SUPER BOY











(手、手がっ、ジローさん!!)
 まさかその行動だけで自分達の関係が分かるとは思わなかったが、後ろから絡み付いてくる手が妙にエッチっぽかったので太
朗は慌ててグッと上杉の足を踏んだ。
それ程力を入れなかったが、上杉はイタタタと大きな声で言って更に太朗に抱きついた。
 「何だ、タロー、危険から守ろうとする恋人にする仕打ちか?」
 「わ!な、何言ってるんだよ!」
 「何って、恋・・・・・」
 「わーーー!!」
 上杉との関係が恥ずかしいものだという思いはないが、それでも誰にでも言っていいような関係ではないという事も自覚してい
る太朗は、こんなにたくさんの人間がいる場所で簡単に『恋人』と口にする上杉が信じられなかった。
 「もー!俺、帰るよ!」
 「来たばっかりだろ」
 「それでも!」
他人から見れば立派な痴話喧嘩なのだが、太朗は焦りのあまり気付いてもいない。
太朗は(全てが分かった上で)嬉しそうにニヤニヤしている上杉を睨んだ。
 「あのね、俺は」
 「もう分かってるよ、タロー君」
 「・・・・・へ?」
 突然、怒りに水をさすように口をはさまれた太朗は、怪訝そうに日浦を振り返る。
 「全部聞いてる」
 「全部?」
 「今日のパーティー、上杉が連れてくるのは恋人だってこと。前もって連絡は受けてたんだが男の子だとはなあ」
 「タローだって言っただろ」
 「聞いたけど、お前のことだから自分に会うようにあだ名を付けてるのかって思っててさ。そうかあ、本当に男の子なんだ」
目の前の男・・・・・日浦にまじまじと顔を見つめられ、太朗は引き攣った笑みを浮かべたまま上杉のマントを引っ張ろうとした。
しかし、今の着ぐるみの手では上手く指は動かず、焦れた太朗はバンバンと上杉の腕を叩いてしまう。
 「ジ、ジローさん」
 「ん?」
 「・・・・・言ってるの?」
 「当たり前だろ」
 「・・・・・っ」
その瞬間、唯一見えている太朗の顔は、たちまち真っ赤に染まってしまった。



(まさか男に転ぶとはなあ・・・・・それも、子供だぞ、まだ)
 上杉滋郎という男は昔からモテる男だった。
大学に行ってなくても頭がいい奴はいるのだと日浦が感心するほどにきれる男な上、容姿も男っぽく精悍なもので、女は捜さな
くても向こうから寄ってくるほどだった。
カリスマ性があって、遊び上手で、男にも慕われ、女にモテる。
そんな上杉は女が切れることが無く、その誰もが目を見張るほどの美女揃いだという事も見てきた日浦にとって、今日上杉が連
れてきた太朗が恋人というのは直ぐには信じられなかった。
まだ、今目の前で妖艶な美女に変装している小田切が恋人だという方が納得出来る。
 「・・・・・」
 「タロ」
 「・・・・・」
 しかし、太朗の顔を覗き込むようにして甘く囁く上杉の蕩けるような表情を見ると、太朗を選んだという事がただの興味や気
紛れではないというのは直ぐに分かった。
どんな美女相手にも余裕を持って接していた上杉の、これまで見た事が無いような顔。
(・・・・・分からないものだな、人って)
 「タロー君、来てくれて嬉しいよ」
 「あ、あの」
 「上杉の本気の相手が見れるなんて一生無いと思ってた」
 「・・・・・」
 太朗は恐る恐る顔を上げた。
その表情は見るからにまだ子供だが、人の恋愛事情というものは傍からは分からないものだ。
 「楽しんでいってくれ」
 「あ、えっと、・・・・・はい」
 「よし」
着ぐるみを着ているせいか、それともその表情のせいか、日浦はなんだかその頭を撫でたくなって手を伸ばした。
しかし、実際に頭に触れる前に、上杉が軽くその手を弾く。
 「勿体無い」
 「・・・・・ケチ」
歳を取ってからの純愛は結構熱いものだと、日浦は痛く無い手をプラプラさせて笑った。



(電話で言ったこと信じてなかったんだな、こいつ)
 料理が並べられたテーブルに太朗を案内して楽しそうに説明をする日浦を見ながら、上杉はそれも仕方がないかと思い直し
た。
全てとはいわないが、ある程度上杉の遊んできた女を知っている日浦にとっては、上杉が男に、それも太朗のような見るからに
まだ子供に本気だとはとても想像出来なかったのだろう。
しかし、少しの間話しただけでも上杉の本気は分かったようで、それからはまるで上杉をからかうかのように太朗に構っている。
ただ、その中には素直な太朗を好ましく思う気持ちも多々あるだろうが。
 「これ、自由に食べていいんですかっ?」
 「うん、好きに食べてくれよ。結構有名なシェフに作ってもらったんだけどね、他の奴らは飲んだり話したりでなかなか食事まで
手が回らないみたいなんだ。せっかくのシェフの努力を無駄にしたら悪いし」
 「はい!」
 「それから、特別ゲストのタレント犬は別室にいるから、後でゆっくり会わせてあげる」
 「うんっ、あ、はい!」
 ついさっきまで自分達の事を勝手にバラしたと怒っていた太朗だが、美味しそうな料理を前にして何時までも不機嫌ではいら
れないらしく、おまけに大好きな犬の話題も出され、その顔は嬉しそうに輝いている。
 「・・・・・」
早速ローストビーフにフォークを伸ばす太朗を見ながら、上杉は人の良さそうな笑みを浮かべている日浦に言った。
 「お前、いい人確定だな」
 「え?」
 「美味しい飯をご馳走してくれる者に悪い人間はいないって論理」
 「へえ」
 「まあ、そこには俺の知り合いって前提が付くけどな」
冗談めかしたその言葉が本音だと分かっているのか、日浦の笑みは益々深くなった。
 「可愛い子だな」
 「可愛いぞ」
 「もう、喰ったのか?」
 「喰い足りないがな」
 「・・・・・程々にしろよ?」
 「タロ相手じゃ手加減が出来ない」
上杉も太朗がまだ高校生だという事もあり、出来るだけ自由にさせてやりたいと思っている。
ただ、太朗が自分以外の人間にどんな種類でも思いを向けるのは面白くないのは確かで、大人気ないとは思うが太朗の行動
を一々気にしてしまうのだ。
 「・・・・・お前のそんなだらしない顔、、八葉会(はちようかい)の奴に見られたら大変だな」
 「八葉会?」
 不意に日浦の口から零れた名前に、上杉は眉を寄せて聞き返した。
 「来てるのか?」
 「No.2っていってたか。個人でうちの株を持ってる。追い返すわけにはいかないだろう?」
 「どこにいる?」
 「さっきはカウンターに・・・・・あ、ほら、あの・・・・・」
 「一番左端の奴だな」
言われなくても、持っている雰囲気で直ぐに分かった相手。僅かに見える横顔はまだ若い。
上杉も会合で擦れ違った事があるが、八葉会の若頭はもっと歳を取っていたはずだったし、そもそも上杉のアンテナには引っ掛
からない程度の人間だったはずだ。
(代替わりは聞いてないが・・・・・)
どんな男か気になって、上杉はゆっくりと後ろから近付いていった。