
しかし、こんな風に言うというのは、これまで楓はその容貌から性的な対象にされて嫌な思いをしてきたのだろう。
「・・・・・まあ、私はあなたの父親といってもいいくらいですからね」
「勿体ない」
「え?」
「楢崎さんみたいないい男、今まで誰のものでも無かったっていうのが不思議。恭祐がいなかったらアタックしてたかもなあ」
「ひ、日向君」
「暁生が泣くからしないよ」
こんなにも歳が下の子供にからかわれているような気がして、楢崎は口元に苦笑を浮かべる。
「行きましょうか、次は私達の番だ」
生意気な口調だが、自分にとってはやはり楓は子供だ。子供には子供に対する態度で接しようと、楢崎は大きな手で華奢な背
中を押した。
「え?友春の学校での話、ですか?」
「そう。知っていることを話して欲しい」
友春と一緒にいるために日本にまで来たというのに、僅かとはいえ離れなければならないのならば、利益となることをしておきた
いと思った。
友春と同じ大学の静に、自分の知らない友春の姿を訊ねる。それはアレッシオにとっては重要な情報だ。
人形のように整った表情を少し不思議そうな趣に変えて、アレッシオをじっと見た静は不意に笑みを浮かべた。
「カッサーノさん、友春のことが凄く大切なんですね」
「・・・・・何だ、それは」
「だって、きっと部下の人に友春のことを守らせているんでしょう?その人達から報告を聞いているはずなのに、俺からも聞きたい
なんて、何だか友春の話以上にラブラブだなあって」
「・・・・・」
アレッシオは眉を顰める。
(随分、敏い青年だな)
傍目から見れば、容姿に似合わずのんびりとした性格かと思ったが、自分が友春についてしていることを想像し、理解しているよう
だ。もちろんそれは正解だったが、なんだか面白がられているようであまり良い気持ちはしない。
「それで?話してくれ」
「・・・・・止めておきます」
「何?」
「だって、知らないことがある方が楽しいと思うから」
笑った静はとても柔らかな表情だったが、アレッシオはその顔を可愛いとは思えなかった。
「・・・・・お前は、エサカの話とは随分違うな」
「江坂さん、俺のこと何て?」
「止めておく。知らないことがある方がいいんだろう」
静が言った通りの言葉を返し、アレッシオは前を向く。どうして一般人に交じり、自分が列に並んでいるのだと内心面白くない気
分だったが、もう後数人で自分達の番になる。
とにかく、この乗り物に乗ればまた友春の傍にいることが出来ると、自分の言葉にどこか楽しそうに目を細めている静の表情は無
視して、その細い腕を強引に引いて歩き始めた。
不意に腕を掴まれ、友春はビクッと隣の海藤を見上げた。
「あ、あの?」
「・・・・・」
黙ったまま場所を変えられ、いったいどうしたのだろうと思ったが、よく考えれば今の向きになってから眩しかった日差しが顔に当た
らなくなった。どうやら海藤は自分の身体を日よけにしてくれたらしい。
(・・・・・優しいんだ)
真琴の言葉が直ぐに実感出来、友春の緊張していた肩の力が抜けた。
「あ、ありがとうございます」
「・・・・・悪いな、何を話していいのか分からなくて」
アレッシオよりも線が細いものの、海藤も十分自分よりも男らしい大人だが、持っている雰囲気は友春にとっては居心地が良い種
類のものだった。始めは沈黙のまま、何を話していいのか分からなかったものの、黙って隣にいるだけでも落ち着く存在といった感じ
だ。
「そう言えば、就職のことは考えているのか?」
「あ・・・・・と、いえ、まだ・・・・・」
「・・・・・」
「周りはもう就職が決まってる友達もいるし、決まってなくてもちゃんとした目的を持ってる子が多いんですけど・・・・・なんだか甘え
てるんですよね、俺」
情けないなとは思うものの、アレッシオの存在もあって自分の未来をなかなか現実路線で考えることが出来ない。
俯いてしまった友春は、優しく頭をポンポンと叩かれて顔を上げた。
「急がなくてもいいと思うが」
「海藤さん?」
「今悩んでいることは、きっと将来の君のためにもなるはずだ。カッサーノ氏も、多分君を離すことは無いだろうが、君が望めば道
は無数に見えてくるはずだぞ」
自分とアレッシオの関係を正確に知っている海藤の言葉に恥ずかしくてたまらなくなったが、何だかかなり年上の兄に諭されたよ
うですんなりと頭の中に言葉が入ってきた。
(・・・・・いいなあ、真琴君)
まさか、海藤と恋人同士になりたいと思うことは無かったが、何時でも相談できる思慮深い彼が傍にいる真琴が何だか羨ましく
なってしまった。
「へえ、女兄弟がいて、それが舞妓なのか?京都じゃなきゃ、直ぐにでも一席設けるとこだがなあ」
「上杉さんも興味があるんですか?」
「無いって言ったらウソだろ。あ、もちろん、タロには内緒な?」
ウインクしながら言うと、日和は笑いながら頷いた。
自分に対しても物おじしない様子で話し掛けてくる日和は、随分度胸がいいと思う。見掛けは確かに可愛らしいのだが、いかにも
少年といった感じは太朗にも共通するものを感じた。
(もちろん、タロが一番だがな)
「で、もしかして秋月は悪い遊びをしていないか?」
「悪い遊び、ですか?」
「お前にも着物を着せて、とか」
「・・・・・」
「お、図星か」
あのすました男がどんな表情で、言葉で、この青年を口説いたのか知りたいなと思った。別組織ではあるが、関西では秋月の
名前は結構知られており、そんな秋月の気に入りの女が京都にいるという噂も聞いたことがあるのだが。
(あれはガセということか)
秋月はゲイには見えないが、日和を溺愛している様子は十分感じ取れるし、これほどに入れ込んでいる存在がありながら別の
土地に女を作っているということはあまり考えられない。
もしかしたらそれは日和の姉で、誤解された噂が蔓延しているのか。
「着物かあ。タロには似合わねえな」
「そんなこと無いと思いますよ?太朗君、結構凛々しくなるんじゃないですか?」
「凛々しい、ねえ」
確かに、女物の着物を着せても笑ってしまうかもしれないが、袴などは似合うかもしれない。あれは色々と悪戯をしやすいんだな
思うと口元が二ヤけてしまい、日和から眉を顰められてしまった。
「弱点、ですか」
期待を込めた目で見つめられるものの、伊崎はその期待には答えられなかった。自分は楓の庇護者で、恋人で、そんな大切な
相手の弱い部分を口にすることなどとても出来ない。
もちろん、それを知った太朗が楓に向かって攻撃するなどとは思わないが、それが自分の楓に対する忠誠の証だった。
「すみません」
「えーっ!」
「ですが、楓さんは何時も素直な感情をあなたにぶつけていると思いますよ?弱みというのとは違いますが、あなた方には心を許
しています」
年上の真琴に対しては甘えているという感じだが、太朗に対しては同等の立場で向き合っているといったふうで、伊崎はこれまで
楓がここまで素直に言い合いをする相手を見たことが無かった。
少しだけ、太朗のことを羨ましく思う。伊崎にとって楓は始めから守るべき者だったし、楓にとっても自分は傍にいて当たり前の存
在で、太朗のように同じ目線になることがないからだ。
(だから、この子のことを羨ましく思っても、楓さんの傍から離そうとは思わないんだ)
「そっかあ、残念」
「太朗君は、楓さんに負けていると思ってるんですか?」
「負けてるっていうか・・・・・あいつ、頭がいいでしょ?言い合っても、最後は語彙で負けちゃう」
確かにと、伊崎は苦笑を零す。
楓は幼い頃から頭の回転が速い子供で、その美貌と共に最大限自分の武器として使っている。だが、それは太朗達に対しては
武器にはなっていないはずだ。
「あれは、甘えているんですよ」
「楓があ?」
「そうでなければ、あんなふうに言い合いません」
楓は好き嫌いがはっきりしていて、自分が排除すると決めたものには冷酷なほどにそっけない。子供のように言い合うこと自体、
楓にとっては特別な存在なのだと、この少年には分かって欲しかった。
「今日は大変でしたね」
「・・・・・いや、静さんの頼みだ」
「静、とても喜んでいましたよ?江坂さんが遊園地に行き難いのは分かるから、その上で自分の願いどおりに来てくれて嬉しいっ
て」
笑う真琴の顔を見下ろして、江坂はそうかと言葉短く答えた。
今の自分にとってはあまりにも縁遠い場所であることは間違いないが、静が望めば嫌がる理由にはならない。それに・・・・・。
「君も頼んできただろう?」
「俺はオマケみたいなものっていうか・・・・・」
「オマケ、か」
(その割には、たいした影響力があるが)
静と似た雰囲気だからか、江坂はどうも真琴に強く出れない。
静に無闇に近付いて来る者は友人と称していても排除してきたし、もちろんこれからもそうするつもりだ。
今ここにいる者達などは、その背後にいる男達の仕事からも関係があるし、負にならない存在なので目をつぶるが、真琴に関して
は・・・・・出来るだけ静の傍にいてくれたらと思ってしまう。
真琴の持つ雰囲気は、きっと静にプラスになると思うからだ。
「・・・・・まあ、滅多にないことだしな。たまに日の光の下に立つのもいいだろう」
「江坂さん、そんなにも部屋の中に閉じこもってるんですか?」
「仕事柄仕方ない」
「じゃあ、今日は嫌だって言っても連れまわしますよ?運動不足になったりしたら大変だし」
そう言いながら自分の腕を掴む真琴の手を見下ろすが、特に・・・・・嫌だとは思わない。
静とは別の意味で、自分は真琴を身の内に入れているのだろうと、己の反応で分かった江坂はなぜか笑みを浮かべてしまった。
ぞろぞろとジェットコースターに乗りこむ一同を見つめながら、倉橋は自分の腕を引く綾辻を振り返った。
「何です?」
「私達も乗りましょうよ〜」
「・・・・・遠慮しておきます」
「何、怖いの?克己」
(何を楽しそうな表情になってるんだ)
別に、高所恐怖症でもないし、あの乗り物が苦手だというわけでは・・・・・無いと思う。今まで乗ったことがないので自分の反応が
分からないのだが、こうしてその様子を見ているだけでは、高く昇り、猛スピードで走って、回転して。
(何が面白いんだ?)
そうでなくても、自分はこれだけの人数の警備が気になって仕方がなく、乗り物を楽しむ余裕など全くない。
「ねえってば〜」
懇願するように言いながら、腕は強引に引っ張る綾辻に、倉橋は冷静に言い放った。
「小田切さんを誘ったらどうです?」
「え〜っ?」
「きっと、喜んで付き合って下さるのでは?」
「克己じゃなきゃ意味無いのよ〜!」
「・・・・・私は悲鳴を上げて抱きついたりしませんよ」
「・・・・・つまんない」
(やはり、それが目的か)
第一、こんな無数の目がある中でそんな行動を取ると考える方がおかしいと、倉橋はまだ煩く言ってくる綾辻の言葉を完全に無
視していた。
(今日は、絶対に流されたりはしないからなっ)
![]()
![]()
今回は攻視点が多いです。
まだまだシャッフルは続きますよ〜。