SUPER BOY
13
「失礼します」
ドアのノックと共に現われた小田切は、珍しくちゃんと仕事をしている上杉を見て感心したような笑みを浮かべた。
見張っていなければ直ぐにサボってしまいがちな上杉。やる気になればかなり早く進めることが出来るのにと何時も思っているの
だが、今日は珍しく自分からそのやる気になったようだ。
「会長」
「ん~」
「ちょっと、ご報告があるんですが」
「報告?」
ある程度のことはほとんど小田切が処理をしているので、上杉は細かい事柄は事後報告としてしか耳に入らない。
小田切も一々細かいことまで上杉の意見を仰ぐほど無能な人間ではないのだ。
そんな小田切が改めてそう言うのは珍しく、上杉は書類から目を離して小田切を見た。
「どうした?」
「八葉会の久世が太朗君に接触しました」
「・・・・・」
上杉の気配が一瞬で冷たく鋭くなった。
「続けろ」
「今日の下校時、向こうから声を掛けてきたと」
上杉は太朗に護衛を付けている。
恋人として付き合う以前から、散歩仲間として太朗と会うようになってから、上杉はずっと太朗に護衛を付けていた。
太朗にはけして悟らせず、万が一に自分と敵対する組織が太朗に手を出そうとした時にだけ動くように・・・・・普段の太朗の生
活は絶対に侵さないようにと、きつく言い付けているその護衛達は忠実に上杉の言葉を守っていて、多分太朗は自分が守られ
ていることはいまだに全然知らないだろう。
そんな護衛達も、八葉会の久世の存在をどう見ていいのか迷って連絡を入れてきたらしい。
「・・・・・今どこだ?」
「学校の近くの店で、特大のチョコレートパフェを食べているそうです」
「・・・・・」
上杉が舌打ちをする。
「また食べもんにつられやがった」
「・・・・・」
(確かに、無防備だな)
小田切も、先日のパーティーのことを思い浮かべていた。
久世が明らかに太朗に興味を持ったらしい様子なのは、あの場にいた者は皆・・・・・当人の太朗以外の者は気付いていた。
あのままで終わるとは思っていなかったが、これ程早く行動に出るとは小田切も想像していなかったが。
「どうされますか」
「出る」
文句はないなと睨みつける上杉に、小田切も駄目だとはとても言えなかった。
「で、また赤ちゃんが生まれそうだけど、これ以上は飼っちゃ駄目だって母ちゃんに言われてて・・・・・」
「・・・・・」
スプーンを動かす手を止めないまま、太朗は次々と話を続けていた。
久世はほとんど言葉を返してこないが、かといって不機嫌ではないことは伝わってくるし、僅かに笑った時の顔は綺麗で、太朗と
しては見ているだけで楽しかった。
「俺が貰おうか?」
「え?」
ぼんやりとその顔を見つめていた太朗は、いきなり言った久世の言葉の意味が分からなかった。
首を傾げる太朗に呆れた顔もせず、久世は静かにもう一度言った。
「その猫、俺が貰おうか」
「えっ?で、でも、雑種ですけどっ?」
「それが?」
「それがって・・・・・」
(血統書付とか拘らないのか?)
太朗が飼っているのはほとんどが捨て犬、捨て猫で、血統書なんか付いていない子ばかりだ。
もちろん、太朗はどの子もみんな可愛いと思っているし、自分自身が血統書などに拘らない性格なのだが、久世はどうしても
あのパーティーの時の白いスーツ姿が印象に残っていて、多分、白いフワフワの毛並みのいい犬などが似合うんじゃないかと思っ
たのだ。
「シ、久世さん、本当に」
「それ」
「え?」
「さっきから、シって言って言い換えてるだろ?別にシローって呼んでもいいぞ」
「え・・・・・いいんですか?」
「それに、畏まった言葉を使わなくてもいい。上杉と話しているように、普通に話してくれ」
「ジローさんと、一緒?」
いいのかなと、太朗はじっと久世を見た。
年上には礼儀正しくと両親には言われているので、他の人間からみれば拙いかもしれないが、太朗なりに敬語を使うようにして
いるつもりだ。
ただ、初対面からからかうように絡んできた上杉にはどうしてもぞんざいな口調になってしまっていて、今では恋人という関係になっ
てしまったせいか言葉遣いはいっこうに変わらなかった。
しかし、久世は・・・・・。
「え・・・・・と」
どうしようかと、今度は太朗は久世の隣に座っている湯浅に視線を向けた。
この場で一番年上の湯浅の意見を聞こうと思ったのだ。
太朗の縋るような視線に、湯浅は穏やかに笑いながら言った。
「若がいいとおっしゃってるんですから構いませんよ」
「・・・・・そうですか?」
「こう見えても、動物もお好きなんですよ」
「湯浅」
「でも、動物は明らかに人間よりは早く死ぬでしょう?それが可哀想だといって今まで飼われなかったんですが」
「へえ」
「・・・・・」
(すごい・・・・・いい人じゃん)
湯浅が太朗に嘘を言う必要はないし、憮然とした表情の久世を見ても、多分その理由は本当なのだろう。
太朗はますます久世に親近感を持った。
「久世さん、俺もね、飼ってる子達が死んで何度も泣いたけど、父ちゃんがこの子はきっと太朗の手の中で死ねて嬉しいって
思ってるよって、誰かに泣いてもらえるのって幸せなことなんだよって教えてくれたんだ。あの子達が本当はどう思っていたのかは
分からないけど、俺は父ちゃんの言葉を信じてる。だから、別れることがあっても、新しい命をまた見ていてあげたいなって思って
るんだ」
「・・・・・」
「飼ってくれるなら嬉しいです。ちゃんと最後まで見ていてあげてくださいね」
「・・・・・いいな、お前のペット」
「え?」
「幸せそうだ」
「そ、そっかな」
なんだか褒めてもらったようで照れ臭くなった太朗は、湯浅が追加で頼んでくれたチーズケーキを口に頬張る。
丁度その時、入口の鐘が鳴った。
「いらっしゃいませ」
軽やかな店員の声の後、
「タロ」
「え?」
艶やかな声が太朗の名を呼んだ。
聞き覚えがあり過ぎるその声に慌てて顔を上げた太朗は、あっと叫んで立ち上がってしまった。
「ジローさんっ?」
ここにいることなど知るはずもない上杉の登場に太朗は目を丸くしてしまったが、上杉はなぜか太朗を見てほっと溜め息をつき、
それからテーブルの上を見て眉を顰めた。
「美味い餌につられても簡単について行くな」
「なんだよ、それ!」
まるで本当に飼い犬のように言う上杉に言い返そうとした太朗だが、上杉はそのままツカツカとテーブルに近付いてくると、頭上
から座っている久世を睨めつけた。
「どういう了見だ?」
「・・・・・何がです?」
恫喝ともとれるその声にも、久世と湯浅の表情にはまるで動揺がない。
「一から説明しないと分からねえっていうのか?」
「ジ、ジローさんってば!」
まるでパーティーの時の再現に、太朗は慌てて立ち上がると上杉の腕を掴んだ。
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