SUPER BOY



12








 目の前のデラックスチョコレートパフェ(生クリーム大盛り)を満面の笑みで見ながら、太朗は目の前に座っている久世に向かっ
て言った。
 「本当は制服でこんな店に入っちゃ駄目なんですけど」
 「・・・・・そんなの、守ってる奴なんかいるのか?」
 「俺は守ってますよ?まあ、お小遣いの関係とか、家の事情もあるけど」
基本的に、ペットの世話は太朗の担当だ。
ほとんどが太朗が自ら拾ってきたのでそれも仕方がないと思っているし、何より動物好きな太朗には全く苦痛に感じることはなく、
晩の散歩から(朝はジョギングする父親がついでにしてくれることが多い)食事の世話にシャンプーなど、ほとんど1人でこなしてい
る。
ただ、時々サボったりもするが。
 「お前の家か・・・・・面白そうだな」
 「シ、久世さんも遊びに来て下さいよ。母ちゃん、ジローさんと気が合うみたいだから、多分シ、久世さんとも仲良くなれると思
いますよ」
 「・・・・・親公認か」
 「?」
 「食っていいぞ」
 「頂きます!」
太朗は言葉と同時にスプーンを突き刺した。



(親は知ってるのか?上杉のこと・・・・・)
 先程から上に乗っている生クリームが溶けかかっているのをずっと気にしているような太朗に食べるのを促すと、待ってましたとば
かりに美味しそうに食べ始めた。
まるで『待て』状態だった太朗が、許しを得てパクパクとスプーンを口に運ぶ姿は、自分の方こそ犬みたいだ。
自然と久世の頬は緩むが、自覚は全くない。
 「おまえ、俺が怖くないのか?」
 「んんん」
 口いっぱいにアイスクリームを頬張っているせいか直ぐには声が出せなかった太朗は首を横に振ると、口の中の物を飲み込んで
から言った。
 「怖いってことはないですよ?」
 「ヤクザでも?」
 「だって、ジローさんもヤクザさんだし」
 「・・・・・」
 「それに、俺にはいまいちピンとこないっていうか・・・・・鈍いのかな?」
少し考えるように首を傾げた太朗だったが、直ぐに目の前のアイスクリームの方に目がいったようでスプーンを動かし始める。
 「・・・・・」
(どう見ても・・・・・ガキだな)
見掛けももちろんそうだが、その中身は小学生といってもおかしくはない。こんな子供と、あれだけ女と遊んでいたという派手な噂
の持ち主である上杉がどうしてくっ付いたのか、久世は不思議だった。
(これでもあっちの方がいいのか?)
男同士でもセックスは出来ると聞いたことはある。久世自身は経験は無いが、もしかして太朗はこう見えてセックスの技巧が素
晴らしくいいのだろうか?
いや。
(俺が間違ったってことが・・・・・あるのか?)
 パーティー会場で、太朗と一緒にいる自分を睨んできた上杉の目はかなり剣呑で、その言動からしても太朗が上杉にとっての
特別な存在だろうとは思ったが、もしかしてそれはまた違った意味なのだろうか。
 「おい」
久世はどうしてもちゃんと確かめたくなった。
 「んむ?」
 「お前、上杉のイロか?」
 「むお?」
 「・・・・・恋人かってことですよ」
それまで黙って控えていた湯浅が静かに口を挟んできた。



 その体格と雰囲気は本当に主人に忠実な大型犬のようで、太朗は一瞬見惚れたようにぽ〜と視線を向けた。
そんな太朗の態度が気にくわなかったのか、久世が憮然とした声音で言う。
 「俺の質問が聞こえなかったか?」
 「あ、え、えっと、何でしたっけ?」
 「・・・・・」
 「あなたが上杉会長の恋人かどうかという事です」
 ムッとした久世が無言のままコーヒーを口にするのを見て、もう一度湯浅は苦笑しながら久世の質問を砕いて言う。
今度こそその意味が分かった太朗は、一瞬の内に真っ赤になると急に焦ったように言い訳を始めた。
 「あ、あの、ジローさんは男だし、俺も男で、歳だってうんと離れてるし、でもっ、俺にはすっごく優しいし、ちょっとスケベだけど頼
りにはなるし、こ、恋人、なんて・・・・・っ」
落ち着かなくてスプーンでグルグルとパフェを崩していると、とうとうアイスはドロドロに溶けてしまった。
それでもなおグルグルとかき回していると、溜め息をついた久世が手を伸ばしてきて太朗の手を止める。
 「分かった」
 「え?」
 「お前と上杉の関係」
 「・・・・・っ」
(お、俺、何も言ってないのにっ?)
 「ちょ・・・・・」
 「ちょ?」
 「超能力・・・・・?」
本気でそう思って言ったのだが、その途端久世と湯浅はクッと笑い出した。



(若がこんな風に笑うのは初めて見た・・・・・)
 湯浅は自分も頬を緩めながら、隣で目を細めている久世の横顔をじっと見つめた。
久世が太朗に興味を持ったようだと分かった時、最初は湯浅はあまりいい顔は出来なかった。
どう見ても太朗は上杉にとって特別な存在としか思えず、その太朗に近付くという事は上杉に喧嘩を売ってしまうことにもなりか
ねないからだ。
 上杉が率いる羽生会。
歴史的にはまだ浅く、上杉の才覚でここまでのし上がってきたといってもいい会派だ。本来はもっと上の立場も狙える男だろうに、
それを簡単に切り捨ててしまえる度胸と、優秀な人材を周りに引き寄せることの出来るカリスマ性と、どんな相手でも一歩も引
かない無鉄砲さを併せ持つ男。
けして敵には回したくなかった。
 「面白いな、お前。本当に高校生か?」
 「見、見れば分かるだろ!」
 「見てそう言ってるんだ」
 「し、失礼な奴!」
 「・・・・・」
 こうして太朗と言い合っている久世を見ていると、まるで普段の彼とは違う。
久世は、上杉とは正反対の男だ。
元々親がヤクザの世界に居たが、生活的には裕福な方だったろう。容姿も頭脳も恵まれていた久世は、しかし幼い頃から醒め
た目で世の中を見ていた。
それはヤクザ物だからという卑下した思いからではなく、もっと根本的な問題で、久世は人間に・・・・・いや、世の中に全く興味が
ないようだった。
物は食べれるものならいい。服は着れればいい。親が継げと言ったから、断る必要なくこの世界に入った。
死ぬ必要がないから生きているだけ・・・・・そんな27歳がいるだろうか。
 学生の頃から遊び相手として久世に付いていた湯浅。
こんなに何もかもに恵まれた人が、どうしてその力を有意義に使わないのか、もどかしくてずっと久世を見てきた湯浅は、やがて自
分の守る相手が空虚な心の持ち主だと知り、なぜか・・・・・胸が締め付けられるほどのショックを受けた。
 何とか久世に人間らしい感情を持って欲しい。
時間が空くと、何時もぼんやりと空を見つめている久世を見ながら何時しかそう願うようになった湯浅だったが、あのパーティーの後
いきなり言った久世の言葉に思わず目を見張った。

 「あの面白いの・・・・・また見てみたい」

どんな思いからなのかは久世自身も分からないのだろうが、それでも久世の心が太朗という存在に反応したのは確かだ。
たとえ上杉を敵に回しても太朗を久世のものにしたい・・・・・そう時間を置くこともなく、湯浅はそう思うようになった。