《FUJIYAMA》から始まり、《ええじゃないか》、《パニック・ロック》、《トンデミーナ》、《ドドンパ》、と、昼食も挟まずに乗り続け、最
後に《グレート・ザブーン》に乗ってびしょ濡れになった太朗は、眉を寄せておかしいと呟いた。
 「おかしいって?」
 タオルで髪を拭きながら真琴が訊ねてくる。
盛大な水飛沫を浴びるこの乗り物のことをあらかじめ知っていたのか、綾辻は人数分のタオルとビニール合羽を用意してくれてい
たのだ。
 しかし、年少者達は水飛沫を浴びる楽しさを優先して合羽は着ないまま乗り物に乗ってしまい、今みたいに髪から滴をしたたら
らせてしまうほどに濡れてしまっていた。
 天気も良い今日は寒いという感じもせず、楽しさの中では水の冷たさもほど良い刺激になったのだが。
 「予想と違って・・・・・」
 「予想?」
 昼は、園内の施設ではなく、小田切が用意してくれていた弁当を食べることになった。
サンドイッチやおにぎり。唐揚げや煮物など、まるで運動会みたいだと目を輝かせていた太朗だったが、各々煙草を銜えたりコーヒ
ーを手にして、芝生に腰を下している姿も絵になる年長者を振り返った時、先に言ったような呟きを洩らしたのだ。
 「誰も、怖がって叫ばないでしょ?」
 「タロははしゃいで叫んでただろ」
 「俺じゃなくって!ジローさんとか、他のみんなだって!」
 今まで、6つの絶叫マシーンに乗ったが、もちろん全てカップルをシャッフルした。
太朗も色んな相手と乗り物に乗ることになったが、その誰もが絶叫マシーンを怖がらなかったのだ。
 「1人くらい、高所恐怖症の人間がいたっておかしくないのに〜っ!」
 「そういえば、俺も気付かなかった。みんな普通の顔してたし・・・・・江坂さんなんか、下りる時にこんなものかって言ってたよ」
 真琴が今気付いたかのように言えば、
 「あー、そうだよね。楢崎さんなんか、ずっと気難しい顔してたよ。こんな乗り物に自分が乗ってもいいのかどうか分からないなん
て言ってた」
静が、クスクス笑いながら言う。
 「カッサーノさんも、列に並ぶ人が多いって怒ってたな」
 その時のことを思い出したのか、友春は少し眉を寄せ、
 「上杉さんなんか笑ってた」
日和が上杉を見ながら苦笑した。
 「か、海藤さんは俺のこと気遣ってくれて、終わった後も支えてくれたし」
 「あ、それ、後ろから俺も見てた。恭祐に見習えって言ったくらい」
 暁生の言葉に楓が答え、皆の答えを聞いていた太朗はだろうと主張する。
そもそも、今回遊園地を選んだのは、上杉をはじめとする大人の男達の色んな顔を見るためなのに、あまりにも普段と変わらない
のならば来た甲斐がない。
 「絶叫系は大丈夫なんじゃないか?それか、痩せ我慢してるとか」
 サンドイッチを頬張りながら楓は言った。
 「大人なんだから、多少恰好は付けるだろ」
 「そうだけどさー」
 「でも、確かに太朗君の言葉は魅力的だよ。俺だって、江坂さんの慌てた姿見てみたいし」
 「ねっ?」
 「・・・・・作戦、何かある?」
真琴が太朗に問い掛けてくる。作戦・・・・・今回のシャッフルなんかその大きな作戦の1つなのだが、それが駄目となるとなかなか
次を考えられない。
 「ねえ、太朗君。参謀に助言を頼んだら?」
 「参謀?」
 ますます眉を顰めながら、それでもおにぎりを離さない太朗に、真琴が笑いながらある方向を指さす。その先を見た太朗は、あっ
と叫ぶと同時に立ちあがった。




 小田切達が上手く調整をしているせいか、乗り物に乗るために行列に並ぶ時間はせいぜい10分だ。
早過ぎても面白くなく、遅過ぎると待ち時間だけで苛立つだろうという、微妙な加減が憎らしいほどだった。
 「あ〜っ、ったく、子供は元気だな」
 上杉は首を回しながら言った。
絶叫系と言われる乗り物は怖いと感じることもなく、久し振りに気分が変わって面白いとは感じたが、それでもこう立て続けだとさ
すがに疲れた気分だ。
 さらに言えば、一緒に乗り込むのは太朗ではない。一体どこで思い付いたのか、カップルをシャッフルするというとんでもない提案
をしてきて、乗り物に乗るごとに違う相手が隣にいた。
 太朗が相手ならば色んな言葉でからかったり、少し、楽しい悪戯をすることも出来るが、相手が自分のものでないので、楽天的
な自分でも気を遣っているのだ。
 「上杉、お前はどういう教育をしているんだ」
 「教育って・・・・・」
 「自分の恋人ぐらい管理しろ。私はお守のためにここまできたわけじゃない」
 「あー、まあー、すみません」
(怒ってるな)
 そもそも、こんな団体行動を好まないであろう江坂が、ここまで我慢しているというのが驚異的なことなのかもしれない。
いや、それを言えば・・・・・。
 「ワインですか?」
 「そうだ」
 倉橋に向かい、食事中の飲み物にワインをリクエストしているアレッシオにも言えることだ。
 「・・・・・」
その眼差しは常に自身の恋人である青年に向けられているが、途中で爆発したように文句の言葉を言うことは無い。
(遊園地で遊ぶイタリアマフィアのボス・・・・・貴重だな)
 「疲れたんですか?」
 海藤がコーヒーを差し出しながら問い掛けてきた。
何時もは涼しげな表情で、感情の動きを見せない海藤だが、今日はラフな服装と日の光の下という環境のせいか、何時もより格
段に生き生きとして見える。
 「バ〜カ、俺はそんな年寄りじゃないって」
 「別に、歳のせいだとは言いませんが」
 「悪いな。タロの我が儘は何だって聞いてやるって約束しちまった」
 「真琴も、苑江君に何かしたいと言っていたので・・・・・。思い掛けないことでしたが、本人も楽しんでいるようで、俺としては全然
構いません」
 「お前・・・・・俺のこと言えないくらい、恋人に甘いな」
 海藤のような男を惹きつけている真琴の魅力を考えながら再び太朗に視線を向けると、集まった子供達は額を突き合わせて何
やら話しこんでいる。
 太朗も含め、皆大学生という集まりだが、素直な性格の者が多いせいか、随分幼い集団に見えた。
 「ああいう姿は微笑ましいがなあ」
 「そうですね」
 「・・・・・ん?」
視線の先で、いきなり立ち上がった太朗が輪から抜けて走り出した。
(どこに・・・・・)
 「あ」
 その方向を確かめた上杉の口が、思わず呆気にとられたように開いてしまう。
(なにをしに行くんだ?あいつは)
何だか嫌な予感がするなと、上杉は目を眇めた。




 「どうしましたか?何か他に食べたいものでも?」
 「ち、違います!」
 小田切は目の前に立った太朗をにこやかに見下ろした。
今回、大学合格の御褒美に遊園地で遊ぶという可愛らしい願いごとを口にした太朗に、小田切は影から十分楽しませてもらって
いた。
 自分の恋人と過ごせない男達はかなり不服そうな様子は見えるものの、それをぶつける相手もまた自分の仲間の恋人なので
いい加減な扱いは出来ず・・・・・と、ジレンマに陥っている表情が面白い。
もちろん、それを表立って見せることは無いが、小田切はこの提案をして太朗をそそのかした自分を内心で褒めていた。
 「あ、あの、相談があって」
 「相談?」
 「さっき、みんなで話してたんですけど・・・・・」

 「・・・・・なるほど」
 太朗の話に小田切は頷いた。
 「確かに、大の大人が乗り物に乗って泣き喚く姿というのはなかなかありませんしね」
そうでなくても度胸が据わった男達だ。傍にいなくても恋人の目が届く場所で醜態は晒せないと思っているのに違いない。
 小田切が知っている限りは高所恐怖症の人間はいなかったはずだし、日々神経を削る世界に生きている者達なので、絶叫マ
シンくらいで驚くというのは・・・・・。
 「みんなも、同じようなこと言ってました。それでも、小田切さんなら、何かいい手を考えられるかなって思って」
 「頼って頂いて嬉しいですよ。・・・・・そうですねえ」
 小田切も、もう少し楽しい場面が見たいと思う。
それならば・・・・・。
 「そうだ、太朗君」




 食事が済むと、太朗が再び全員集合と号令をかけた。
今日は彼が主役なので、太朗が楽しめばいいなと考えていたが、誘われた自分もかなり楽しんでいるので得した気分だと真琴は
思っている。
 「暑くないか?」
 乗り物に乗る時は離れてしまうが、今は隣に立ってくれている海藤がそう声を掛けてくれた。
 「大丈夫です。海藤さんは?疲れませんか?」
 「・・・・・正直、書類を見ている方が楽だな」
僅かに頬に苦笑を浮かべて言う海藤にとって、今日は肉体的というよりは精神的に疲れるのだろう。
(でも・・・・・まだ終わらないんですよ?)
 真琴はそっと海藤の手を握る。
 「・・・・・」
そんな真琴を見下ろした海藤は、しっかりと手を握り返してくれた。


 遊園地にアレッシオというのはやはり似合わない。
それでも、我慢してこうしてここにいるのは太朗のためか、それとも・・・・・自分のためなのか。
(なんだか、申し訳ないって思うけど・・・・・)
 「早く、お前と2人になりたい」
 「ケ、ケイッ」
 少しも声を潜めないので、周りに聞かれたのではないかと焦ってしまう友春をよそに、アレッシオは強引にその身体を後ろから抱
きしめる。
 「ケイッ」
 「これくらいいいだろう」
アレッシオにとっては、この行動さえ譲歩らしい。友春は胸元に回る腕から逃れようともがくが、拘束はますます強くなってしまった。


 「親子連れに見られてるんじゃないか?」
 厳つい顔に困惑の色を貼り付けて言う楢崎に、暁生はブンブンと首を横に振って見せた。
 「絶対に見えないっ」
 「そうか?」
 「そうです!」
本当は、恋人同士のように腕を組んで歩きたいくらいだが、ここにいるのは自分達だけではないのでそれも我慢し無ければならな
い。
(それに、何時もと違う楢崎さんを見るのも楽しいし)
 傍にいて見たいのは山々だが、少し離れていてもその表情の変化は分かるという自信がある。今から太朗が言うことを聞いて楢
崎はどんな反応をするだろうか・・・・・暁生はじっとその顔を見上げた。


 「恭祐、さっきナンパされてたろ」
 「え?道を聞かれただけですよ」
 「・・・・・お前、鈍感なのか、冷たいのか分かんないよなっ」
 遊園地のパンフを持っているくせに、同じ客に道を聞く女の目的は何なのか誰だって分かる。
楓が傍にいれば、そんな女達も伊崎に声を掛けることもないのだが・・・・・何だか面白くない気分でいると、伊崎が顔を覗き込ん
出来た。
 「楓さんも、先程から写メを撮られていることに気付いていますか?出来ればあの携帯をへし折ってやりたいくらいなんですが」
 「馬鹿。画面の中の俺なんて、現実の俺に比べたら遥か下だって」
 勝手に写真を撮られるのは楓もいい気持ちはしないが、自分ほどの美貌だったら仕方がないと達観もしているので、何とも思わ
ないようにしているのだ。
 「しばらく俺の隣にいろ」
 「はい」
 素直に、いや、どこか嬉しそうに返事をする伊崎を軽く睨んだ楓だったが、そんな自分の口元も緩んでいることには気付かないま
まだった。


 「楽しいか?」
 「楽しいですよ?」
 「・・・・・」
 「秋月さんは違うんですか?」
 「見れば分かるだろう」
 憮然とした様子の秋月を見て日和は笑った。確かに秋月に遊園地は似合わないが、せっかく来たのだから楽しんでくれたらいい
のにと思う。
(俺じゃあ、秋月さんをこんなとこに誘えないし)
 太朗が言いだしたからこそ出来ることなのだ。
日和はそう思いながら秋月の隣に立つ。これで少しは秋月の機嫌も治るかもしれない。


 「日陰にいましょう」
 そう言って手を引いてくれる江坂に、静は大丈夫ですよと答えた。確かに天気は良いが、夏の日差しとは違うのだ。
しかし、そう言った自分の顔を見下ろす江坂は、少しだけ困ったように笑っている。
 「少し、2人でいたいと思ったんですが・・・・・駄目ですか?」
 「あ・・・・・」
 恋人同士の時間をきちんと考えている江坂と、友人達と思い切り楽しもうと思っている自分の考えは随分違うらしい。
 「静さん」
 「あ、はい」
今度は伸ばされた手に素直に頷き、静は江坂に寄りそう。明るい日の光の下では少し照れくさいなと思ったが、それでも傍を離れ
ようとは思わなかった。


 「で!次は絶叫系は止めます!」
 大声で宣言した太朗に、上杉は呆れたように言った。
 「次は何をする気なんだ?」
 「お化け屋敷に行く!」
 「・・・・・お化け屋敷?」
 「そう!ここのは結構怖いらしいから、みんな泣かないよーに!」
あれだけ叫んだというのに、まだそんなもので叫ぶつもりなのかと上杉は思うが、太朗は満面の笑みを浮かべて話を続ける。
 「もちろん、今回もアミダでペアを作ってやるから、ほらっ、みんな順番に選んでねっ?」
 「ま〜だ、それをするつもりなのか?」
 「ジローさんだって、自分の泣き顔を俺に見られたくないだろ?」
 「・・・・・」
(お前の泣き顔だって、他の奴に見せたくは無いぞ)
 「始めるよ!」
 内心そう思っていても、どうやら太朗の耳には届かないようだ。《最恐戦慄迷宮》といういかにもな名前の場所に、約60分も掛か
るという恐怖体験を嬉々として語る太朗を、さすがの上杉も止めることはもう出来なかった。






                                          





次はお化け屋敷〜。

カップリングをどうしようかと考え中(笑)。