SUPER BOY
8
(シロ・・・・・シローさんか。なんかカッコイイな)
名前を聞いただけで途端に久世を見る目が変わってしまったのに、太朗自身は少しも気がついていなかった。
上杉と会った時も、その犬のような名前に途端に親近感が湧いてしまった太朗の思考は、『犬と同じ名前の人はいい人間』と
いうすり込みがあるのだ。
「タロ」
上杉との力がこもっていた(?)握手を解いた久世は、そのまま上杉の後ろに立っている太朗に視線を向けてきた。
名前を聞く前までは警戒して上杉の身体の後ろにいた太朗だったが、今はほとんど姿を出して興味深げに久世を見ていたの
で、名前を呼ばれて不思議そうに首を傾げた。
「なに?・・・・・ですか?」
普通に話し掛けようとして、太朗は慌てて丁寧語に言い返す。
上杉と堂々と握手を交わして挨拶をするぐらいなのだ、それなりの地位の人間なのだろうと思い直したのだ。
上杉に恥はかかせられないと思ってのことだが、そのぎこちなさが久世には面白かったらしい。
「クリーニング代はいらない」
「え、あ、でも・・・・・」
値段は分からないがきっと高いものだろうと思い、太朗はどうしようかと上杉を見る。
その視線に上杉は頷いた。
「一応、形だけでも受け取ってくれ」
「上杉会長」
「そっちが後から色々言ってくるとは思わないが、一応念の為に、な」
「ち、ちょっと、ジローさんってば、失礼じゃない?その言い方っ」
太朗がムッと口を尖らせると、上杉は溜め息をつきながら太朗の頬をムニュッと掴みあげた。
「い、いたっ」
「お前は食い意地張り過ぎ。少し反省しろ」
「・・・・・」
「ハイは?」
(なんでそんなに偉そうなんだよ〜)
口が自由ならばそう言ってやりたいのは山々だったが、今は取りあえずこの頬を掴んでいる手を外させたくて、太朗は渋々ながら
も上杉の言う通りに頷いた。
「ふぁい」
小田切は綺麗に塗られた赤い唇をゆっくりと笑みの形にした。
(面白いことになったな)
丁度知り合いがいたので挨拶をしていた時(昔遊んだ相手だが)、視界の隅に上杉が誰かに近付いていくのが見えた。
面倒臭がりな上杉の代わりに様々な関係者の顔や地位を把握している小田切は、それが八葉会の新しい若頭補佐だという
事に直ぐに気付いた。
補佐がいるのならばと視線を動かすと、バイキング形式の料理が並べられていたテーブルの側に、太朗と一緒にいる男が目に入
る。
それが、八葉会現会長の長男であることに気付いた時、さすがにまずいかと小田切は急いで2人傍に近付いたのだが・・・・・。
「ちょ、ちょっと、ジローさんってば!俺まだあの犬にも会ってないんだって!」
「今度マンションに連れて来てやる」
「そんな簡単に言うなよ!あの犬って有名なタレント犬なんだぞ!」
どうやらもう帰ることにしたらしい上杉に腕を引っ張られた太朗が、そもそもの目的の犬に会いたいとダダをこねている。
しかし、一刻もここにいたくないらしい上杉は足を止めることなく歩いていた。
「あれ、上杉?」
「日浦、悪いが帰る」
「え?だって、今来たばっかりじゃ・・・・・」
「また飲みにでも誘ってくれ」
途惑う日浦を振り返りもしないのは、上杉ほどの男でも相当焦っているのかもしれない。
(まあ、分からないでもないが・・・・・)
上杉にも報告をしたはずだったが、小田切は上杉の名代として八葉会の若頭襲名の時に祝いを持って行った。
その時に初めて久世に会ったのだが、その浮世離れしたというか・・・・・少し変わった性格が気に掛かった。
とても出世欲から若頭になったという感じではなく、どちらかといえば嫌々・・・・・。
(・・・・・いや、嫌がったりもしていない、どうでもいいという感じだった)
「おい、小田切」
「はい、車はもう呼びました。5分ほど待ってください」
「・・・・・っ」
(5分も待てないのか?)
それほど、あの久世といるのは嫌なのだろうか。
小さく舌打ちを打つ上杉を横目で見、小田切はそのまま久世の方へ視線をやる。
湯浅と一緒に立っている久世は、じっと・・・・・こちらを見ている。その視線の先にいるのは上杉か、それとも・・・・・。
「・・・・・」
(・・・・・面白いな)
何だか楽しいことが起こるかもしれないと、小田切は頬に浮かぶ笑みを消すことが出来なかった。
(面白くない・・・・・っ)
上杉はイライラした気持ちを落ち着ける為にも煙草を吸いたくなったが、この服にはポケットがないことを思い出して舌打ちをし
た。
もちろん、小田切もあの格好で持っているはずがないし、太朗は問題外である。
「・・・・・」
そう、この太朗のせいだ。
太朗が興味津々な目であの男を見るからイラつくのだ。
一見して、自分とは正反対なタイプに見えるが、きっと根は同じ男。
上杉が表面上の愛想の良さで広く浅く周りを巻き込み、しかし、その根底ではごく限られた者へしか愛情を抱けないのと同じよ
うに、あの男は誰にも興味を抱かないが、一度その目に捉えたものは離さない・・・・・きっと、そうだ。
「・・・・・ジローさん?」
「・・・・・」
「ねえ」
太朗は黙っている上杉の顔を下から覗き込んでくる。
何時もならからかいの言葉でも掛けるのだが、今はそんな気も起こらなかった。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・ごめん、俺、結局迷惑掛けちゃった・・・・・」
上杉が黙っているのは自分の事を怒っているのだと思ったらしい太朗が、少し声を震わせるようにして言った。
「せっかく、ジローさんの友達のパーティーだったのに・・・・・俺・・・・・」
「・・・・・タロ」
「ごめん」
「・・・・・っ」
再び舌打ちを打つ上杉に太朗は肩を震わせたが、上杉がそうしたのは太朗のせいではない。
太朗にこんな言葉を言わせる自分自身に腹がたったのだ。
「・・・・・」
上杉は一度大きく溜め息をついて、やがてぎゅっと太朗を抱きしめた。
「・・・・・悪い」
「・・・・・っ」
「ちょっと、我慢出来なくなった」
「が、まん?」
泣きそうな声で繰り返す太朗に、上杉はようやく何時もの調子で答える。
「猫の姿のお前が余りに可愛いからな、早くその着ぐるみを脱がせて抱きたくなった」
「・・・・・!」
「タロ、このままマンションに行くぞ」
抱くことで全てが払拭されるわけではなかったが、それでも抱けば太朗が自分の物だとはっきりと感じられる。
この瑞々しい身体と柔軟で純粋な心の持ち主は、誰のものでもない・・・・・自分のものだ。
「ジ、ジローさんのスケベ!!」
「ははは!」
言い返してボカボカと背中を叩いてくる太朗。それでこそ太朗らしいと、上杉も憂鬱だった気持ちを切り替えて大きな笑い声を
上げる。
(これは、俺のだ)
「誰にもやらねー」
「・・・・・?ジローさん?」
はっきりと言葉が聞き取れなかったらしい太朗が聞き返してくる。
それに答えないまま、上杉は柔らかな黒猫の着ぐるみの頭をスルッと優しく撫でた。
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