SUPER BOY











 そして、約束当日。
何時もの公園で上杉が来るのを待っている太朗の胸は、ワクワクと楽しそうに高鳴っている。
(どんなパーティーなのかなあ〜)
普通の高校生である太朗の身近にパーティーをするものは当然おらず、いったいどんなものか想像するのも難しかった。
それでも、上杉が太朗を失望させたことなど今まで無い。
(どんな料理出てくるのかな)
 今日のことは母親にも伝えてある。
あんたが行っても大丈夫なのかと失礼なことも言われたが、午前零時までに帰ってくるようにとのお許しと、少しばかりの軍資金
も貰った。
 「・・・・・」
 色々考えを巡らして楽しんでいると、公園の入口に車が止まった。
それは最近上杉が良く乗っている四駆ではないが、なんだかこれも高そうな車で、とても普通の住宅地を走っているような車に
は思えなかった。
 「太朗君」
 「小田切さんっ?」
 止まった車から降りたのは小田切だった。
てっきり上杉が迎えに来るとばかり思っていた太朗は、にこやかに微笑みかけてくる小田切にぽうっと見惚れてしまった。
 「こんにちは」
 「あ、こ、こんにちは!」
 「本当は会長が来られる予定でしたが、少し拗ねられているようで」
 「拗ねる?ジローさんが?」
(何を?)
全く見当がつかない様子の太朗を、小田切は益々楽しそうに見つめた。
 「今日、本当はお昼も誘われませんでしたか?」
 「え・・・・・あ、は、はい、でも俺・・・・・」
 「お友達のバスケットの試合観戦とか」
 「だって、それは前から約束してたし」
 中学からの友人である大西仁志(おおにし ひとし)は、二年に進級して正式にレギュラーポジションを獲得した。
クラブに入っていない(ペットの世話で忙しい)太朗はそんな友人が自慢で、休みの日などの試合は出来るだけ駆けつけると約
束しているのだ。
 土曜の今日の試合は以前から決まっていたので、太朗は昼前から出てこいと言った上杉の申し出を断り、午後1時からの試
合を観戦してからの午後4時の待ち合わせにした。
それは上杉にはちゃんと説明したはずだったのだが。

 「ああ、分かった。しっかり応援して来い」

そう、電話口で言ってくれたのに。
(本当は納得していなかったってことか?)
 太朗の頬が膨らんだ。
 「可愛い男の嫉妬ですよ。さあ、どうぞ」



 ゆったりとしたシートに促された太朗は、見るからに高級そうな車に少し緊張しているようだ。
その小動物のような様子が自分が飼っているハムスターに通じるような気がして、小田切はもっと太朗を可愛がりたく(?)なっ
てしまった。
 「この車、どうですか?」
 「え、あ、なんか高そうな感じで・・・・・緊張します」
 「そんなに緊張することなんてないんですよ?今日は太朗君とドライブ出来ると思ったら、少し張り切ってしまいましてね。この
間買ったばかりのこの車がいいかなって。太朗君はスポーツカー苦手なんでしょう?」
 「苦手って言うか・・・・・狭いとなんか勿体無い気がして・・・・・」
 「それなら、これは気に入りました?」
 「なんか高そうです」
 「そうでもないですよ。セルシオといっても、待つのが嫌だったので直ぐ手に入るものにしましたから気に入らないところもあって。
本当は知り合いにでもあげようと思ってたんですが、太朗君が気に入ってくれたのならそのまま持っておきましょうか」
 「は、はは」
 太朗の笑顔が僅かながら引き攣ったのを見て、小田切はあっさりと話題を変えた。
 「今日のパーティーは私もご一緒することにしました」
 「小田切さんも?じゃあ、小田切さんも仮装するんですかっ?」
途端に目を輝かせて話題転換に食いついてきた太朗に小田切は頷いた。
 「ええ」
 「小田切さんは何にするんですかっ?」
 「最初はチャイナドレスでもいいなと思ったんですが、生憎気に入った色が見付からなくて、第二候補のカルメンにしました」
 「カ、カルメン?」
 「スペインの踊り子ですよ」
 「お、踊り子・・・・・もしかして女装ですか?」
 「醜い男の女装は犯罪ですが、私ならば目の保養になるでしょう?お腹も出てませんよ」
 「女装・・・・・」
 「・・・・・」
(素直だな、この子は)
小田切が女装をすると聞いて、太朗はもう100パーセント自分も女装なのだと思い込んだのだろう。
上杉が相手ならば嫌だとだだをこねられるが、小田切相手ではそれも出来ないので、どうしようかと頭の中はグルグルと混乱し
ているに違いない。
落ち着き無く窓の外や自分の足元などにキョロキョロと視線を移す様子は見ていて楽しいが、あまり怯えさせるのも本意ではな
かった。
 「太朗君は女装じゃないですよ」
 「・・・・・へ?」
 「まあ、どちらにせよ可愛い格好にはさせてもらいますが、女装ではないから心配しないで下さい。あ、会場に行く前に着替え
ますから少し寄り道しますよ」
 「あ、はい」
小田切の穏やかながら有無を言わせない言葉に、太朗はコクッと反射的に頷いた。



(ゴ、ゴリラ?)
 「あ、この子が例のタロ君?へえ〜、話で聞いたよりも可愛いじゃないか」
 「・・・・・」
(で、でかい・・・・・ジローさん以上?)
 「おい、あんまり驚かすなよ。タロが怯えてるじゃねえか」
 「!」
 小田切に連れて行かれたのは都内の散髪屋(ヘアサロン)だった。
どうやらかなり高級で有名な店らしく、太朗が想像しているようなイスがずらりと並んで白衣の店主が鋏を持って・・・・・と、いうよ
うな感じではなく、大きな個室に1台だけ鏡とイスがあるだけだった。
 今日は貸切だから緊張しないようにと言われたが、返ってあまりにも場違いな気がしてどうしようかと思っていた時、2人を出迎
えたのは背の高い顎鬚の男だった。
けして毛深いというわけではないが、大きな鼻と四角い顔のイメージでゴリラが頭に浮かんでしまったのだ。
本来ならそれは太朗の好む容姿だが(父に似たゴツイ感じの人間は好きなのだ)、今は緊張してしまって笑顔も強張る。
 そんな時、まるで助け舟を出すかのように上杉の声がしたのだ。
 「ジローさん!」
嬉しそうにその名を叫んで振り向いた太朗は、そこにいる上杉の姿に思わず口を開けてしまった。
 「ん?どうだ、似合うか?」
 「に・・・・・似合い過ぎ・・・・・」
何時もよりピッタリ目に固めた髪に、白いドレスシャツに黒のタキシードにリボンタイ、そして更に黒いマントに白い手袋をつけてい
るその姿はあまりにも嵌っていた。
 「・・・・・何、それ」
 「悪魔」
 「あ、悪魔」
 「タロの衣装ももう用意しているぞ。お前に良く似合うフワフワの尻尾と耳もな」
 「し、シッポと、ミミ?」
いったい自分がどんな姿にされてしまうのか、太朗は考えるのが怖くなってしまった。