SUPER BOY
22
「邪魔したな」
上杉は軽い口調で言って笑みを浮かべた。
とても先程まで銃を突きつけられて命の危険があったとは思えないが、それを表に出して不機嫌な様子を見せるほど上杉は子
供ではなかったし、何とか収めてくれた太朗の気持ちを考えればこれ以上問題は大きくしたくなかった。
もちろん下の事務所にいた八葉会の組員達は、上で何があったのかは全く分からないままだった。
「・・・・・」
さすがに太朗は少し複雑な顔をしているものの、玄関まで見送りに来た久世の腕に抱かれた子猫に視線を向けると、僅かな
がら笑みを浮かべて小さく手を振った。
「バイバイ、あんまん」
「タロ」
「うん。あの、よろしくお願いします」
「・・・・・」
「ちゃんとお世話しますので」
「お願いします」
答えない久世の代わりに湯浅がそう言うと、太朗は湯浅に向かってもう一度頭を下げてから上杉の後を追い掛けてきた。
「タロ、どうする?」
「え?」
車に乗り込んだ太朗にそう聞くと、何だろうと振り返る。
その子供っぽい顔に上杉は笑った。
「マンション行くか」
「・・・・・ジローさんの?」
「帰りたいか?」
「・・・・・もうちょっと、一緒にいたい、かな」
「決まりだな」
珍しく太朗がそう言ったのは、子猫と離れた寂しさももちろんあるだろうが、それ以上に自分に真っ直ぐ向けられた久世の好意
を断ち切った罪悪感もかなり大きいはずだ。
(お前が悩むことは無いんだぞ、タロ)
太朗の恋人という位置にいる自分がいうのもおかしいが、誰かを好きになるのは当然自由だ。上杉から見ても、太朗は十分
人に好かれる人間だし、そんな太朗が自慢でもある。
だが、今現実に太朗の隣には自分がいて、この席を譲ることは全く考えていない。そんな中、太朗の気持ちが少しでも久世に
向けられているのは・・・・・大人気ないとは思いながらも面白くは無かった。
だから、今日のことは早く忘れさせてやるつもりだ。気を失うほどに抱いて、可愛がって、太朗の頭の中に自分しかいないように
早くしてやりたい。
多分、明日は太朗の母の嫌味を聞くだろうが、それこそ望むところだった。
(早く子離れさせないとな)
高校を卒業すると同時にあの家から攫ってやる。上杉の中ではもうそれが決定事項だった。
「行くぞ」
行き先は一つ。
上杉はアクセルを踏んだ。
(可愛がって・・・・・くれるよな。絶対、大丈夫・・・・・)
太朗は走り出した車のバックミラー越しに、遠ざかる久世の事務所を見つめた。
自分でも不思議に思うが、久世があの子猫を可愛がってくれるだろうという事には確信を持っていた。どんなに言葉数が少なく
ても、表情が乏しくても、子猫を初めて見た時の優しい目は嘘ではないと思う。
ただ、その久世が自分に対して抱いてくれた思いに何も応えられなかったことが、太朗の心の中に少しの後悔を生み出してい
た。
(もっと他の言い方があったかな・・・・・)
上杉のことが好きで、彼以外の男と・・・・・もちろん女の子とも付き合うなどとはとても考えられなかった。
それと同時に、久世の自分に対する思いも、ただの好きとか嫌いとかとは思えなかった。
恋愛ごとに関してはまったく初心者の自分が言うのも変かもしれないが、どう考えても側に置いて見ていたいというペットのように
可愛がりたいという感じにしか思えなかったのだ。
(それだったら、友達だっていいじゃんか)
あんな風に、上杉を脅してまで友達になりたいと言わなくてもいいと思う。
(・・・・・あれ?友達じゃなかったっけ・・・・・?)
久世の言った、欲しいという言葉。
自分のものになれと言った言葉。
それはやはり恋愛を考えてのことだったのだろうか・・・・・?
「タ〜ロ」
「・・・・・」
「タロ」
「あ、ん、何?」
太朗は慌てて運転席の上杉の横顔を見つめた。
運転中なので視界は前方を向いたままだが、一瞬だけだが左手が太朗の髪をクシャッと撫でてくれた。
「振った男のことは考えなくていいんだぞ」
「ふ、振ったって・・・・・」
「好きなのは俺だって言ったじゃないか、ん?あれは違うのか?」
「あれは!あれは〜、嘘じゃないけど・・・・・」
「じゃあ、その話はあそこで終わりだ。後は俺を慰めることだけ考えろよ」
「え?慰めるって、ジローさん、なんか落ち込んでんの?」
「当たり前だろ。自分の恋人が他の男に口説かれたんだぞ?おまけに、カッコよくお前を助けようと思ったら逆にお前に助けら
れたし、男としては情けない限りだ。そんな落ち込んだ俺を、お前は慰めてくれなきゃなんねーだろーが」
「あ、ええと、そっか」
(俺がこうして考えてたら、ジローさんもっと嫌な思いしちゃうかも・・・・・)
口説かれた・・・・・と、言うのは少し違う気がするし、助けた・・・・・とも思わない。
太朗が動かなくても、上杉は自分できちんと対応出来ただろうという事は十分分かっていた。
(こーいうとこが大人のよゆーっていうのかな)
ちゃんと太朗を持ち上げてくれる上杉に、太朗もちゃんと答えなければと思った。
「分かってる。ちゃんと慰めてあげるからね」
「ちゃんと慰めてあげるからね」
(意味分かって言ってんのか、お前は)
よし!と、張り切ったように拳を握り締める太朗を横目で見ながら、上杉は苦笑が零れるのを止められなかった。
上杉はもちろん身体でというセックスを含めた意味を込めたつもりだが、太朗はきっとそんなセクシャルな意味とは全く違うことを
考えているのだろう。
それはそれでどんなことを考えているのか楽しみだが。
(いい加減、俺がずるい男だってこと、ちゃんと覚えておけよ、タロ)
太朗にとって悪いことをするつもりは無いが、恥ずかしくて泣いてしまうことはするかもしれない。
悲しい涙は絶対に流させないが、快感によって流れる涙は止めるつもりは無い。
(今日はどうやって泣かせようか・・・・・)
「・・・・・ジローさん、何笑ってんの?」
不意に、太朗がグイッと身を乗り出してきた。
丁度赤信号で停まっている時なので、上杉も太朗の方を振り向いてニヤッと笑う。
「何だと思う?」
「・・・・・なんか、聞きたくない感じ」
「聞けば答えてやるぞ」
「・・・・・」
「・・・・・ん?」
(こういう気配は敏感なんだけどな・・・・・)
ここまでは気付くのに、人のいい太朗はそれ以上に上杉を疑わない。信頼してくれるのは嬉しいが、どうもまだ自分達が身体の
関係も込みの恋人同士だという自覚がどうも足りないというか・・・・・場合によってはすっぽりと頭の中から抜け落ちてしまってい
るようだ。
「あ、信号青」
「・・・・・逃げたな」
「ほら、後ろの人催促してるよ!」
「はいはい」
後ろの車のクラクションなど無視していればいいのだが、早く早くという太朗の言葉に上杉は再び車を走らせる。
上手く誤魔化されたというか、単に何時もの天然で逃げられたのかははっきりしないが、こんな町中の車の中では何も出来な
いのは分かっていた。
(さてと・・・・・)
今からなら時間はたっぷりある。
「思いっきり楽しむか」
「え?」
何をと太朗が訊ねても、上杉は笑って答えなかった。
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