SUPER BOY
17
下にいる組員が太朗に食べさせるケーキを買ってきたからと持ってくると、太朗はさっきも食べたばかりだと言いながらも嬉しそ
うに相好を崩していた。
上杉が1つだけ食べて後は持って帰ろと言うと、太朗は素直に頷いてさっそくイチゴたっぷりのショートケーキに手を伸ばした。
「・・・・・」
まるで保護者と子供のようなやり取りだが、紛れも無く熱々の恋人同士の2人。
その姿を笑いながら見つめていた小田切は、ふと太朗の隣に座る上杉の顔をチラッと見た。
表情は何時もと変わらないように見えるが、どこと無く空気がピリピリしているのは小田切の気のせいではないだろう。
(どうするつもりなんだ、久世は・・・・・)
小田切も久世のことはよく知らない。
組長である父親とは時々顔を合わせたことがあるが、歴史のある組を引き継いでいるだけになかなかの豪傑には見えた。
ただ、その時も、その口からは息子のことは一言も出なかった。
(妾腹というわけでもないはずだが・・・・・何かあるのか?)
パーティーの場で、初めてまともに久世を見た。
少し線が細いが男ぶりは悪くなかった。
ただ・・・・・。
「どうでしたか?」
太朗に分からないように主語無しに訊ねると、上杉はようやく小田切の顔を見た。
「・・・・・ガキ」
「・・・・・」
「他人の迷惑なんか考えちゃいねえ」
「・・・・・あちらも、あなたにそんなことを言われるとは思ってもいないでしょうね」
太朗の事があるせいか、上杉の久世に対する評価は辛辣だ。それも分からなくもないが、たかが嫉妬心で目を曇らせて欲しく
はなかった。
久世はただのガキではなく、八葉会という権力も持っているヤクザだ。
何かあってからでは遅いのだという意味を込めた小田切の視線に、上杉は黙ったままその視線を見返して・・・・・やがて少しだ
け唇の端を上げて笑った。
太朗に何と言って言い聞かせたらいいのか・・・・・上杉は車を運転しながら考えていた。
「今日はラッキーだったな。いっぱい奢ってもらっちゃった」
助手席に座っている太朗は、大事そうに箱を抱えて笑っている。
本当にまだまだ子供で、普通の男ならば恋愛対象にはしないだろうと思うのに、無自覚のままフラフラと人を惹きつけていく太
朗。
そのいい例が自分で、更にまた・・・・・。
「なあ、タロ」
「なに?」
車の窓を全開にして外を見ていた太朗は、上杉の声に直ぐに振り向いた。
「お前、また会うのか?」
「へ?」
「あいつ・・・・・シロ」
「犬みたいに呼んじゃ駄目だよ、ジローさん、人の名前なんだから」
「・・・・・」
(お前が言うか?)
常に率先して人を大好きな犬に例える太朗には言って欲しくないセリフだが、当人が意識していないことならば言っても分から
ないだろうと、その部分は聞き流すことにする。
「分かった、久世だ、久世。あいつとまた会うのか?」
「だって、子猫あげる約束しちゃったし・・・・・」
「それは俺が貰う」
「ジローさんが?」
太朗と久世をまた会わせるくらいなら、子猫の一匹ぐらい自分が貰ってやってもいい。
小さいだろうから邪魔にはならないだろうし、世話という名目で今よりも頻繁に太朗が遊びに来てくれるという可能性もある。
(・・・・・それがいいかもな)
思い付きで言ったことだが、それが一番いい案だと思えてきた。
「そうしろ」
「で、でも、ジローさんのとこには大福がいるし」
「あいつ、大人しいから大丈夫だって」
「子猫だから手間掛かるよ?」
「俺がいない時は他の奴に世話させる」
「・・・・・」
「タロの目も猫みたいに丸くってつりあがってるしな。タロだと思って大事に可愛がってやる」
そう言えば、太朗は安心するだろう。
そう思って言ったのに、なぜか太朗の眉間には皺が寄ってしまった。
(・・・・・なんだ?)
「・・・・・なんか、やだ」
「ん?」
「ジローさんが猫と遊んでるの想像すると・・・・・なんか、モヤモヤする」
「タロ・・・・・」
じっと俯く太朗の横顔を信号待ちで止まってから見つめた上杉は、らしくも無い嬉しさが胸の中に広がっていくのを感じて照れ臭
くなってしまった。
(猫なんかに妬くなよ・・・・・押し倒したくなるだろーが)
生まれたばかりの動物は何でも可愛い。
それが人間の子供でも、猛獣の子供でも、犬や猫の子供でも。
無条件に愛される見目の子猫を見れば、優しい上杉は太朗の為にという事も関係なく、きっととても可愛がってくれるだろう。
それは嬉しいことなのだが・・・・・。
(なんか・・・・・)
子猫にキスをする上杉。
子猫と一緒にベットに寝る上杉。
子猫を優しい目で見つめる上杉。
・・・・・想像するだけで、自分の頬が不満気に膨らんでいくのが自分でも分かる。
「・・・・・あ」
「ん?」
(・・・・・こういう・・・・・気持ちなのかな)
自分では全くそんなことはないと思うが、上杉は何時も他の男に懐くなとか、笑顔を振りまくなとか、嫉妬めいた言葉を言う。
誰も自分のような子共に、それも男が気があるなどとは全く考えられないが、恋人ならばそんな風に思ってしまうのかもしれない。
(ジローさん・・・・・)
口調は何時も冗談めかしたものだったが、もしかして上杉は本当に太朗が久世と会ったことが面白くなかったのかと、太朗は今
頃になって気がついた。
「・・・・・ごめんね」
「ん?」
「シ・・・・・久世さんから連絡があったら知らせる。2人きりでは会わないから」
「・・・・・おう」
運転席から手を伸ばした上杉が、クシャッと髪を撫でてくれた。
大きくて、温かくて、優しい手。
たとえ大好きなペットにも、この特権は分けてはやれないと思った。
「あーっ、俺ってドンカン!」
「何時ものことだろーが」
「なんだよ、それ!」
せっかく自分で気付いて反省したというのに、こうしてチャカされるように言われるとムクムクと反抗心が湧き上がってくる。
それでも、今日ばかりは平常心、平常心と、太朗は自分に言い聞かせながら、改めて膝の上のケーキの箱を見下ろした。
きっと突然の寄り道に怒っているであろう母も、この美味しいケーキを渡せば懐柔されてくれるだろう。
(良かった、これ貰ってて)
「ジローさん、ちゃんとみなさんにお礼言っといてね?」
「帰り際自分で言ってたろ」
「俺が言うのと、ジローさんが言うのとじゃ意味が違うもん。やっぱり、組長さんの言葉って嬉しいんじゃないかな」
「そんなもんか?」
「そうだよ」
答えた太朗は、じっと運転席の上杉を見つめた。
相変わらずカッコイイ。
こんなカッコイイ大人の男が自分の恋人なのだと思うと、なんか照れ臭くて・・・・・嬉しい。
「なんだ、俺に見惚れたか?」
「なんだよ!自信マンマン男!」
自分の気持ちを言い当てられた太朗が顔を真っ赤にして言い返すと、上杉はこれ以上太朗の機嫌を損ねない為なのか、クッ
と押し殺したように笑った。
![]()
![]()