SUPER BOY











 仮装パーティーは六本木のクラブを貸し切った大掛かりなものだった。
 「な、なに?ここ?」
健全でお子様な太朗が当然来たことは無いであろう場所の入口には、正装したガードマン風の男が2人立っている。
男達は上杉の姿を見て直ぐに頭を下げ、続いてその後ろにいる妖艶なカルメンに目を見張り、その後に顔だけ出ている黒猫の
着ぐるみに口元を緩めた。
 「お待ちしてました、上杉会長。社長がお待ちかねです」
 「結構来てるのか?」
 「今は100人程度ですか。もう少しいらっしゃると思いますが」
 「盛況なのはいいことだな」
 上杉は笑うと、後ろにいる黒猫を振り返る。
 「どうした、タロ、歩きにくいか?」
 「そんなことはないんだけど・・・・・俺、これでホントにいいの?着ぐるみって仮装に入るかなあ」
太朗の溜め息の原因は上杉にもよく分かっていた。
今も立っている自分達の横を通り過ぎる男女が扮していたのは顔だけ特殊メイクをした狼男と、ピンク色の看護師姿の女だ。
仮装はあくまでも人間が対象で、今太朗が着ているような全身着ぐるみという人間はいないのではないか・・・・・そう心配してい
るのだろう。
 「なんか、俺だけデパートの屋上に行くカッコみたいでさ」
 「可愛いって」
 「・・・・・ジローさんが言ってもなあ」
 普通の着ぐるみよりも薄く、肌触りの良いその黒い毛は本当の猫のもののように滑らかだった。
首元の赤いリボンのついた鈴も、シュッと長い尻尾も可愛い。
何より、見えている顔の大きな丸い目と、生き生きとした表情がとても太朗らしくて、上杉は小田切に言ってこの着ぐるみを買い
取らせようと思っているくらいだ(もちろんセクシー版もだ)。
 「お前、絶対目立つぞ」
 「え〜・・・・・それも、なんかやだ」
 「俺にくっ付いてればいいだろ、ほら」
手を差し出すと、躊躇いも無く手が伸ばされる。
しかし、その手も当然着ぐるみなので、可愛らしい肉球とつややかな毛の手触りだ。
(でも、なんかタロっぽいな)
どうせならやっぱり犬の方が良かったかと、上杉はくっと笑みを噛み殺しながら歩き始めた。



(すご・・・・・)
 何から何まで、太朗が今まで目にしたことが無いものばかりだった。
店内は思ったよりも暗くは無かったが、間接照明を効果的に使っているのかどことなくムード満点だ。
お祝いのものらしい華もオシャレで、太朗の想像していたようなでんと大きな花輪が飾られているというわけでもなかった。
 「あ、ジロー!」
 「おー、来たのか!」
 「遅いわよ、ジロー!」
 「・・・・・」
(・・・・・人気者?)
 店の奥に足を踏み入れる毎に、上杉に掛かる様々な男女の声。誰もが当然大人の男女ばかりで、それぞれが工夫を凝らし
た仮装をしている。
男は海賊だったり、侍だったり、貴族だったり、ドラキュラだったり。
女はドレス姿や、メイドや、芸者、チャイナ服。
綺麗に化粧したその姿は皆綺麗で色っぽく、太朗は露わな胸や足を見せ付けられてどうしたらいいのか分からなかった。
 ただ、誰もが上杉に親しそうに声を掛けて、楽しそうに会話を交わしている。
まるで上杉がヤクザの組を背負っている人間だと知らないように・・・・・。
 「上杉!」
 その時、奥から男が早足で近付いてきた。
上杉よりもかなり背も低く、多少体格もいい男は、満面に笑みを向けながら上杉の手を取った。
 「遅かったじゃないか!もう来ないと思ってたぞ!」
 「プー」
上杉の声が楽しそうな響きで言った。
 「・・・・・」
(ぷー?)
シルクハットに、チョビ髭にステッキ。何の仮装かは分からないが、人の良さそうな男の顔はほとんど素のままの様だった。
(や、やっぱり俺だけ動物・・・・・?)



 「野暮用があってな」
 「野暮用?あ、小田切さんもいらしてくださったんですか!何時もよりも更にお美しい!」
 「ありがとうございます」
 にっこりと艶やかに微笑む小田切の色気は、女のそれに全く負けてはいなかった。
男も照れたように笑って上杉を見上げる。
 「何だ、今回は小田切さんがパートナーなのか?今日は特別な相手を連れてくるって言ってたけどキャンセルってことか?」
上杉がまだ若くいきがっていた頃から知り合いの日浦の物言いは今も変わらず、上杉もそれが気楽で良かった。
だから暢気に笑っていられたのだが・・・・・。
 「あっちにお前好みの色っぽい女が来てるぞ。去年のパーティーからお前にご執心で、連絡先教えてくれって煩くってさあ。今な
ら簡単にお持ち帰り出来るぞ」
 「プー」
 上杉は低く言った。
知り合った当初、周りの女達が恰幅が良くて目が小さくて丸いという日浦を、クマのプーさんに似ていると言い出した。
上杉もそのキャラクターは知っていて、確かに似ていると思い、最初はからかってその名を言っていたつもりだったが・・・・・何時の
間にかそれは日浦の愛称になっていた。
(やばい)
 大柄な上杉と、細身ながらそれなりの体躯の小田切の後ろに隠れて、日浦には太朗の存在が見えないらしかった。
電話で今年は特別な相手を連れて行くと言ったが、日浦の頭の中ではそれは上杉好みの美女で(実際今までそうだった)、今
傍にいないという事はキャンセルしてきたと思ったのだろう。
今年の相手には今までの悪さは言わないようにと言ったが、これではそう口止めした意味がない。
 上杉はこれ以上日浦が際どいことを言う前にと、自分の後ろに隠れるように立っている太朗をぐっと引っ張った。
 「うわっ」
 「日浦、これが俺の特別な相手」
 「へ?」
 「ジ、ジローさん!」
いきなり何を言い出すんだと太朗は慌てるが、上杉は全く意に返すことはない。
 「俺のタローだ。今後こいつ以外を連れてくるつもりはない。お前も覚えてろよ?」
 「・・・・・男の子に、見えるんだが」
 「立派なオス。付いてるもんは可愛いがな」
 「ちょっ!」
 「お前、それは酷いんじゃないか」
さすがに上杉の言いように眉を顰めた日浦だったが、改めて太朗を真正面からじっと見つめた。
 「タロー君?」
 「あ、はい」
 太朗はじっと日浦を見つめている。
 「俺の事は日浦さんでもプーさんでも好きなように呼んでくれよ。プーさんって、クマのプーさんから付けられたんだけどさ、今は結
構気に入ってるんだ」
 「・・・・・クマのプーさん?」
目を丸くした太朗は、ようやく頭の中でその絵が思い浮かんだのだろう。
たちまちにぱっと楽しそうに笑った。
 「プーさんでいいですか?」
 「もちろん」
 「ジローさん、プーさんだって!」
 満面の笑みを浮かべて振り返る太朗は子供のように可愛い。
しかし・・・・・、そう思ったのは上杉だけではなかったようだ。
 「可愛いじゃないか!お前の子猫ちゃんは!!」
表情豊かな太朗を楽しげに見つめる日浦は、まさに格好の玩具を見付けたという雰囲気だ。
まさかそういう趣味はないだろうが、安心してはいられない。上杉も、元々は女しか相手にしてこなかったのだ。
日浦とこんなに長く付き合いが途切れないのは、どこか自分と共通するところがあるからだと改めて思った上杉は、日浦を牽制
するように太朗を後ろから抱きしめると、作りものの耳を噛む真似をして不遜に言い放った。
 「こいつは俺だけの可愛い恋人だ。手を出すと殺すぞ?」