SUPER BOY



15








 「手、洗ってくる!」


 そう言って太朗が席を立った後、残された3人の男達は無言になった。
元々上杉は話すことが嫌いではないが、わざわざ久世に声を掛けることはないと思ったし、久世と湯浅は口数が少なそうだ。
(・・・・・ったく、俺に黙ってタロに手を出そうとしやがって・・・・・)
自分で言うのもおかしいが、太朗は飛び抜けた美少年ではない。
顔の造作から言えば日向組の息子である日向楓の美貌は誰もが認めるものだし、開成会の海藤の恋人である真琴は派手
ではないがどこか色っぽい。
その2人と比べれば、太朗はまだ全然子供だし、色気のイの字も無い。
それでも、上杉は太朗の心も身体も全てが愛しくてたまらないのだが、久世はいったいどういうつもりで太朗に絡んでいるのだろ
うか?
(まさか、本気って事・・・・・)
 「・・・・・あいつ、よく知ってたな」
 不意に、久世がポツリと言った。
 「何を?」
 「《三方一両損》」
 「あいつ、時代劇とか好きなんだよ」
 「・・・・・へえ」
 「まあ、テレビを見るより、ゲームをするより、先ず外で飼い犬達と遊ぶ、てんで、ガキなんだよ」
 「子供らしい」
太朗を褒められるのは嬉しい。これが太朗にちょっかいを掛けてくる人間でなければ・・・・・。
上杉は腕を組み、見せ付けるように長い足を組んで言い放った。
 「今回のこと、別にお前の組に言い付けようとは思わないが、これ以上手を出そうとしたら・・・・・馬鹿じゃないんだ、考えれば
分かるだろ」
恋愛沙汰でわざわざ組を動かすつもりは無かったが、これ以上太朗をほんの少しでも他人に分けてやるつもりは無かった。



 店の外で、太朗はペコッと久世に向かって頭を下げた。
 「御馳走さまでした!美味しかったです!」
 「・・・・・たった六百円」
 「六百円もあったら、駄菓子なんかいっぱい買える大金だよ!たったじゃなくて、六百円も、だよ」
 「・・・・・」
お金の価値というものは人それぞれだろうが、太朗は両親から叩き込まれた金銭感覚が身に染み付いている。
太朗にとってはたった百円も十円も、大切なお金だった。
(十円足りなくてもジュース買えないし)
ただ、成人している人間と学生である自分とではやはり考え方も多少は違うだろうしと、太朗はそれ以上は言わずにニコニコし
た笑顔を久世に向けた。
 「タロ、俺には?」
 不意に、上杉が太朗の背中に覆いかぶさる様にして言ってきた。
 「ち、ちょっと、重いってば!」
 「重い?この俺が?」
 「俺に比べたらジローさんはデブじゃん!」
 「デ・・・・・」
思い掛けないことだったのか絶句した上杉に、太朗は慌てて言い直した。
 「ごめんっ、別にジローさんが太ってるってわけじゃないんだって!」
 「・・・・・傷付いたな、俺は」
 「ジ、ジローさん?」
 「これは、慰めてもらわないと癒えないな」
 「・・・・・っ」
(人前で何てこと言うんだよ〜!)
にやにや笑っている上杉はきっと確信犯だろうが、上杉ほど割り切れていない自分はかなり恥ずかしいのだ。
太朗はそろっと久世と湯浅を振り返った。



 太朗と言葉でじゃれながら、上杉が自分に牽制ともいえる視線を時折投げつけてきているのには気付いていた。
大人気ない・・・・・そう思うのに、羨ましいと思う自分もそこにいる。
 「え、え〜と・・・・・」
 「・・・・・」
太朗はこの状態をどう説明しようか焦っているようだが、太朗の背中に張り付いた上杉の方は全く気にしていないようだ。
どちらが子供だと思いながらも、久世の口から零れたのも大人気ないことだっった。
 「・・・・・猫、くれるんだったよな?」
 「へ?」
 「もう直ぐ生まれる子猫」
 「あ・・・・・本当にいいんですか?」
 「生まれたら連絡してくれ」
 久世が湯浅を振り向くと、既に了承しているように湯浅は名刺を差し出した。あらかじめその裏には自分のプライベートの番
号も書き込んでいる。
 「いいな?」
受け取って欲しい・・・・・そう願いながら見つめていると、小さな手がそれを受け取った。
 「ありがとう、連絡します」
 「タ〜ロ」
 「きっと、シロさんなら可愛がってくれるよ。ジローさんだって大福(だいふく)可愛がってくれてるじゃない」
 「大福?」
 変わった言葉を聞きとがめると、太朗は直ぐに答えてくれる。
 「俺が拾った子犬なんだけど、ジローさんが飼ってくれてるんです。真っ白でお利口さんなんだよね?」
後ろの上杉を振り返りながら言う太朗は、本当にその犬のことが可愛いのか顔中がデロンと笑み崩れている。
そして、意外なことに上杉の顔も穏やかな笑みを湛えていた。
(そんなに可愛いのか・・・・・)
 「お前が付けた名前だな?」
 「え?どうして分かったんですか?」
 「・・・・・じゃあ、俺の猫にもお前が名前を付けてくれ」
 「え?あ、でも、シロさんの猫なのに?」
 「お前が付けた名前を呼びたい」



 「お前が付けた名前を呼びたい」
 久世のこの言葉に秘められた思いを太朗は感じ取ってくれるのか・・・・・湯浅もじっと息をひそめて太朗の返答を待った。
こんな風に久世が自ら願い事を言うことなど滅多にないのだ。
(どうか・・・・・拒否はしないで欲しい・・・・・)
そう願いながら、反面では湯浅は太朗がそんな人間ではないということを信じていた。
 「はい、喜んで!」
 「タロ」
 「タロッ?」
 「可愛がってくれるように、一生懸命考えますね!」
 「・・・・・」
(ああ、やっぱり・・・・・)
思ったとおり、太朗は真っ直ぐな気持ちで久世の気持ちを受け止めた。多分、その思いには違いはあるのだろうが、今は太朗と
の結び付きが途切れなかっただけで十分だろう。
 「・・・・・」
久世に視線を向けると、明らかにホッとしたような表情になっている。
いや、そういう表情が見取れるようになっただけでも、久世に変化が出てきた証だろう。
 「若」
 「・・・・・ああ」
 上杉が剣呑な目でこちらを睨んでいる。
ここらが引き上げ時と、湯浅は久世を促した。
 「タロ、またな」
 「うん、また!」
 「・・・・・」
まるで、次の遊びを約束するような子供らしい返事。
それに口元を緩めた久世は、2人に背を向けて車の止まっている方へ歩き出し、湯浅も上杉と太朗に向かって一礼した後、そ
の久世の背中に続いた。