SUPER BOY



21








(・・・・・ドッキリ・・・・・?)
 まさか、一般市民の自分にこんな大掛かりなドッキリが仕掛けられるとは思わないが、それでも久世や湯浅が自分を驚かそう
として・・・・・と、太朗は自分の思考が安易な方に向きかけるのを感じた。
しかし、久世も湯浅も、そして上杉までも、纏っている空気が怖いほど冷たく、今のこの状況が笑って済ませられるものではない
と太朗にもヒシヒシと感じられるものだった。
 「タロ」
 太朗の顔を覗き込むようにしている久世は、こんなに怖いことをしている相手なのにどこか・・・・・縋るような目をしているように
感じる。
 「俺のものになってくれ」
 「な、何言ってるんだよ?俺は・・・・・」
 「嫌か?」
 「嫌かって・・・・・」
こんな場面に遭遇したことが無い太朗は、いったいなんと答えていいのか分からなかった。
こんな時に一番頼りになる上杉を振り返るが、その上杉は湯浅に銃をつきつけられている。いや、実際にあれが本物かどうかは
見た事が無い太朗には分からないが、それでも上杉があれほど緊張しているのならば・・・・・。
 「タロ、気にするな」
その太朗の視線に気付いたのか、銃をつきつけられているというのに上杉はのんびりと笑い掛けて言った。
 「言いたいこと言っちまえ」



 上杉は太朗の顔を注意深く見つめていた。
いや、位置的から言えばその横顔しか見れなかったが、途惑いと恐怖が入り混じったような複雑な表情はよく分かった。
太朗のこんな顔は見たくない。
怒ったり、笑ったり、泣いた顔ももちろん可愛いと思うが、誰かの悪意を感じた上でのこんな泣きそうな顔は見たくないしさせたく
なかった。
 「で、でもっ」
 太朗は上杉の頭につき付けられている銃を気にしてか、何か言おうとしても言葉が詰まっているような感じだ。
無理も無い、こんな、銃を間近で見るのは太朗にとっては初めてだろう。もちろん本物なのは上杉は分かる。
表向き、日本で一般人が許可無くして銃を持つことは違法とされているが、上杉達のいる世界では全員とはいわないが所持
している者は多かった。
もちろん上杉も持っているが、太朗には関係ないことなので見せることも持っているという話さえもするつもりは無い。
 「大丈夫だ、こんなのオモチャ、オモチャ」
 「・・・・・」
 安心させる為に言ったが、太朗は信じたかどうか・・・・・。
 「あなたは色んなものを持っているでしょう?」
その時、銃をつき付けている湯浅が小さな声で言った。
 「今の若が手にしているものは、若にとっては価値のないものばかりなんです。欲しくもないのに与えられてばかりで窒息しそうな
寸前、見付けたのかあの少年なんです。上杉会長、どうか彼を若に譲って頂けませんか?どうか・・・・・このまま黙ってお帰り下
さい」
 「・・・・・無理だな」
 「上杉会長」
 「俺だって欲しいのはあいつだけだ。他の何を手放したって、俺はまた取り戻せる自信はある。でもな、ここであいつを手放した
ら、俺は絶対後悔して・・・・・二度と笑えない気がするんだ」
 「・・・・・」
 「悪いな、湯浅。遅かったと諦めろ」
撃たれたって構わない。そんなつもりで上杉はきっぱりと言い切った。



 「・・・・・」
 自分が黙っていても、何も状況は変わらないのだろう。
太朗はギュッと拳を握り締めると、そのまま久世を真っ直ぐに見つめた。
 「シロさん」
 「・・・・・」
太朗が名前を呼んだことで、久世の表情が目に見えて柔らかくなった。こんな優しい表情の久世にこう言うのは嫌だったが、太
朗は自分の気持ちをはっきり伝えなければならないとも思った。
 「ごめんなさい」
 「・・・・・なに?」
 「俺、シロさんのものにはなれないです」
 「タロ・・・・・」
 あまりにもきっぱりと言い切った太朗に返って呆然とした久世は手の力も緩んだらしく、太朗はその手をそっと外すとそのまま振
り返って上杉と湯浅のもとに歩み寄った。
 「タロ、来るな」
さすがに湯浅が太朗を撃つとは思わないだろうが、上杉はそう言って太朗の足を止めようとするが、太朗は足を止めないまま、2
人の直ぐ近くまで来ると・・・・・そのまま湯浅を見上げながら言った。
 「ごめんなさい、湯浅さん」
 「・・・・・なぜですか?」
 「だって・・・・・俺が好きなのはジローさんだから」
 太朗の答えはごくシンプルだった。
 「好きなのはジローさんだから、シロさんのものにはなれないよ」
 「タロ、俺は」
太朗の言葉を遮るように口を開きかけた久世に、太朗は顔だけ振り返った。
 「それにね、シロさんなんだか、本当にオモチャを欲しがってるみたいな感じで・・・・・俺の気持ちなんか、あんまり気にしてない
感じがする」
 「・・・・・」
 「ジローさんは違うよ?俺のこと、その、好きでいてくれて、俺にも好きになって欲しいって言ってくれる。俺のものになれって、ジ
ローさんだって言うけど、それはちゃんと俺っていう人間を見て言ってくれてるって分かるんだ。・・・・・シロさん、俺は猫じゃないよ?
好きだとか嫌いとか、お腹空いたとか眠いとか、ちゃんと自分の口で伝えることが出来る人間だよ?ただ可愛がれらるだけで幸せ
とは思わないよ」
 「・・・・・」
そう言うと、太朗は拳銃を指差した。
 「それ、下ろしてください」
 「私が撃つとは思わないんですか?」
 「・・・・・だって、それ、ライターでしょ?拳銃型のライター押し付けたくらいで、ジローさんだって怒らないよ、ね?」
もしも、自分のせいでこの2つの組がケンカをするようになったとしたら・・・・・上杉はもちろん、久世も湯浅も嫌いでない太朗は、
絶対そんなことはさせたくなかった。
強引にオモチャだと言い張れば、何とかみんな苦笑いをしてでもなかったことにしてくれるかもしれない。
怖いなどと言っていられなかった。あんなものは水鉄砲かライターか、そう思っていればなんでもない。夜店では幾らでも売ってい
るではないか。
(男だろっ、俺!)



 上杉は手を伸ばして銃を取ろうとする太朗を見て目を瞠ったが・・・・・次の瞬間口元を緩めて湯浅に言った。
 「ほらみろ、タロにはオモチャだとしか見えないらしいぞ。せっかく精巧に出来たものだ、タロが欲しがる前に隠したらどうだ」
 「・・・・・」
触らせるな・・・・・言外に上杉はそう湯浅に伝えた。
自分達よりも遥かに子供の太朗が、このまま何事も無かったという為に芝居をうってくれているのだ。
見え見えの臭い芝居も、付き合えばそれが真実になる。
 「湯浅」
 「・・・・・そうですね、苑江君に取られてもいけませんので・・・・・」
 ゆっくりと湯浅が銃を下ろすと、太朗がホッと息をつくのが分かった。
それで一安心したのか、太朗はちらっと久世を振り返って・・・・・小さな声で言った。
 「・・・・・あんまん・・・・・いりませんか?」
 「・・・・・」
言葉を掛けながらも、傍には行こうとはしない。それは怖がっているというよりは、太朗の中でのけじめとして動かないようだ。
 「・・・・・いいのか、俺が飼っても」
 「きっと、シロさんなら可愛がってくれると思うし」
 「・・・・・」
 久世が小さく何か言った。
何を言ったのかは分からないが、そのまま腕の中の籠を見下ろしたのが返事のような気がした。
 「タロ」
上杉が名を呼ぶと、太朗ははあ〜と溜め息をつく。
 「・・・・・なんだか、いっぺんに年取っちゃった気分」
 「俺の前でよく言うな」
上杉は太朗を抱きしめた。
久世に見せ付けるつもりではなく、これ程堂々と相手と渡り合った男としての太朗が誇らしくて、その誇らしい相手が自分を好
きだと言ってくれて・・・・・嬉しくて仕方がなかったのだ。