SUPER BOY



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 マンションに行く途中で買い物をした。
上杉は何でも好きなものを食べに行くかと言ってくれたが、上杉にくっ付いていたい気分だった太朗はマンションで食べると言った
のだ。
さすがの太朗も、人前で上杉とベタベタは出来ない。いや、以前なら・・・・・まだ上杉と身体の関係を持たない時ならば違って
いたかもしれないが、今はどうしても照れてしまって仕方がないのだ。
 何を作るかは2人で話し合った。
上杉は自分が作ると言ったが、もちろん太朗は手伝うからと申し出た。
せっかく2人でいるのに、一緒にいなければ意味が無いと思ったからだ。



 「・・・・・ジローさんて意外と器用」
 「なんだ、褒めてないだろ」
 「褒めてるって!海藤さんも綾辻さんも器用だけど、ジローさんも負けてないよなー」
 それは太朗にとっては紛れも無い褒め言葉だった。
年上の友人である西原真琴の恋人、海藤貴士の料理の腕は花見の時のご馳走で実証済みだし、その前のバレンタインの
時にプレゼントの手作りチョコを一緒に付き合って作ってくれた海藤の部下である綾辻も、かなり手捌きは慣れたものだった。
2人共男で、しかもヤクザ。
人は見掛けによらないなどと思ったものだ。
 「今までだって作ってやったろ?」
 「だけど、あんまり側でちゃんと見ていなかったし・・・・・」
 上杉と恋人という関係になって、こうしてマンションにも遊びに来るようになってから、実は上杉の手料理は何度か味わってい
た。
しかし、夕食は何時も外食が多く(色んな種類の食べ物をびっくりした顔で太朗が食べるのを見るのが楽しいらしい)、そのほと
んどがお泊まりの翌日の朝食で、身体がヘロヘロ状態の太朗はその作る過程を見ることはほとんど無かった。
だからか、こうして上杉がきちんと料理を作る姿を見るのは珍しくて楽しい。
 「ほら、お前も手伝うんだろ」
 「あ、うん。何しよっか?」
 「太朗特製サラダを頼む。野菜は一口大で構わないぞ」
 「・・・・・あれから俺も成長したんだよ」
 からかわれているのに口を尖らせて反論するが、イマイチ説得力に欠けるのは・・・・・自信の無さからか。
太朗はエプロンを付けると、張り切って流しで野菜を洗い始めた。



 上杉は一生懸命レタスの葉を1枚1枚丁寧に洗っている太朗を見て笑みが漏れた。
着けているエプロンはすでに水しぶきで濡れてしまっており、上杉は着けている意味が無いかとふき出しそうになった。
今夜は怖がらせたお詫びも兼ねて、太朗の好きなものを食べさせてやるつもりだった。
しかし、当の本人は、

 「うちで食べちゃ駄目かな」

そう、頼りない声で言ってきた。
傍にいたいのだという太朗の気持ちは良く分かった。
もちろん、何時でも太朗に手を伸ばせるマンションでの食事が嫌だと思うはずもなく、上杉は食材を買うついでに太朗に前掛け
を買ってやった。
本当は前に家から持参していた割烹着も随分可愛らしいと思ったが、どうやら本人はあまりお気に召していなかったらしい。
ならばと、鮮やかなブルーのシンプルなものを選んだ。普段はなかなか上杉からのプレゼントを受け取らない太朗だが(自分だけ
が貰ってばかりなのが嫌らしい)、今回は喜んで受け取ってくれた。後日、また太朗に似合う物を買ってやりたいと思うほどの笑
顔付きで。
 「ねえ、ジローさん」
 「ん〜?」
 「レタスとかキャベツとかってさ、どこまでが葉っぱだと思う?」
 「はあ?」
 「なんかさ、剥いていくと全部葉っぱじゃない?特にレタスなんて剥いても剥いても葉っぱばかりで、芯がない気がするんだよな
あ〜」
 「そんなの考えてるのお前くらいじゃないか?」
 「みんな変だって思わないのかな〜」
独特の発想に、上杉は声を出して笑った。
(やっぱりこいつは面白い)



 太朗の想像以上に手早く用意されたのは、チキンライスとコンソメスープ、太朗のリクエストした海老グラタン、そして太朗特
製《男のサラダ》だ。
驚いたことに、何時の間に用意したのか、太朗のチキンライスには小さな日本の旗が刺してあった。
 「あ」
 「特別って感じだろ」
 「ホントだ!」
いつもならば、子供っぽいと怒ったかもしれないが、今日はなんだかくすぐったくなるほど嬉しかった。
《オムライスが特別》なのではなくて、《太朗が特別》と言われている気がするのだ。
 「じゃあ、今度は俺がサービス♪」
そう言って、太朗は上杉のオムライスの卵に、ケチャップで大きく文字を書く。
 「どう?」
 「・・・・・いいんじゃねえか」
《200点》。
今日の上杉に付けた太朗の点数だ。
そう書かれた文字に満足したのか、上杉は口元を緩めた。



 食事が済み、家に連絡させて(かなり小言を言われたらしいが)先に風呂に入れた。
上杉としては一緒に入って悪戯の一つでもしたいところだが、太朗がいない所でしなければならないこともあったのでそれは明日
でもいいかと諦めた。
 「じゃあ、お先に〜」
 「綺麗に洗って来いよ?隅々まで舐められるようにな」
 「バ、バカ!スケベ親父!!」
途端に真っ赤になった太朗は荒々しくバスルームに向かったが、ああ言えば素直な太朗は長湯をしてでも綺麗に洗ってくるだろ
う。
本当は汗をかいた肌をじっくり愛撫するのを、太朗が恥ずかしがる姿を見るのも楽しいのだが・・・・・。
笑いながらそれを見送った上杉は、直ぐに表情を改めると事務所に連絡した。
 『あなたには有給休暇なんて無いんですけどね』
 「嫌味はいい」
 電話に出るなり淡々と言った小田切に、上杉は今日の顛末を掻い摘んで話した。
あの場では太朗が治め、上杉も話が大事になるのを好まないので引いたが、仮にも一つの会派を率いる代表の自分が銃を
突きつけられたのだ、何も無かったという事には出来なかった。
ただ、それを上にまで報告をするつもりはなく、今後の用心としてしばらく八葉会を・・・・・久世を監視させることを伝えたのだ。
 『それだけでいいんですか?』
 「ん?」
 『もっと楽しいことをしておきましょうか?』
 「・・・・・いい。お前が言うと半端なもんじゃすまないからな」
 『失礼ですね。でも、子供にお灸をすえておくことは大切だと思いますよ』
 「・・・・・お前に任せる。あんまり派手にやるなよ」
 『了解しました。あなたも、太朗君にあまり無茶をしないように。あの子はまだ未成年なんですからね』
 「はいはい、じゃあな」
 上杉は電話を切った。
軽い口調で小田切は言ったが、あの男ならばそれなりの代償を八葉会に求めるだろう。そして向こうも・・・・・湯浅も、それを素
直に受け入れるはずだ。
今後の為にも、お互い借りはチャラにしておいた方がいいという事だ。
 「・・・・・悪いな、タロ」
大人の世界には、いや、このヤクザという世界では、それなりのけじめというものは付けていかなければならない。太朗の優しい
心遣いだけでは全てを無しには出来ないのだ。
ただ、それはもちろん太朗には言わない。わざわざ言って、また太朗が久世のことを考えるのも面白くない。
(結局、俺の心が狭いってことか)
 思ったより早く電話は終わった。
太朗は、上杉の言葉を守っているのか今だ風呂から上がってくる気配は無い。
 「・・・・・一緒に入るか」
(摘み食いでも・・・・・な)
上杉は意識を切り替えると、自分もバスルームへと向かって行った。