大力の渦流
13
海藤は直ぐに今回の放火事件のことを調べさせた。
結果的にはボヤで済んだものの、もしも直ぐに店の人間が気付かなかったら・・・・・真琴が既に出勤していたらと思うと、
被害が最小だからといって見逃すことなど出来なかった。
原因として考えられることは五つ。
先ずは、今回の大東組の理事選で、海藤に当選して欲しくない者の仕業という事。
次に、対立候補である2人のうちのどちらかが指示したという事。
次に、海藤にその2人のうちのどちらかの仕業と思わせ、戦争を起こして両者とも潰したい者の仕業という事。
後は、あの店自体に恨みを持つ者の仕業か。
あるいは、ただの愉快犯か。
真琴を欲しいと思った時にバイト先のことも調べさせたがたいした問題などは無かった。店への恨みとは考えにくいだろ
う。
愉快犯としても、まだ陽が残っている夕方、人通りも全く無いというわけではないあの場所にわざわざ火をつけようとなど
と思うだろうか。
普通に考えても、今回の事は自分が原因だろうと海藤は自覚している。
「・・・・・」
社長室のイスに座り、パソコンで株の動きを見ている海藤の頭の中では、今回のことでの様々な情報が凄まじい勢い
で回っていた。
「社長」
ドアがノックされ、倉橋が入ってきた。
「竹島会の木佐貫と清竜会藤永をそれぞれ推している組のリストです。一応自ら手を上げている者だけで、立場を決
めかねているという者はまだ半数以上いるようです」
差し出された書類の上の数字はほぼ予想通りだ。
「・・・・・清竜会の方が多いな」
「それ以上に、社長を推す方も多いですよ」
「・・・・・」
海藤は倉橋を見上げた。
あの日・・・・・藤永を送った倉橋だが、翌日顔を合わせてもその時のことは何も話さなかった。
事務所宛には藤永本人から礼の電話があったが、彼からもその時の内容を漏らすような言葉は一切無かった。
一癖も二癖もある藤永が、ただ大人しく送られたとはとても思えない。しかし、口の堅い倉橋からその内容を聞くのは多
分無理だろう。
(仕方ない・・・・・綾辻に任せるしかないか)
「そんなに心配することないのに」
「そうはいきませんよ」
真琴の護衛でもある海老原は、眉を顰めて言った。
一昨日のバイト先のボヤ騒ぎ以降、本来は講義が終わるまでは大学の近くまで来なかった海老原は、教室内まで真
琴の側について来るようになった。
歳も若く、外見的にも今時の大学生と全く変わらない海老原は大学内でも溶け込んでいて、真琴の友人達も新しい
仲間として直ぐに受け入れた。
真琴は自分の為にそんなことまでしなくてもと思うのだが、やはりあのボヤ騒ぎの影響は大きかったようだ。
「じゃあ」
「ここで待ってますから」
「どこか外で・・・・・」
「ここにいます」
「・・・・・はい」
ほとんどの講義には一緒について教室の中まで入ってくる海老原だが、この講義の教授は出欠の判定が厳しいと評判
で、部外者や代弁などしたらその場で教室を追い出されてしまうので、外の廊下で待ってくれることになった。
「・・・・・」
(長い時間退屈だろうな)
例えば、本を読んだり、携帯ゲームをしたり、時間を潰す方法は色々あるだろうが、真琴を護衛するという役目の海老
原はそんな時間つぶしも出来ないだろう。
ただ神経を張り詰めて数十分も時間を過ごすことがどんなに大変か、真琴は大学に来るという自分の行動が我儘なよう
な気がしてきた。
(選挙が終わるまで・・・・・休んだ方がいいかな・・・・・)
選挙まではもう数日だ。それくらい大学を休んでもいいだろう。
今日帰ったら海藤にそう伝えよう・・・・・真琴はそう決心すると、ようやく授業に専念し始めた。
数十分後。
「待たせ・・・・・あっ」
教授が立ち去ると同時に席を立った真琴は、待たせている海老原を思って慌てて教室を飛び出した。
だが、そこにいたのは海老原1人ではなく・・・・・。
「宇佐見さん・・・・・」
上等なスーツ姿の宇佐見は、驚いたように目を丸くする真琴を見て少しだけ表情を和らげる。
そんな宇佐見を見た教室から出てくる女生徒達は、あれは誰だという風に興味津々な視線を向けてきて、真琴はどうし
てここにという疑問よりも、ここにいてもいいのかと心配が勝ってしまった。
「あ、あの」
「海藤には話をつけた」
「え?」
いきなりそう言われた真琴は意味が分からず、その理由を訊ねるかのように海老原に視線を向ける。
海老原は面白くなさそうな顔をしていたが、それでも真琴の視線に答えるように口を開いた。
「この人が真琴さんに話があるそうで」
「俺に?」
「社長に連絡したら、俺が同席という条件で許可するそうです」
「話・・・・・」
「警察が掴んでいる情報、知りたくは無いか?」
宇佐見のその言葉に、真琴は彼がある程度の事情を把握していることを感じた。
もちろん真琴はどんな些細なことでも知りたかったし、それが海藤にとって役に立つならば尚更だ。
(嘘・・・・・じゃ、ないよね)
宇佐見はこれまで真琴に対して嘘は付いたことが無い。出会った頃は辛辣な言葉も投げつけられたことがあったが、それ
も海藤と宇佐見の事情を考えれば仕方ないことかもしれないとも思っていた。
(そういえば・・・・・海老原さんは知らないのかな)
多分、そうだろう。
もしもそのことを知っていれば、海老原の宇佐見に対する態度は全く違うはずだ。
海藤と宇佐見が異母兄弟であることは、開成会の中でもトップシークレットなのだと改めて思い、真琴は自分の発言に
気をつけなければと何度も自分に言い聞かせた。
「あの、どこに」
「外で話すことじゃないな」
「車にしましょう」
「・・・・・そうだな、その方がいいだろう」
これは譲れないというような海老原の提案に、宇佐見はゆっくりと頷いた。
海老原からの連絡を受けた後、海藤はイスから立ち上がって数歩歩き掛けた。
しかし、結局は外に行くことは無く、そのまま窓の方へと歩み寄る。
(あいつが動き出したという事は、警察内でも何らかの情報が流れたか・・・・・?)
「行かれなくてもよろしいのですか?」
電話が掛かってきた時に側にいた倉橋がそう言うが、宇佐見が真琴に何か危害を加えることはないという確信はある。
同じ血のなせる業か、宇佐見が真琴をどう思っているのか・・・・・海藤は心で感じているのだ。
「予定があるだろう」
「何とか調整しますが」
「いや、後々煩そうだ」
今日は大東組の現理事達と会わなければならない。
現時点での中間発表で、海藤の他2候補もやってくる。そんなことをすれば余計な火種を作るだけだと思うが、この選挙
を高みの見物で楽しんでいる人間は揉めれば揉めるほどいいのかもしれない。
そのうえ、多分この選挙では金が動いている。利益を膨らませたい人間は、どんな手段をとるか分からなかった。
「仮にもあいつは警察だし、真琴に何かある心配は無いだろう」
「・・・・・あの方自身はどうなんですか?」
「それこそ・・・・・あいつは無理矢理には何もしないはずだ」
海藤はそう呟いたきり口を閉ざす。
(多分・・・・・大丈夫だ)
もちろん、本心では直ぐにでも駆けつけたかったが、海藤は今は真琴を信じることしか出来なかった。
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