SUPER BOY
7
(八葉会の若頭・・・・・まだガキじゃねえか)
腕の中に太朗の身体をすっぽりと隠しながら、上杉は目の前にいる若い男を観察するように見つめた。
せいぜい20代後半のような男は、ヤクザらしくないすっきりと整った容姿をしていた。
着ている服がまるで結婚式の新郎のように真っ白だということもあるのかもしれないが、この男が八葉会というかなり大きな方の
会派の若頭とはとても思えない。
むしろ夜の街でホストでもしている方が似合っているのではないかとも思ったが・・・・・。
(いや、目が違うな)
どんなに容姿が柔らかくても、その目の光が全てを裏切っている。
冷ややかで、感情を見せないようなその目は、やはりこの世界に生きる人間だという事を知らしめるようだった。
ただ、その視線は今は僅かに別の光を浮かべて、上杉の腕の中にいる太朗を興味深そうに見ていた。
「・・・・・」
上杉はこれ以上男の視線に太朗を晒すつもりは全く無かった。
「何もないんなら俺達は・・・・・」
「ジ、ジローさんっ、俺、この人の服汚しちゃって!」
「汚したあ?」
「メロン落としちゃって、スーツの、ほら、お腹の辺」
「タロ・・・・・」
(全く、ちょっと目を離した間に何してるんだ)
内心溜め息を付きながら、上杉は目の前の男の服に視線を走らせた。
暗いわけではないが、煌々とした明かりがついているわけではないこの場所では、服がどれ程汚れているのかは分からない。
少し濡れているのかとも思うが、それもテーブルの上に転がっているメロンを見たのでそう思ったのかもしれないというくらい、ほとん
ど目立つものではない感じだ。
しかし、後々因縁をつけられても面白くないので、上杉は顔をあげて小田切を捜した。
どこに行っているかと思っていたが、小田切は案外傍にいて、この成り行きを面白そうに見ているのに気付き、上杉は面白くな
さそうに口元を歪めた。
「後始末、頼むぞ」
「ええ」
もう話は済んだと、上杉は太朗の腕を掴んでその場を立ち去ろうとしたが。
「うわっ?」
「タロ?」
突拍子のない声を上げたかと思うと、太朗の身体はぐっと後ろに引っ張られる。
視線を向けた上杉は、男が太朗の長い尻尾を掴んでいるのを見た。
「・・・・・何やってんだ、ガキ」
低い唸り声に、男よりも太朗の身体が揺れたのに上杉は遅れて気付いた。
「何やってんだ、ガキ」
「・・・・・っ」
(ジ、ジローさん、怖い、よ)
太朗は自分の腕を掴む上杉の手の力が強くなったのと、今まで聴いたことがないような低く恫喝するような声に、自分でも意
識しないまま身体が逃げ腰になってしまった。
上杉がヤクザの組を率いているというのは分かっていた。
ただ、自分と一緒にいる時の上杉は何時もからかうように笑っていて、少し意地悪だが物分りのいい大人の男という感じだった。
それが、今まで太朗が見たこともないような一面を見てしまい、少し・・・・・ほんの少しだが、怖いと感じてしまったのだ。
「・・・・・っ」
しかし、そんな太朗の気持ちの変化を直ぐに感じ取ったのか、上杉は口の中で舌打ちを打つと手の力を抜いて太朗の頭を着
ぐるみ越しだが優しく撫でて言った。
「悪い」
「・・・・・」
「タロ、大丈夫か?」
「う、うん」
覗き込むようにして太朗の顔を見る上杉の目は、少し傷付いているような感じがした。
太朗は直ぐに自分の取った行動を後悔して大きく首を横に振ると、その元凶になった男を振り返って握られてしまった尻尾を思
い切り引っ張った。
「か、勝手に握るなよ!」
「・・・・・」
「タロ」
「今日の俺はジローさんの使い魔なんだから!他の人間が触るのは厳禁!!」
(ジローさんにこんな顔させるなんて・・・・・俺の大バカ!)
いきなり反抗した太朗に驚いたのは目の前の男だけではなく、上杉も小田切も、そしてもう1人上杉に付いてきた男も一瞬目
を見張ってしまった。
しかし、次の瞬間、上杉は大きく声を出して笑い、小田切もクスクスと笑みを浮かべる。
「そうだな、今日のタロは俺の使い魔だった。心配することは無かったな」
「そ、そーだよ!そんな怖い顔なんかしなくったっていいんだって!」
「・・・・・怖い顔か?」
「怖かったよっ。・・・・・今は平気だけど」
ようやく上杉の雰囲気が何時ものものに戻ったので、太朗も強張った顔に笑みを浮かべることが出来た。
(なんだか変な感じになったよな。もう帰りたいよ・・・・・)
はあ〜と溜め息を付いた太朗だったが、もう片方の男は太朗のようにすっきりと気が晴れたというわけにはいかなかったようだった。
「・・・・・苑江、太朗・・・・・タロか」
呟くように太朗の愛称を言う男に、上杉は静まりかけた感情が再び泡立つのを感じる。
しかし、今度は太朗を怖がらせるわけにはいかないと自制が効いたのと、小田切が目線で落ち着くようにと(カルメンの格好のま
ま)合図を送ってくるので、上杉は一呼吸置いてから男を見た。
「八葉会の若頭と聞いたが?」
「・・・・・」
「若、羽生会の上杉会長です」
それまで黙って事の成り行きを見つめていた湯浅が横から口を挟んだ。
どうやらこれ以上の騒ぎは良しとしないと思ったらしく、口調が少し言い聞かせるような響きになっていた。
「羽生会か・・・・・」
「そっちの名前も一応聞いておこうか」
「・・・・・久世司郎(くぜ しろう)」
「久世・・・・・」
「シロ?」
その名前に引っ掛かったらしい太朗が、思わずといったように呟く。
それは名前を呼ぶというよりも犬を呼ぶような軽い口調だったが、名を呼ばれた久世が一瞬眉を顰めた後に直ぐにその視線を
柔らかくしたのを上杉は敏感に感じ取った。
「犬みたいに呼ぶのは止めてくれないか」
「え、あ、だって、シロって名前付ける人多いよ、ねえ、ジローさん」
「・・・・・まあな」
(反則だろーが、その名前は)
警戒しなければならないのは、太朗の父に似ているらしい日向組の組長、日向雅行・・・・・に、似ている湯浅ではなく、この不
遜な態度の歳若い男の方なのかも知れない。
その証拠に、つい今まで怒っていたはずの太朗が、その名前を聞いただけで親しみ深そうな表情になっているのだ。
「・・・・・」
久世はしばらくそんな太朗の顔を見た後、ちらっと上杉に視線を向けた。
「初めまして、八葉会、若頭の久世です」
「・・・・・おう」
改めてきちんと言われると、上杉も大人げなく無視は出来ない。
渋々差し出した手を握る久世の手の力は、思い掛けなく強かった。
「こんな場所で会えるなんて光栄です」
「・・・・・」
「そっちの、彼にも」
「こいつはただの猫だ。今夜限りですっぱり忘れてくれ」
無駄かもしれないがそう言うと、隣の太朗の唇が尖る。
(だから、そんな可愛い顔するんじゃねえって)
「・・・・・動物は好きですからね。とても忘れられそうにないですよ」
「・・・・・」
そんな太朗の表情を見て面白そうに口元を緩めた久世は、更に力を込めて上杉の手をギュウッと握ってきた。
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