SUPER BOY
20
直ぐに知らせが行ったのか、時間をおかずに湯浅がやって来た。
「申し訳ありません、出迎えも出来ませんで」
「い〜や。強面のびっくり顔は面白かったしな」
上杉にとってそれは全然嫌味ではない素直な感想だったが、言われた八葉会の組員達の気配はピリッとした緊張感に包まれ
た。
しかし、それとは全く別方向からの、意外な人物の文句が飛んできた。
「ちょっと!初対面の人の顔のこと言うなんて失礼だろ!どんなに変な顔だって、その人の前じゃ言わないもんだよ!」
「・・・・・お前、言ってるじゃねえか」
「あ」
目も口も、ポカンと見開いた表情に、上杉はふき出し、湯浅も頬を緩めて言った。
「気にしないで下さい。上杉会長と比べれば、笑われても仕方ない容姿の連中ばかりですから」
「い、いいえっ、そんなことっ」
「・・・・・」
(なんだ、こいつもタロを気に入ってるのか)
上杉が懸念しているような意味とは違うだろうが、どうやら湯浅も太朗には好感を抱いているらしいという事は雰囲気で分かっ
た。
初めは、上司にあたる久世に引きずられて渋々・・・・・と、考えてはいたが、太朗に話しかける声の調子や物腰は、ただの慇
懃無礼なものとは全く別物のようだ。
(まあ、歳の離れた弟ってとこか?)
太朗が誰かに好かれるのは悪い気はしない。
何より自分が、太朗がそれ程に人に好意を持たれる人間であることを知っているからだ。
ただその相手が、太朗にとっても好感度の高いタイプだという事が・・・・・唯一問題なのだ。
「若は上の部屋にいらっしゃいますので、どうぞ」
「はい!」
元気に答える太朗は、湯浅に満面の笑みを向けている。
内心舌打ちを打ちそうになった上杉だが・・・・・。
「ほら、ジローさんも行こ!」
ごく自然に自分の腕に回される太朗の腕。
疑うことなく太朗の一番は自分なのだと思い知り、上杉は目を細めて頷いた。
「わ〜・・・・・」
(なんか、どっかのロビーみたい・・・・・)
通された4階の部屋はかなり広く、まるでどこか高級ホテルの(あくまでも太朗のイメージだが)ロビーのようだった。
太朗は慌てて自分の格好を見下ろす。
見るからに子供子供した自分の服とこの部屋があまりにも似合わない様な気がして、太朗は無意識の内に上杉の背中へと
隠れてしまった。
「よく来たな、タロ」
久世は奥の社長机(太朗命名)の傍に立っていて、太朗達が入って行ったと同時にこちらに近付いてきた。
「それか?」
「うん、この子、です」
久世は太朗が持っていた籠の中を覗き込む。
大物なのかずっと眠っていたはずの《あんまん》は、初めて目を開けて自分を見る久世を見上げた。
「・・・・・本当にブルーとグリーンの目だな」
「可愛いでしょう?」
「ああ、可愛い」
どうやら久世は子猫を気に入ってくれたらしく、太朗の手から籠を受け取ってまじまじと見下ろしている。
「名前は?」
「あんまんちゃん!」
「・・・・・あんまん?」
「ピッタリだと思うんですけど・・・・・どうですか?」
キラキラと期待に輝く目で見つめられても、久世は一瞬言葉に詰まっていた。
猫の名前ならば、普通タマとかミケとか、それらしいものを想像していた。
もしかしたら太朗は少し変わった名前を付けるかとも思ったが・・・・・。
(あんまん・・・・・)
手の中の籠で眠っている子猫はとても《あんまん》には見えないが、付けてくれと言った手前文句を言うのもおかしいだろう。
「分かった、あんまんだな」
呼びにくい・・・・・心の中でそう思いながらも太朗にそう言うと、太朗は本当に嬉しそうな顔で笑った後、きちんと久世に向かって
頭を下げてから言った。
「大事に、可愛がって暮らしてください」
「暮らす・・・・・?」
「だって、あんまんはシロさ、く、久世さんの家族になるんだから」
わざわざ名前を言い直した太朗を見て、久世はちらっとその後ろにいる上杉に視線を向けた。
名前で呼ぶなと言ったのは、どうせこの上杉だろう。名前ぐらい可愛いものだと思うが、見掛けによらず嫉妬深いらしいこの男は、
太朗の口が他の男の名を呼ぶことさえ許せないようだった。
「・・・・・」
久世の視線を受けて、上杉は少しだけ口元を緩めてみせた。こいつは俺のもんだといわんばかりのその態度に腹がたつ。
と、そう思った自分に、久世は新鮮な驚きを感じた。
(・・・・・俺は、怒ってるのか・・・・・)
今まで感じたことが無い感覚だった。
欲しい物は全て与えられ、叱られることも無く大人の中で育った久世。
何時しか何もかも虚しいと思うようになり、感情を揺さぶられることさえなくなってしまった。
嫉妬とか、妬みとか、欲望とか、そんな生々しい感情が自分の中にあるとは思ってもいなかったのだが・・・・・久世は自分の胸
に手をあてた。
(俺は・・・・・生きてるんだな)
「タロ」
久世は顔を上げた。
いきなり腕を掴んできた久世にびっくりするというより、もう片方の手が持っている籠が落ちないかと気になったのか、太朗はその
方を見ながら慌てて言った。
「久世さんっ、籠っ、籠ちゃんと持ってよ!」
「タロ」
太朗が何を言っているかなど耳に入らなかった。
久世はただ、今欲しいと強烈に思ったものに素直に手を伸ばしただけなのだ。
「俺のものになれ」
「・・・・・はあ?」
「俺のものになってくれ」
「・・・・・ええっ!」
突然のことに驚いた太朗が思わず身を引こうとするのを、久世はしっかりと腕を掴んだまま離さなかった。
こんなにも自分の感情を豊かにしてくれる存在を、目の前を明るくしてくれる存在を、そして・・・・・こんなにも可愛いと思ってし
まう相手を、久世はどうしても手に入れたかった。
今、太朗が誰のものでも構わない。
これから先の長い時間を自分と過ごしてくれたらいい。
太朗といればきっと、生きている意味がありそうな、そんな期待を感じてしまったのだが・・・・・。
「・・・・・おい」
その時、怒りを込めた男の声がした。
久世はその時になって上杉がいたことを思い出したが、今更自分の言葉を取り消そうとは思わなかった。
そして・・・・・。
「タロをはな・・・・・」
「大人しくして頂けますか、上杉会長」
そんな自分の事を昔からよく知って、深く理解してくれている腹心の部下は、こんな時も何も命令しなくても、きちんと久世にとっ
ての良い方法を考えてくれる。
「・・・・・お前・・・・・」
「申し訳ありません」
今も、久世にとって一番邪魔な存在の上杉の頭に、拳銃を突きつけてくれている。
「・・・・・本気か?」
「覚悟がなければ、あなたに銃を向けることなど出来ないでしょう」
そんなやり取りをしている上杉と湯浅の姿を、久世に腕を取られたままの太朗も目を見開いて見つめていた。
「あ、あれ・・・・・あ、あの、久世さ・・・・・」
「お前が欲しいんだよ」
駄々をこねる子供のように、久世は同じ言葉を繰り返す。
「タロ、頼む。俺のものになってくれ」
欲しくて欲しくてたまらない。可愛い太朗の口からは、嫌だという答えは聞きたくはなかった。
![]()
![]()