SUPER BOY











 待合室というよりは、ホテルのロビーのような立派な部屋の立派なソファに、鬱陶しいマントを外して腰掛けた上杉は、隣から
聞こえてくる騒がしい声を聞きながら楽しそうに笑んだ。
 「うわ!うそ!こんなの着るのか・・・・・ですかっ?」
初対面の男、このサロンのオーナーでもあるカリスマ美容師、染谷(そめや)に対し、本当ならもっとざっくばらんに文句を言いた
いだろうに我慢して敬語を使おうとしている太朗が笑える。
 「そ〜だよ、あ、そのトランクスも脱いでくれ」
 「え!じゃあ、見、見えちゃうじゃないですか!」
 その言葉に上杉は眉を顰める。
(あいつ、気安く見てんじゃね〜だろうな)
小田切も一緒にいるので間違いはないとは思うが、可愛い太朗のペニスを自分以外の男が見るのは面白くない。
 「こ、こんなの、着れな・・・・・」
 「太朗君、きっと会長は喜ばれると思いますよ」
 「だっ・・・・・お、小田切さん、綺麗・・・・・!」
 「そうですか、ありがとうございます」
 「・・・・・」
(お〜お〜、自信満々だな)
褒められて当然といった感じの小田切の言葉に笑い、上杉は投げ出してあった煙草を口に咥える。
可愛い姿が拝めるまで、まだもう少し時間が掛かりそうだった。



(お、女の人に見える・・・・・)
 小田切の女装は完璧だった。
元々綺麗な顔をしているので、艶やかな化粧をするとかなり華やかになる。髪も綺麗に撫で付けて、後ろには団子のようなもの
が(付け毛らしい)あって、本当に長い髪を纏めているように見えた。
 「胸・・・・・ありますね」
 「パットを入れてるんですよ。触りますか?」
 「い、いいえ!」
手を取られ掛けた太朗は慌てて後ずさった。
小田切が男だと分かっているはずなのに、綺麗に盛り上がった胸を見るとどうしても緊張して恥ずかしくなるのだ。
それでも、首筋から鎖骨までを見せ、華奢な腰から足元へと続く幾つもの綺麗なドレープのドレスが目に眩しくて、太朗は感嘆
の溜め息をつきながら言った。
 「小田切さんって本当に綺麗なんですね〜」
 「ふふ、ありがとうございます。カルメンといったらやはり赤かとも思ったんですが、私は紫色が好きでしてね。今回も紫と黒のこの
衣装が一目で気に入って」
 「うん、すっごく似合ってます!」
 「太朗君はお世辞を言わない子だから本気にしますよ」
 嘘ではないのでうんうんと頷いた太朗は、それに比べてと自分の衣装を見下ろした。
 「・・・・・ふわふわ」
フワフワのこれを本当に身に付けるのかとも思ったが、どうやら目の前の男は太朗を見て創作意欲が増したようだった。
 「ほら、君の番」
鏡の前に座らされた太朗は、不安そうに鏡越しに男を見つめる。
 「安心しろって。飛び切り可愛い使い魔に仕上げてあげるから」



 最初に出てきた小田切の姿に、上杉は僅かに目を見張った。
綺麗な顔立ちとは思っていたが、こうして化粧を施すと本当に女に見える。
(まあ・・・・・手は出さないがな)
綺麗過ぎて毒がある。小田切の本性を知っている上杉にすれば、どんな美女に変わろうともとても手を出す気は起こらなかった。
それよりもと、上杉は再び閉じられたドアを見る。
 「タロ、出来たのか?」
 「で、出来た・・・・・けど」
 途惑ったような返事が聞こえた。
 「お、俺、途中から怖くって鏡見てないんだ・・・・・変かもしれない・・・・・」
 「見なきゃわかんねえだろ〜が。ほら、出て来い」
 「・・・・・」
 「タ〜ロ」
 「・・・・・笑うなよ」
ゆっくりとドアは開く。
そこには、可愛らしい一匹の黒猫が立っていた。
 「・・・・・っ」
(・・・・・やばい・・・・・似合い過ぎじゃねえか・・・・・っ)
黒髪の頭のてっぺんにある2つのフワフワの黒い耳。首には黒い革の首輪に銀の鈴。
上半身はメッシュの透けたタンクトップの上から袖なしの革のベスト、下は尻の肉がはみ出そうなほどのぴっちりとした革にホットパ
ンツ。その尻の部分には、床に付かないギリギリの長さの綺麗な黒い尻尾。
そして・・・・・足元は膝近くまで紐で編み上げるタイプの靴。
・・・・・可愛い。
可愛いのは間違いないのだが、妙に・・・・・色っぽ過ぎる。
 「・・・・・小田切、どういう事だ」
 「お伝えしたはずですが?今日の太朗君は悪魔であるあなたの使い魔の猫だって」
 「聞いたよ!」
(聞いたけど、まさかこんな格好とは・・・・・)
 始め、上杉は太朗に犬の格好をさせようと思った。
一番太朗らしい柴犬のような、茶色の耳にくるんとした尻尾を付けたい・・・・・ただそれだけを思っていた。
しかし、衣装を捜した小田切が、『茶色の丸まった尻尾』が無いからと(上杉と小田切はそれに拘った)、他に手触りの良い黒
猫の耳と尻尾が見付かったと報告をしてきたのだ。
上杉の頭の中には瞬時に黒耳と黒い尻尾を付けた太朗の姿が浮かび・・・・・それはあくまでも普段の格好の太朗に付けた姿
だが・・・・・悦に入ってOKを出したのだが、まさか服がこんなにも際どいものとは思わなかった。
(・・・・・っそ、確認取っときゃ良かった・・・・・っ)
 「・・・・・ジローさん?」
 何も言わない上杉を、太朗は不安そうに見上げてきた。
 「・・・・・」
ベストの下から、チラチラと可愛い乳首が透けて見える。
 「ねえ、ジローさんってば!」
華奢な首筋の皮の首輪が被虐的だ。
(参った・・・・・ここでしゃぶりつきたいな)



(な、なんか・・・・・変な事、考えて・・・・・る?)
 上杉の眼差しが妙に艶を帯びてきたのを感じて、太朗は警戒するように一歩後ずさった。
(やっぱりテイコーすれば良かった・・・・・)
こんなに裾のないズボンを履いたことはないし、スケスケのタンクトップも妙にもぞもぞする。
 「タロ・・・・・」
何だか違う意味が込められたような声に、太朗がわっと叫んで小田切の背中に隠れた。
 「・・・・・なんでそいつにくっ付く」
目が据わった上杉が怖い。
 「だ、だって、ジローさん、怖いよ」
 「怖い?そんなの、お前が色っぽい格好してるのが悪い」
 「え〜!!」
 「このままマンション行くぞ。お前を食わせろ」
 「や・・・・・っ」
 「ストップ」
 伸ばしてきた上杉の手をパシッと叩き落したのは艶やかなカルメンだった。
いきなり欲情したらしい上杉を呆れたように見つめ、わざとらしくはあ〜と深く溜め息をつく。
 「まったく、上司が獣だと仕事が増えます。・・・・・染谷さん、あれ」
 今までのやり取りを聞いていたらしい染谷は笑いながら部屋から出てきたが、その手の中には真っ黒なモコモコの何かがある。
 「小田切?」
訝しげに眉を顰める上杉に、小田切は赤い唇をニッと緩めた。
 「途中で狼になられても困るので、やっぱりこちらにしましょう。これ、黒猫の着ぐるみです」
 「先に出せ!!」
 「先に出してよ〜〜〜!!」
太朗と上杉は声を合わせて叫んでしまった。