SUPER BOY



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(噂は本当だったのか)

 《羽生会の上杉には、溺愛している稚児がいる》

 そんな噂がまことしやかに流れていたのを、久世は半分にして聞いていた。
実際には会った事はなかったが、父の口からは良く出てきた名前の主。
資質も、そして実力も、相当あるはずなのに一歩身を引いていて、今の立場を楽しんでいる男。
男には慕われ、女は美女を選び放題という、羨ましいほどに恵まれている男が、まさかわざわざ男・・・・・それも稚児というだけ
に子供といえる年齢なのだろうが・・・・・を、相手にするとは思えなかった。
 実際にこうして明るい場所で見る上杉は、同じ男ならば劣等感を抱きそうなほどの堂々とした体躯に、男らしい容貌の主だ。
男らしい自信も、少年らしい目の輝きも、大人の色気も持ち合わせている、いわゆるいい男。
(この男が・・・・・こんな子供に?)
 しかし、今目の前にいる上杉の表情を見れば、その噂が本当だったという事が分かる。
この顔は・・・・・どう見ても自分のものに手を出された男の怒りの表情だった。
 「・・・・・」
 「何も言えねえのか?」
 「・・・・・」
凍えるような冷たさを含んだ低い声。
しかし、久世はまるでテレビか映画を見ているような客観的な目でしか見れず、恐ろしいとは全く感じなかった。
 「ジ、ジローさん、何怒ってんの?」
 上杉の恫喝は明らかに久世に向けられたものだったのに、太朗の方がその怖さを感じてしまったらしい。
上杉の腕から手を離し、大きな目を丸くして、少し声を震わせて太朗は訊ねた。
上杉が僅かに舌打ちをしたのを久世は見逃さなかった。
 「タ〜ロ、あれだけ餌にはつられるなって言い聞かせたはずなのに、この耳は何も聞いてなかったのかあ?」
 いきなり、上杉は纏っていた空気をガラリと変えると、口元に笑みを浮かべながら太朗の耳を掴んで言った。
 「な、なんだよ!子供じゃないんだから覚えてるって!」
 「じゃあ、今日のこれは何だ?」
 「これは、ちょっとお茶に付き合っただけだよ!ね?湯浅さん!」
 「・・・・・ええ、少し、お付き合い願っただけです」
上杉の雰囲気が柔らかくなったのを感じたのか、太朗の元気はたちまち戻ると、テーブルの上に残っていたケーキにグサッとフォー
クを立てて、そのまま上杉の口元まで運んで言った。
 「これすっごく美味しいんだよ?ほら、あ〜ん」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
(・・・・・食べた)
素直に口を開けた上杉は、そのまま一口でケーキを口にした。
 「・・・・・ん、美味いな」
 「ね?学校の近くにこんな美味しいとこあるなんて気付かなかったよな〜」
 太朗の意識はすっかり上杉に向けられてしまい、自分はまるで店の中の飾りの一部になった錯覚さえしてしまう。
じっと2人を見つめている久世の視線に気付いた上杉が、チラッと目線だけを向けて唇の端を上げた。



(いったい・・・・・タロをどうしたいんだ?)
 喫茶店に乗り込んだ上杉は、明らかに寛いだ空気を醸し出している3人を直ぐに見付けた。
遅かった・・・・・上杉は思わず目を眇めてしまった。
 「ジローさんっ?」
どうしてここにいるのかと驚いたように自分を見る太朗は、きっと上杉が自分に護衛を付けていることなど全く考え付いていない
のだろう。
そういうところも太朗らしいとは思うが、もう少し男の気持ちというのも分かって欲しかった。
 「どういう了見だ?」
 20代後半、自分よりも年下のはずの久世の表情には、少しも悪びれた色も焦ったような色も見えない。
感情があまり見えない相手・・・・・開成会の海藤貴士もそうだが、この久世はまた何か種類が違うような気がした。
 「ジ、ジローさん、怒ってんの?」
 「・・・・・っ」
(しまった・・・・・っ)
 上杉としては久世に攻撃を仕掛けていたつもりだったが、当の本人は涼しげな顔をしていて、かえって太朗の方が上杉の怒り
を感じ取ってしまったらしい。
上杉は直ぐに太朗の意識をそこから逸らせ、口にケーキを運んでくれるという思い掛けない行動も取ってもらって、上杉はふふん
と自慢げに久世を見た。
(タロがこんな真似をするのは俺だけなんだよ)
 「まあ、もう食ったのは仕方ない。こいつの分は俺が払う」
 「いいえ、お誘いしたのはこちらですから」
 それまで静かに控えていた湯浅が丁寧に口をはさんで来た。
まるで主人に忠実な番犬のようで、ちらっと見た太朗の頬が楽しそうに緩んでいるのを見て上杉は面白くなかった。
(本当にタロが好きなタイプだな)
 「そういうわけにはいかねーだろ」
 「上杉会長」
 「どう思う?タロ」
 「・・・・・」
上杉と湯浅と・・・・・そして、久世と、3人の視線が太朗に向けられる。
太朗は3人を順番に見、そして最後に上杉をもう一度見て、はあ〜と溜め息を付いて置いていた鞄を開いた。
 「おい?」
 「自分で払う」



 とても美味しかったが、自分が支払いをするなら絶対に食べなかったであろうデラックスチョコレートパフェ。頼むのならせめてクリ
ームソーダーにぐらいにしたはずだった。
(う・・・・・俺の小遣い・・・・・)
 「おい、タロ、別にお前が払うことは無いぞ」
上杉はそう言うが。
 「そうだ、子供は遠慮するな」
と、久世も面白くないことを言ったが。
どう考えてもどちらかを選ぶのは太朗にとっては至難のワザだった。
上杉にお願いをすれば、わざわざ誘ってくれた久世の気持ちに悪いし、久世に支払ってもらえば、恋人である上杉に悪い気が
する。
 「・・・・・」
 が、財布の中身を見て太朗は固まってしまった。
(ご、五百円しかない・・・・・)
財布の中は、どう見ても五百円玉1枚と、十円玉が・・・・・とにかく、やっと六百円といってもいい数字だ。
(ど、どうしよ・・・・・)
自分で払うと豪語したのに、お金が足りないとは恥ずかしくてとても言えない。
 「・・・・・」
 太朗はそっと顔を上げた。
 「ん?どうした?」
少しだけ笑いを含んだような上杉の声。まるで太朗の財布の中身を知っているかのようだ。
 「・・・・・」
 「大人しく俺に払わせてくれるか?」
 「・・・・・待って!」
太朗はもう一度メニューに目を走らせた。
(デラックスチョコレートパフェ・・・・・1,800円!)
よしっと、太朗は財布の中から五百円玉と、小銭をジャラジャラと取り出してテーブルの上に置いた。
 「ジローさん、さっきの一口、六百円ねっ?」
 「はあ?」
 「シロさんも、六百円奢ってください!」
 「六百円・・・・・?」
 「俺も六百円!これで、三方一両損ってことで!」
これで解決と、太朗はほっと安堵した。
同じ金額をそれぞれ払ってもらえば、揉めることは無いだろう。我ながらいいことに気が付いたと満面の笑みを浮かべる太朗を呆
気にとられて見つめていた上杉は、突然店中に響く声で笑い出した。
 「な、なんだよっ?」
それとほぼ同時に、久世と湯浅もプッとふき出している。
 「ちょ、ちょっと!何なんだよ!」
いったいどんな理由で笑われたのか全く分からず、太朗は困惑したように3人の顔を見つめていた。