SUPER BOY











 カウンターまで2、3メートルとなった時、これだけ騒がしい中でもその気配を感じ取ったのか、カウンターに座っていた男が振り
向いた。
やはり、上杉にとっては初めて会う男だ。
座っているので身長は分からないが、かなり体格はいいようだ。
濃い眉に、力を持った眼差し、厚い唇。モデルのようにカッコイイというものではないが、男らしく精悍な容貌だった。
仮装パーティーのはずだが、男は普通のスーツにトレンチコート姿だ。
 「それ、何の仮装だ?」
 「刑事ですよ」
 いきなりの上杉の言葉にも穏やかに返し、男は少しだけ目を眇めた。
(・・・・・まずいな)
男を見た瞬間にそう思った。
この、いかにも体育会系のような男は、太朗が好きなタイプなのだ。
 「羽生会の・・・・・上杉会長?」
確かめるような、それでいて確信したような声。上杉も自分の顔が知られているのはよく分かっているので、男の言葉に軽く頷い
て聞き返した。
 「八葉会の新顔か?」
 わざと挑発するように言ったが、男は口元に苦笑を浮かべたまま立ち上がった。
 「半年前に若頭補佐になったばかりです。湯浅達郎(ゆあさ たつろう)といいます、今後お見知りおきを」
 「湯浅・・・・・組長の縁戚なのか?」
 「いいえ、下っ端から引き上げて頂きました」
 「・・・・・」
(何だこいつ・・・・・余裕があるな)
縁故でなく、下からのし上がってきたというのが本当ならば、この若さから見ても湯浅はかなりの力の主だろう。
見かけはいかにも武闘派だが、上杉の挑発にも簡単に乗らないところは、精神的にも成熟していると見てもいいはずだ。
 「幾つだ?」
 「来月31になります」
 「・・・・・若いな」
 「そうですか。この顔なんで何時も老けて見られるので・・・・・そう言って頂けると嬉しいです」
 「・・・・・」
 上杉は眉を顰めた。
頭の中では警報が鳴り続けていて、とにかく太朗には会わせないようにと話を切り上げることにした。
 「まあ、会うことがあったらよろしくな」
 「はい、後でうちの若と改めてご挨拶に」
 「・・・・・若?誰だ、それは」
てっきり湯浅は1人で来ているものだと思っていた上杉は、その言葉に足を止めた。
 「若頭です。今の組長の長男になりますが、若が襲名されたと同時に私が補佐に任命されました」
 「どこにいるんだ?」
 「若は・・・・・ああ、バイキングのとこにいますね。ん?誰だ、あれは?」
 「・・・・・タロ」
振り向いた上杉の目には、皿を持った太朗と、隣に立つ若い男の姿が映った。



(ホントに食べてるの俺だけみたいなんだけど・・・・・いいのかな)
 太朗は黙々と口を動かしながらチラッと周りを見た。
様々な仮装をした、それでも太朗から見れば十分美しい女とカッコイイ男達。彼らは酒を飲み、話すのに夢中で、なかなかこ
の料理を取ろうという者はいないようだ。
 「・・・・・まあ、貸切みたいでいいけど」
上杉が傍にいないのは何となく不安だが、とにかく食べていれば気が紛れていた。
ただ、やはり着ぐるみのままではフォークも使いにくく、太朗はもうこれを脱いでもいいだろうかと考え始める。
この下は普通のTシャツと半パンだが、それ程おかしいという格好ではないはずだ。
(トイレかどっかに行こうかな・・・・・あ、でも、あのメロン食べてから・・・・・)
 口の中にはまだ物が入っていてモグモグと口を動かしていたが、太朗は綺麗に盛り付けられたメロンに視線がいってしまい、そ
のまま手を伸ばして・・・・・。
 「あ!」
 「・・・・・」
 上手くフォークに刺さらなかったメロンはそのまま皿から崩れ落ちてしまい、丁度テーブルにいて飲み物を取ろうとしていた誰か
の服に当たってしまった。
 「あ・・・・・」
瞬間にまずいと思った太朗は、そのままその相手を見上げる。
(う・・・・・怖い)
相手は若い男だった。若いといっても上杉と比べたらということで、太朗から見ればやはり年上の男だ。
白いスーツに白いネクタイにドレスシャツ。まるで結婚式の花婿のような衣装だが、太朗の頭の中からはこのパーティーが仮装パ
ーティーだということはすっかり抜け落ちていた。
ただ、まずいと、それだけが頭の中に渦巻く。
 「すっ、すみません!」
 「・・・・・」
 「あ、あの、わざとじゃないんだけど、でも、メロンがコロンって、こ、この手、着ぐるみだから上手く掴めなくって!だ、だからっ」
 「・・・・・だから?」
 「だからっ・・・・・すみません!」
いったい、弁償はどれぐらい掛かるのだろうかと思った。
真っ白いスーツは高いのか安いのかは分からないが、クリーニング代だけ渡すのも失礼だろう。
(み、見舞金?あんなの渡さなきゃいけないかも・・・・・っ!)
 「・・・・・泣くなよ、ガキ」
 「・・・・・へ?」
 「こっちが手を出したわけじゃないのに、そんな顔をしたら俺が悪者だろう。もっとも、その手で逃げようとしてるんなら・・・・・」
 「逃げるわけ無いだろ!」
幾ら手持ちの金が無くても、このまま逃げることだけはするはずが無かった。
それとも、こんな怪しげな着ぐるみを着た子供の言う事など始めから聞く耳持たない男なのかと、太朗の心境は当初の申し訳
なさからムクムクと反抗心へと変化していく。
(・・・・・自分だって、変なカッコなのに・・・・・)
 太朗が見上げなければならないくらいの身長は上杉よりも少し低いくらいだろうか。
全体的にほっそりとした体型だが、スーツの中で身体が泳いでいるという感じではない。
少し長めの黒髪に、切れ長の目。通った鼻筋と、薄い唇。
ぱっと見た瞬間、小田切と印象が重なるが、小田切の方が柔らかい雰囲気を持つ美人という言葉が似合うのに対し、目の前
のこの男は硬質で冷淡な感じがする。
どこが違うのだろうかと思った太朗は、あっと気がついた。
(目、目が笑ってないんだ)
感情の無い眼差し・・・・・怒っているのか笑っているのかも分からないその目が、小田切とは全く別人格に感じさせたのだ。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「小僧、誰にくっ付いてきた?」
 「こ、小僧?」
(さっきから、ガキって言ったり、小僧って言ったり!自分でも分かってるって!顔に似合わず口が悪い!)
 ムッとした太朗が男を睨みあげると、初めて男は面白いというような表情をした。
 「どうした、何か言いたいのか?」
 「俺は小僧じゃないですっ」
 「・・・・・だったら、何だ?」
 「ちゃんと、苑江太朗って名前がありますから!」
 「太朗?・・・・・タロ・・・・・犬みたいだな、着ているのは猫のようだが」
 「・・・・・っ」
(いちいちムカつく言い方する奴〜っ!)
腹は立つが、とても勝てる相手ではないと雰囲気で分かるし、何よりスーツを汚してしまったのは太朗の方だった。
チラッと見ると、スーツは多少濡れているが、それ程に汚れているという感じでもない。
とにかく、上杉か小田切を呼ぼうと思った時、
 「うちの猫が迷惑を掛けたか?」
まるで、庇うように前に立ちふさがった広い背中に、太朗は思わず叫んだ。
 「ジローさんっ?」
 「・・・・・ジロー?」
その名前に、男が呟く。
 「若」
 「わか?」
そして、新たに現われた新しい男に、太朗は目を丸くしてしまった。