大力の渦流
15
大東組の関東支部に出向いた海藤は、そこに思い掛けない人物を見た。
「上杉会長」
「よお、大変そうだな、海藤」
にっと笑ったその相手は、同じ大東組系列羽生会の会長、上杉滋郎(うえすぎ じろう)だった。
思いがけずお互いの想い人が深く交流したことで、海藤からすれば上杉とはかなり親しいといってもいい間柄になってい
た。
「・・・・・選挙のことで?」
「一応、見届け人ってわけじゃないが、かり出されてんだよ、タダ働きだな」
「・・・・・そうですか」
(本来ならこの人こそ名前が挙がっても良かったんだがな)
海藤よりも年上で、この世界にも長くいて人脈も有り、実力も十分だし、見た目も威風堂々としている。
本当なら海藤よりも先に名前が挙がってもおかしくは無いのだが、どうやら上手く逃げてしまったらしい。
そんな手際のよさも見習いたいものだと海藤が思っていると、上杉はすっと海藤に顔を近づけて小声で言った。
「あの子に手を出されてるようだが」
「・・・・・」
「俺は暇だぞ」
上杉も真琴のことは良く知っている。何より上杉が溺愛している恋人苑江太朗(そのえ たろう)が懐いているのだ。
普通、太朗の周りに男がいればあまりいい気分はしないのだろうが、真琴と太朗に何かあるかなど全く考えられず、なに
より上杉自身も真琴を気に入っているのだろう。
さりげなく手を貸そうといってくれる言葉に、海藤も素直に頭を下げた。
「私も目が行き届かない時があるかもしれないので、力をお借り出来るなら助かります」
「バ〜カ、単に暇なんだよ」
「上杉会長」
「それに、俺は上手く逃げさせてもらったからな。多少負い目がある」
「・・・・・上杉会長は選挙に出る気は無いんですか?」
「まあ、将来的には分からないが、今回は藤永も出てるだろ?俺、あいつ苦手」
言葉通りに眉を顰めた上杉に、海藤は少しだけ笑う。
「あいつ、小田切に似てるだろ?性格の悪さはきっと張るぜ」
「誰が性格悪いって?」
「あー、聞こえてたか」
特に驚いた様子も無く、上杉は苦笑しながら振り向いた。
海藤もその人物・・・・・藤永の姿を見ると、頭を下げる。
「先日は色々と」
「いや」
「先日?」
あっさり受け流した藤永と、聞きとがめた上杉。
これは絶対に上杉に掴まってしまうなと、海藤は苦笑を零した。
「中間結果だ」
海藤、藤永、そして木佐貫と、今回の選挙に立っている3人を前に、古参の理事が声を張り上げた。
「総数100、内、開成会、海藤32票、清竜会、藤永25票、竹島会、木佐貫19票、白票、24、棄権無し!」
微かなざわめきが座敷の中に広がる。
(少し・・・・・多いか)
海藤はほぼ予想通りの票に表情は動かず、藤永も口元に笑みを浮かべたまま真意を読ませないような表情だ。
ただ、木佐貫だけはあからさまに悔しげな表情をしている。無理も無い、一番真面目に選挙活動をしているのは木佐貫
ぐらいだ。
「残り、6日。悔いなく戦うように」
そう言うと、中間発表の場は解散となった。
「海藤」
周りの見届け人達が立ち去ると、藤永は直ぐに海藤に話し掛けてきた。
「この間はすまなかったな。お前の可愛いイロの様子はどうだ?」
「・・・・・御心配をお掛けしまして」
「なんだ、お前ら、馴れ合ってるのか?」
そんな2人に、木佐貫が割って入った。
「藤永、海藤、お前ら手を組んで俺を潰そうとしてるのか?」
「被害妄想ですよ、木佐貫さん」
「なにぃ?」
言葉を全く選ばない藤永と、その言葉をまともに取る木佐貫は、多分元々そりが合わないのだろう。
途端に剣呑な雰囲気で木佐貫が藤永に詰め寄るが、藤永は相変わらずの飄々とした楽しんでいる顔をしたままだ。
そんな2人の間に、ハイハイと上杉が割り込んだ。
「キサさん、こんなとこで吼えてても無駄ですって」
「上杉っ!」
「ダイジョーブ、キサさんの実力はこの2人に劣ってないですよ。まだ日にちは残ってるし、余裕でいきましょう」
「・・・・・っそ」
「キサさん」
「・・・・・今度付き合え、上杉」
「喜んで」
一見、自由奔放な上杉と真面目で固い木佐貫では共通点が無いように見えるが、上杉は意外と昔堅気の人間を
好むし、木佐貫も軽そうに見えて一本心が通った上杉には一目置いているらしい。
その場は何とか怒りを抑えたように立ち去ったが、それでも藤永を一睨みするのは忘れなかった。
「八方美人だな、上杉」
せっかくの挑発をあっさりとかわされ、藤永は面白くなさそうな表情で上杉を見た。
しかし、上杉はその言葉を逆手にとって、笑いながら言い放つ。
「博愛主義と言って欲しいですね」
「・・・・・言い方か」
「事実ですって、なあ、海藤」
「ええ」
これぐらいはっきり物を言えればいいだろうなと、海藤はらしくなく上杉を羨ましく思った。
それぞれの性格があるので仕方がないが、自分もたまには上杉のように・・・・・そう思ってしまうのは、今の状況に自分が
思っている以上に参っているのかもしれない。
(・・・・・いや、まだもう少した)
こんなところで参っている場合ではなかった。
選挙期間は半分を過ぎ、今から追い込みになるだろう。ここからが一番気を張り詰めなければならない。
「・・・・・」
「なんですか?」
改めて気を引き締めた海藤の横顔をじっと見ていた藤永が、何かに気付いたように意味深長に笑った。
「お前、何か考えてるな」
「・・・・・何を、ですか?」
「・・・・・お前も、十分くえない男だよ、海藤」
藤永と上杉の2人と別れた海藤は、直ぐに事務所にいる倉橋に連絡を取った。今日は藤永も同席するので、倉橋と
綾辻は連れてこなかったのだ。
「・・・・・そうか」
倉橋は直ぐに真琴の護衛である海老原からの連絡内容を伝えてきた。
その内容は尻尾は掴んでいたが、核心は無かったものの裏付けのようなものだった。
「真琴は・・・・・分かった。俺もこのまま帰る」
海老原の報告では、真琴はきっぱりと宇佐見を拒絶したらしい。その気持ちが嬉しくて、海藤は一刻も早く真琴を抱き
締めたかった。
「会長」
「マンションへ」
「はい」
車に乗り込むと、海藤はそのままシートに身を預けて目を閉じた。
(32票か・・・・・)
総数のほぼ3分の1を既に取っている状況だ。挨拶状しか送っておらず、目立った選挙活動をしていない中ではかなりの
獲得だろう。
今から投票当日に向けて、その数はかなり変動するだろうが、海藤が新理事になる可能性は確実に50パーセントは超
えた。
「感謝しろ、海藤、俺はお前に入れてないぞ」
別れ際の上杉の言葉が耳に残る。
・・・・・考えることは色々あった。それらが全て上手くいけば、海藤の今の環境は変わらないままだ。
ただ、一方ではそれは賭けにも等しいもので・・・・・海藤は自分の意思を貫く為にも、改めて気持ちを強く持たねばと自
分に言い聞かせていた。
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