SUPER BOY
18
2週間後−
無事に太朗のペット、飼い猫の白玉(しらたま)が出産した。
母親である白玉はペルシャの雑種で、外にも出しているので相手の猫は分からないが、生まれた4匹の猫のうち、3匹は母親
と同じように真っ白い長毛で目はブルー、残り1匹はグレーと白の毛のまだらの長毛で、こちらは目がブルーとグリーンだった。
1匹は太朗の家で飼うことにして、後の2匹は学校の友達が貰ってくれる約束になっている。
そして、後1匹は・・・・・。
『ああ、生まれたのか』
「うん、それでね」
『どうせ泣きながら、頑張れーとか応援してたんだろ』
「・・・・・なんで分かるんだよ」
『俺だからな』
「・・・・・」
『手の平に乗るくらいちいせー塊なんだろうな』
言い方は、あまり褒められたものではない。
しかし、その声の調子を聞いていれば、上杉が子猫の誕生を太朗と一緒に喜んでくれているのを感じる。
ここでありがとうと素直に言ってもいいのだが、生憎太朗も素直な性格をしているわけではなかった。
「ジローさんにはまだ見せらんないよ!餅だとかいって食べちゃいそうだもん!」
『はは、まあ、食いたいぐらい可愛いっていうのは分かるがな、俺は猫よりもお前の方が食べたいし・・・・・なあ、タロ』
「・・・・・っ」
(ス、スケベ大王!)
夜、電話越しにそんな誘うような声で名前を呼ばないで欲しいと思う。部屋から携帯で掛けているからいいが、こんな顔を両
親に見られたら何て言い訳したらいいのか分からなくなってしまう。
口ごもってしまった太朗をそれ以上からかうことはせず、上杉はそれでどうしたんだと先を促してくれた。
「あ、あの、猫、あげるって約束したから・・・・・」
『・・・・・ああ、あいつか』
「どうしようかと思って・・・・・ジローさん、どうしたらいいと思う?」
「どうしたらいいと思う?」
心細そうな太朗の声に、上杉は悟られないように口元に苦笑を浮かべた。
あの時・・・・・二度目に久世と喫茶店で会った後、久世に子猫を譲ると言った太朗に、それならば俺が貰うと言ったことを覚え
ているのだろう。
まだ子供の太朗に色々気を遣わせてしまったなと反省する一方で、きちんと自分の言葉を覚えていてくれた太朗が可愛いと思
う。車の中で子猫に妬きもちを焼いたあの想いは、どうやら思った以上に太朗には大きなものだったようだ。
「いいぞ、連絡しろ」
『え?だって・・・・・』
「俺が貰ったら、お前が妬くだろう?好きな猫を嫌いになりたくないだろうからな、俺が折れてやる」
『・・・・・なんか、偉そうだよ』
反発する声も照れ臭そうな響きで、上杉は自分の判断がこれでいいのだと思えた。
ただし、もちろん太朗を1人であの男に会わせるつもりはない。
思った以上に太朗に執着を見せる久世や、太朗の好みストライクな湯浅と会ったのなら、また太朗の心が揺れてしまう可能
性は十分にあるだろう。
(横から出てきた奴にやれるかよ)
上杉は手に持っていたグラスをカウンターに置いた。
広く居心地のいいマンション。
だが、太朗が訪ねて来るようになってからは、いない時の寂しさを痛烈に感じるようになった。まだ高校生、保護者が必要な年
齢の太朗と同居することは今はとても無理だ。
それならばと、空いている時間は全て自分が貰うつもりの上杉は、子猫を渡すその時間さえ久世に譲りたくなかった。
「ただし、条件があるぞ」
『条件?』
「俺も同席」
『ジローさんも?でも、あっちが・・・・・』
「駄目ならやらないって言ってみろ。絶対その条件のむはずだ」
太朗との繋がりを切りたくない久世は、たとえそこに自分というオマケがついても構わないと承諾するだろう。
『う・・・・・ん、分かった、一応聞いてみる』
「なんだ、その一応ってのは」
『だって、なんだか保護者がいないと何も出来ない子供って思われるの嫌だし・・・・・。でも、ジローさんが一緒だったら俺も安
心だしね。そのかっとーの声だよ』
「はいはい、分かったって。時間が決まればまた知らせろよ?こっちは合わせてやるから」
『ありがと!じゃあ、また連絡するね!』
おやすみなさいと最後は元気に言って電話を切った太朗の声に笑いながら上杉も携帯の電源を切った。
しんと静まり返った部屋の中に、太朗の声がまだ残っているような気がする。
「離れてる必要なんかあるんだろうかな、タロ」
(お前が今ここにいないことが不自然なんだよ)
午後4時過ぎ。
特に急ぐ仕事も無い久世はそのまま帰宅しようかと事務所の自分の部屋から出ようとした。
湯浅は父親である組長に呼ばれていてこの場にはいなかったが、わざわざここで待っている必要は無いだろう。
「・・・・・」
その時、胸元に入れていた携帯が震えた。
耳障りな音が嫌いで何時もバイブの設定にしているのだが、この携帯が震えることはほとんど無い。
組からの連絡は全て補佐の湯浅の方へと行くようになっているし、携帯の番号を教えるほどに親しい友人などはいなかったから
だ。
そう思えば、久世が自分からそれを教えたのは太朗くらいかもしれない。
「・・・・・」
久世は素早く携帯を取り出してその表示番号を見た。
「・・・・・タロ」
入力していた太朗の名前を見ると、久世は無意識に口元を緩めた。
「・・・・・」
無言のまま通話ボタンを押すと、直ぐに少し緊張したような声が聞こえてきた。
『こ、こんにちはっ、あの、苑江っていいますけど』
「なんだ、タロ」
『し、く、久世さん?』
慌てて名前を言い換えた太朗に久世は眉を顰めた。
多分上杉の差し金だろうが、なかなか大人気ない真似をすると思った。
『あの、生まれたんです』
「・・・・・生まれた?」
『俺のとこの猫、あの、生まれるって言ったでしょ?一昨日生まれて、あの4匹も!』
「・・・・・ああ、そうだったな」
律儀にあの場の話を覚えていたのかと思うと笑みが零れる。きっと、子猫が生まれてから今日この電話を掛けてくるまで、太朗
の頭の中には自分の事が忘れずにあったという事だろう。
もちろん、久世はこの機会を逃すつもりは無かった。
「どんな子だ?」
『画像送ります!今すぐ、あの、それ見てみて下さい!』
「タ・・・・・」
久世が引き止める前に慌しく電話は切れた。
そして、あらかじめ準備をしていたのか、間もなくメールの着信音が聞こえてくる。
「・・・・・」
送付されていた4枚の画像。4匹の子猫のそれぞれのアップ。
そして、動画が一緒に・・・・・太朗が1匹1匹を説明している様子だ。
『・・・・・で、この子は一番良くミルクを飲んでるみたいです。身体もおっきいし・・・・・ちょ、ちょっと、母ちゃん、ちゃんと猫をアッ
プにしててよね!あ!この声入れないでよ!』
その声の後に、母親らしい女の笑い声がし、次には母猫らしき白い大きな猫の両手を持ち上げて、よろしくと一緒に頭を下げ
ている太朗の姿。
「・・・・・ガキ」
何だか胸が痛くなるような画像を、久世は食い入るようにじっと見つめていた。
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