SUPER BOY
19
それからまたさらに2週間後−
「ほら、かわい〜でしょ?」
「・・・・・」
太朗の家の前まで車で迎えに行った上杉は、小さな籐の籠の中に寝かされた子猫を見て目を細めた。
「ああ、かわいーな」
「雄なんだけどさ、なんかポヤンとした感じの子なんだ」
今日、いよいよ久世に猫をやる日がやってきた。
同行するという言葉通りにやってきた上杉は、まだ手の平に乗るぐらいの可愛い子猫と、その子猫以上に可愛い笑顔の太朗
を見て、やはり自分が来て正解だと思った。
こんなに無防備な太朗を久世には見せられない。
「これをやることになったのか」
「うん。携帯で画像送ったらこの子がいいって。名前も付けてくれって頼まれちゃった」
「名前?」
「俺が考えないと、タロって名前にするって言われたんだよ」
「・・・・・」
(あいつ・・・・・)
本当はそう呼びたいのだろうが、太朗が付けた名前でもいい。どちらにせよ久世にはいい条件のように思えたが、太朗が引っ
掛かったのはまた別のところだった。
「猫なのにタロは可哀想だし、頑張って考えた。ジローさん分かる?」
「・・・・・」
グレーと白の毛のまだらの長毛で、目がブルーとグリーン の子猫。
いったい太朗の思考ではこれが何に見えるのか・・・・・。
「・・・・・マーブル、とか」
「ブー!」
「胡麻塩」
「惜しい!」
「猫・・・・・駄目だ、思いつかねえ」
「じゃあ、正解でーす。この子の名前はあんまんちゃんです!皮と餡が混ざっているとこのビミョーな色が似てると思わない?」
「・・・・・なるほどね」
(複雑な以上に単純なこと忘れてたな)
「よし、じゃあ行くぞ」
「お願いします!」
指定したのは久世のマンション・・・・・ではなく、八葉会の事務所だった。
まさか久世のテリトリーのマンションには足を踏み入れたくなかったし、太朗がその場所を覚えて後々猫に会いに・・・・・というの
は避けたかったからだ。
それに、太朗の後ろには自分がいるという事を八葉会の人間にもよく示しておいた方がいいだろう。もしかして今後久世が部下
に何らかの命令を出した時、止める人間がきっと出るはずだ。
「お前の新しいご主人様のとこだぞ〜」
そんな上杉の心配をよそに、太朗は丸い玉のようになって眠っている子猫・・・・・あんまんに話し掛けている。
上杉は笑って車を走らせた。
少し渋滞をしていたので、目的のビルには太朗の家から2時間以上も掛かってしまった。
乗り慣れた上杉の運転で眠そうになるのをなんとか我慢していた太朗も、寝てていいぞという上杉の言葉と心地の良い揺れに
何時しか目を閉じてしまったらしい。
「・・・・・ロ」
「・・・・・」
「タロ、起きろ」
「にく・・・・・ま・・・・・ん」
「肉まん?」
「・・・・・へ?」
ようやく、太朗はぼんやりと目を開いた。
直ぐ耳元でクスクス笑う声と、頬に触れる柔らかな感触がする。
「・・・・・じ・・・・・ろ、さん?」
「着いたぞ」
「・・・・・えっ?」
太朗はやっと自分の今日の目的を思い出して慌てて起き上がった。
その拍子に膝の上の籠もずれてしまったが、それは上杉が手を伸ばしてちゃんと支えてくれた。
「ご、ごめん、ジローさん、寝ちゃった」
「静かで良かったって。ほら、下りるぞ」
「・・・・・」
(その言い方・・・・・他にないのかなあ〜)
太朗に気を遣わせないようにそう言ってくれているのは分かるが、その端々がお前はまだ子供だと言われているような気がしてし
まう。
だが、それを言い返しても余計に子供だと思われるので、太朗はそのままよいしょと車から降りた。
「・・・・・でっかい」
「まあ、老舗だからな」
八葉会の事務所は、上杉の所よりも大きい5階建てのビルだった。
最近のヤクザの組はみんなこんな感じなのか、ぱっと見た限りでは普通の会社のビルとあまり変わらない。
「凄いね〜」
素直な感想を言った後、太朗は慌てて言い換えた。
「で、でも、ジローさんとこの方が明るいし、なんか庶民的でいいよ!」
「褒めてんのか?それで」
どうやらあまり気分を害してはいないようで、上杉は笑いながら太朗の肩を抱いて歩き始める。
ホッとした太朗は慌ててその歩みについていった。
(金は結構持ってるって言ってたな)
正面玄関から堂々と事務所の中に入った上杉は、小田切が調べた八葉会のことを思い浮かべた。
「どうやら元々がその辺りの地主だったようですね。土地で金を生むなんて・・・・・平凡過ぎて面白くないですけど」
スリルを感じることこそ生きている証と公言している小田切にとっては、八葉会はあまり面白いと思えない場所のようだ。
上杉も八葉会自体には興味が無いので、そのまま頓着しないでどんどんビルの奥に入っていった。
「ど、どなたさんで?」
あまりに上杉が堂々としていたことと、傍にいる太朗が子供子供していて腕に猫まで抱いているのでとても出入りとは見えな
いが、だとすればなんなのかと不思議に思ったのだろう。
「なんだ、若頭から聞いてなかったか?」
「わ、若頭の客人で?」
「羽生会の上杉だ」
「!は、羽生会のっ?」
さすがに上杉の名前は知っていたらしく、下っ端らしい男が慌てたように奥のドアを開いて中に入っていく。
ここで待っているようにとも言われていないので、上杉はそのまま自分も奥のドアを開けた。
「・・・・・!」
「うわっ」
普通のオフィスのように机とイスが並んではいるものの、そこにいる十数人の男達の人相ははっきり言って悪い。
さすがに太朗が一歩後ろに後ずさったが、怖がって泣き出さないだけ上出来だ。
「突然のおこしで・・・・・」
中年の男が1人、上杉の前に立って頭を下げてきた。
「急にすまん。若頭と約束しててな」
「お約束・・・・・ですか?」
「ああ、餡饅のお届けだ」
誤解されるだろうと思いながらも、上杉は嘘じゃないしなと思いながら言った。
案の定、厳つい顔の男がポカンとして上杉を見る。
「アン・・・・・マン?」
「タロ」
上杉は隣の太朗を見下ろした。
その上杉の視線を追った男は、へへっと強張った笑みを浮かべている太朗を見た。
「この子です」
「・・・・・」
子猫の入った籠を目線まで持ち上げた太朗に、男は何を言っていいのか・・・・・言葉に詰まったように黙っていた。
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