さすがに評判のアトラクションなだけにかなり凝っているし、怖い。
広い建物の中に入っているのも自分達だけではないのに、何だか2人しかいないような静けさがあって・・・・・それなのに、遠くか
ら聞こえてくる悲鳴が妙にリアルで。
 「手、引いてやろうか?」
 「え?」
真琴は少し前を歩いていた上杉を見た。
きっと、何時ものからかうような眼差しで自分のことを見ているのだろうが、暗闇の中の僅かな明かりでは良く分からなかった。
 「太朗君に怒られそう」
 「あいつの大事な友達を見捨てる方が叱られる」
 「何ですか、それ」
 たかがお化け屋敷だ。はぐれても何とか外に出ることは出来るものの、そんな風に自分を気遣ってくれる上杉の好意を無駄にし
たくなくて、真琴はじゃあちょっとだけと言いながら上杉の腕を掴む。
海藤より筋肉質の上杉の腕。
 「上杉さん、何かしているんですか?」
 「ん?」
 「筋肉、しっかりついているし」
 「まあ、適当に。年寄り扱いされてもシャクだしな」
 「なんですか、それ」
 真琴は思わずぷっと吹き出してしまった。確かに上杉は若いとは形容しがたいが、年寄りなどと形容するのは申し訳ないほど
に精力的だし、魅力的だと思う。
(あ・・・・・太朗君なら言うかも)
もちろん、それは多分に照れ隠しの意味が多いと思うが。
 「じゃあ、お言葉に甘えて、少しだけ頼ってもいいですか?」
 「役得だ」
 クッと笑う気配がしたかと思うと、真琴の手は大きな手に包まれた。やはり手の平も、海藤よりも骨ばった感触だ。
 「ん?海藤と比べてどうだ?」
 「・・・・・っ」
(ど、どうして分かったんだろう?)
自分が今何を考えていたのか、容易に想像出来ているらしい上杉。
陽気で、気さくで、あまり深く物事を考えていないような雰囲気を持つ上杉だが、どうやら洞察力はとても鋭いものを持っているなと
思う。
 「この手は、太朗君のものでしょう?」
 そんな上杉には正直に言った方がいいかと思った真琴だったが、その答えはどうやら上杉には嬉しかったようで、クシャクシャと
盛大に髪をかき撫でられてしまった。


 「はい!」
 「・・・・・なんだ、これは」
 差し出された手を見て言うと、太朗は何を当たり前なことを聞くのだというふうに応えてくる。
 「手、繋がないと、迷子になっちゃうでしょ?」
 「お前が?」
 「ケイが!」
 「・・・・・私が?」
とてもあり得ない話だ。この建物の中に入る前に地図を渡され、現在位置と照らし合わせて既に進路は把握した。ホラーハウスに
入るのは初めてだが、全て作りもののそれに慌てることもないだろうと思った。
 最短距離で出るか、途中で友春を捜すか。どちらにせよ、アレッシオにとって不都合なことなどまるでない。
(・・・・・まさか、怖いというのか?)
何時も呆れるほどに煩い太朗だが、このホラーハウスを怖がって自分を頼っているのかと思って見下ろせば、見える横顔は期待と
興奮でキラキラと輝いていて。
(・・・・・それは無さそうだな)
 「ケイって、お化け屋敷に入ったことなさそうじゃん?俺は慣れてるから、どういうタイミングでお化けが出てくるとか、仕掛けがあり
そうだとか分かるし、教えることが出来るから」
 「・・・・・」
 始めから分かっているのは面白くないのではないかと思ったが、言うのは止めた。言った所で、

 「それを楽しむのが醍醐味だって!」

などと、さらに訳が分からないことを力説しそうだ。
 「はいっ」
 「・・・・・」
 自分の差し出した手を拒絶されることなど考えてもいないような眼差し。
一瞬・・・・・この手を無視して行ってしまおうと思ったが、アレッシオは無言のまま手首を掴み、どんどん足を進めて行く。
 「ちょ、ちょっとっ、早いってば!」
 「・・・・・」
これ以上の譲歩はしないぞと思いながら、アレッシオは後ろで喚く太朗の声に煩いと眉を顰めた。


 大人3人でこんな所に入る者などいるのだろうか。
(いるとしても、この取り合わせはなかなか・・・・・)
小田切は自分の少し前を行く2人の背中を見て含み笑いを漏らした。

 「倉橋さん、先頭でどうぞ」
 「あ、い、いえ、私は・・・・・」
 「じゃあ、伊崎さん、あなたが。倉橋さんは最後尾で・・・・・」
 「あっ、あの、真ん中でいいでしょうか?」

 列に並んでいる時から、倉橋の顔色は可哀想なほど青褪めていた。組分けの時点でどうしても嫌だと言えば良かったのに(それ
でも免除するつもりはなかったが)、使命感の強さは恐怖心を凌駕したらしい。
 それでも、実際にこうして建物の中に入ってしまえばその恐怖心は増長されて・・・・・倉橋の手は身体の横で強く握り締められて
いた。
 「それにしてもよく出来ていますねえ。私はこういう場所は初めてなんですが、もっと子供じみたものだと思っていましたよ」
 「確かにそうですね」

 キャーーーーー!!

 「・・・・・っ」
 遠くの悲鳴に、倉橋の身体が大きく揺れる。
 「こうして、大勢の人間が一度に入れるというのも面白いですし」
しかし、小田切はそれに気付かなかった風に話を続ける。伊崎も自分と同様こういったものに恐怖を感じることは無さそうで普通に
言葉を返してくるが、倉橋は先程からずっと無言のままだ。
 「あ、あの扉から何か出てきそうですね」
 「えっ?」
 嫌ならば見なければいいと思うのに、倉橋は反射的にそちらへ顔を向けてしまう。その瞬間、小田切が言った通り扉からゾンビの
ようなものが飛び出してきた。
 「あ」
 「・・・・・」
 「・・・・・!!」
 人の気配というものに敏い小田切と伊崎はほぼ無反応だったが、倉橋は大きく息をのむと目の前の伊崎の腕を掴む。
 「倉橋さん?」
 「あっ、す、すみません」
直ぐにそんな自分の行動に気付いた倉橋は手を離そうとしたらしいが、しばらくして・・・・・小さな声で言った。
 「すみませんが・・・・・腕を借りていいですか」
 倉橋にすればかなり勇気を振り絞った言葉だろう。そして、気遣いの出来る伊崎も直ぐに倉橋の状況を悟ったのか、構いません
と穏やかな声で答えている。
 「・・・・・」
(どちらが妬くでしょうかねえ)
 楓と、綾辻。各々の恋人のこの姿を見て、どちらがより妬きもちを焼くだろうか?
楓はきっと分かりやすく嫉妬するだろうが、綾辻はそれを押し殺してからかって・・・・・帰宅したのち、言葉で、態度で、倉橋を甘く
追い詰めそうだ。
(・・・・・証拠、掴んでおきましょうか)
楽しみのネタは幾つあってもいいものだと思いながら、小田切はジャケットのポケットを探った。




 「いっちば〜ん!!」
 たっぷり恐怖を堪能した太朗が眩しい光の溢れる外に飛び出した。時間は50分を切っている。
絶対に一番だと思わず人差し指を上げれば、
 「バ〜カ、俺が先」
 「あ〜!早過ぎだろ!!」
既に目の前のベンチに座っていた楓がニヤッと笑みを浮かべて言った。
 「何分に出たんだよっ?」
 「30分少し過ぎたくらい?」
 「何それっ?」
 「多分、最短距離で出たんじゃないか?有能なナビがいたんでね」
 そう言いながら振り返る楓の視線を追えば、そこにいた江坂がゆっくりと立ち上がった。
 「・・・・・さすが」
 「でも、アトラクションとしては全然楽しめない。一度も悲鳴を上げないし、立ち止まることもしないし」
不満そうな楓の言葉は容易に想像出来、無表情でお化けに対する江坂と憮然とその後をついて行く楓を想像して思わず笑って
しまう。
 「笑ったな・・・・・よし、次は俺と入るぞ、タロ。泣いているお前を写メで撮ってやる」
 「俺が泣くはずないじゃん!」
言い合っていると、また一組が出口から出てきた。


 静の姿を見て、江坂は無言のまま近寄った。
海藤と組んだので余計な心配はしなかったが、それでもその表情を注意深く見る・・・・・どうやら、顔色は悪くない。
 「江坂さん、早かったんですね」
 静は目の前の江坂に笑い掛けてくる。江坂も、そんな静に穏やかな笑みを向けた。
 「どうでしたか?」
 「やっぱり少し怖かったけど・・・・・海藤さんがちゃんと手を引いてくれたので」
 「・・・・・手を?」
チラッと背後の海藤を見れば、不可抗力ですと海藤が苦笑する。さすがに江坂もこのくらいで嫉妬することは無いが、面白くないと
思う気持ちはあった。
軽く頷くと、そのまま静の身体を抱き込むようにして肩を抱き、見上げてくる静に穏やかに言う。
 「ずっと歩いていて疲れたでしょう?座って休みましょうか」
 「大丈夫ですよ?」
 「しばらく離れていたから、私が静さんの傍にいたいんです」
 耳元で囁けば、静は少し驚いたような表情をしてから恥ずかしそうに俯く。江坂はそのまま静を連れ、出口から少し離れたベン
チへと誘った。


 次に出てきたのは秋月と友春だ。
 「はあ〜」
近寄りがたい秋月とずっといることももちろんだが、暗い場所に長くいることはそれだけで苦痛で、外に出れた解放感に自然に大き
な息をついてしまった。
 「トモッ」
 そんな友春の名前を独特なイントネーションで呼ぶ声。
 「ケイ?」
(もう出てきてたんだ?)
確か自分よりも少し後に入ったはずなのにと顔を上げると、もう直ぐそこにはアレッシオの姿があり、友春が何か言う前に強く抱きし
めてきた。
 「何もされなかったか?」
 「え、ちょ、ちょっと、ケイッ」
 まだ直ぐ傍に秋月がいるというのに失礼じゃないかと焦るが、当の秋月は気にした様子もなく、失礼は無かったと思いますがと冷
静に答えていた。まさかここで、中では腕を掴んでいたなんて話したら・・・・・。
(あ・・・・・)
 友春の考えが分かったのか、秋月がチラッと視線を向けて人差し指を唇に当てて見せる。何だか2人だけの秘密だと言われてい
るようでくすぐったい思いがした。


 「つ、着いた・・・・・」
 日和は手を繋いでいた綾辻を振り返った。
 「ありがとうございました〜。綾辻さんがいなかったら出れなかったかも〜」
 「ふふ、私もヒヨちゃんと回れて楽しかったわ」
確かに中は怖かったが、綾辻の話は面白くて、悲鳴と笑いが半々・・・・・いや、もしかしたら笑いの方が多かったかもしれなかった。
普段はクジ運の悪い自分だが、今回は何だか当たりを引いたのかもしれない。
 「・・・・・何時まで手を繋いでいる気だ?」
 そんな中、低い声で威嚇するように聞こえてきた言葉に、日和は反射的に顔を上げてあっと叫んだ。
 「秋月さん、もう出てたんですか?」
 「・・・・・もう、出ていて悪かったな」
 「そんなこと無いですよ」
日和はそう言いながら手を離そうとしたが、綾辻はさらに手に力を込めて離そうとしてくれず、にっこりと秋月に笑い掛ける。
 「スパイスは必要だと思うけど〜?」
 「・・・・・俺達には必要ない」
 「そんなんじゃ、直ぐにヒヨちゃんに飽きられちゃうかもよ?」
 「それこそ、あり得ないな。日和にとって俺以上の男がいるはずがない」
 「あ、秋月さんっ」
 こんな場所で何を恥ずかしいことを言うんだと思ったが、秋月はそんな日和の身体を強く引き、今度は綾辻も簡単に手を離して
くれた。もっと早く離してくれたら良かったのにと思うものの、それをここで口に出すことは日和には出来なかった。


 「・・・・・」
 「大丈夫ですか、倉橋さん」
 「・・・・・ええ、すみません」
 どこをどう通ってきたのかなど、倉橋の頭の中には全く残っていなかった。始めのうちはともかく、後は伊崎の腕に掴まらせてもらっ
ていて、視線はほとんど足元しか見ていない。
それでも、耳に聞こえる悲鳴や効果音は脳内の記憶にしっかりと残っていて、倉橋はこうして表に出てきたというのに頭の中は全く
晴れる様子は無かった。
 「克己、大丈夫?」
 「・・・・・」
 既に出ていた綾辻が駆け寄ってきて腕を掴んでくれる。多分、自分の顔色の悪さを心配してくれたのだろうが、それならば入る段
階から止めてくれたら良かったのにと恨めしく思い、睨んでしまうと、なぜか・・・・・綾辻は動揺したように視線を揺らした。
 「克己、その目反則」
 「・・・・・目?」
 そんなに強く睨んでいるのかと思ったが、それが今の自分の気持ちなので逸らすつもりはない。そんな中、
 「綾辻さん」
妙に機嫌の良い小田切が声を掛けてきた。
 「後でいいものを見せてあげますね」
 「いいもの?」
 「ええ」
 「・・・・・」
 訳が分からないのは倉橋も同様で、小田切の言っている意味がきちんと頭の中で消化出来なかった。ただ、それを突きつめて
考える余裕も今は無い。
 「・・・・・」
 「まあ、それは後でお願い」
 そう言った綾辻が自分の身体を支えてくれるように腰にまで手を伸ばしてきたが、それが恥ずかしいと思っている余裕などなく、
無意識のうちに倉橋はその手に身を預けてしまう。
 「克己」
耳に響く綾辻の声を聞くと自然に落ち着いてきたが、今はまだ、気分が悪いからといって誤魔化せるだろうと思い、倉橋は目を閉
じたまま綾辻の腕を縋るように掴んでいた。






                                          





お化け屋敷編は後2組続いた後終了。

次は観覧車〜。