大力の渦流



23







 指定されたのは赤坂の高級料亭。
こういう場所を利用するのは、何も政治家や大企業ばかりではない。世間的にも後ろ指を指されそうな職業の人間も、
口が堅く人目のないこんな場所で話すことは多いのだ。
 相手より格下の立場の海藤は、約束の時間よりも早めに来て待っていた。
同行した倉橋は廊下で相手の到着を待っていたが、やがて人の気配がしたかと思うと襖がゆっくりと開けられた。
 「会長、檜山理事がお見えです」
 「分かった」
 約束の時間より10分ほど遅れている。
それほど焦っていないことを見せる為の計算だろうが、海藤には返ってそれが檜山の焦りを露呈させているように思えた。
 「遅れてすまなかったな」
 「いえ、お忙しい所を時間を割いて頂き、ありがとうございます」
正座をした海藤は、深々と頭を下げて挨拶をした。どのような時、場所であれ、自分よりも立場が上の人間に礼を尽く
すのは最低条件だった。
それがたとえ、腸が煮えくり返りそうな相手でも・・・・・。
 「いや、俺の方が頼んだんだしな」
海藤のその態度に多少気分を良くしたのか笑いながらそう言うと、檜山は用意されていた上座に当然のように座った。
 「先ずは一杯いくか」
 「はい」
 言葉と同時に、酒が運ばれてきた。
海藤は檜山に酌をすると、そのまま自分は手酌して、軽く杯を上げた。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 どちらも、無言だった。
檜山はチラッと目線を向けて海藤の様子を探っているが、海藤の方は檜山が何か言うまで自分から口を開こうとは思わ
なかった。
この会談を申し出てきたのは檜山で、海藤はあくまでもそれを受けた側に過ぎない。
わざわざ自分から水を差し向けてまでのことはしないつもりだった。
 「どうやら、お前に決まりだな」
 しばらくして、とうとう檜山の方が沈黙に耐えかねたように口を開いた。
その口調は海藤に対して皮肉るというよりも、情けない自分の身内に対して愚痴を零すといった感じだった。
 「お前だったらな・・・・・」
その言葉の意味を、海藤は知ろうとは思わなかった。
今更自分が檜山の身内だったらという、ありえない例え話を考えることは無いのだ。
 「・・・・・」
 檜山の姪の婿である木佐貫も、実力的には悪い男ではないと思う。仕事は真面目だと聞くし、何よりもヤクザという自
分を誇らしく思っているようだ。
しかし・・・・・それだけ、という言い方も出来るほど、あまり面白みのない男で、海藤や藤永、そして上杉などのように、暴
力から経済の方へ重点を移している者達を腑抜けと言ってあまりよくは思っていないらしい。
ヤクザが普通の会社組織になってどうするのだというのが彼の持論らしいが、海藤は別にそれでもいいのではないかと思っ
ている。
今の世の中、ヤクザ家業だけでは直ぐに行き詰るか、潰れるかだ。
それならば経済界で、ヤクザでもトップを取れるのだということを知らしめるのも面白いだろう。
 今の大東組の中で勢いがあるのは、海藤と同じような柔軟な思考を持った者達ばかりだ。木佐貫はその中から一歩
も二歩も遅れてしまっていた。
 「どうすれば下りてくれる?1本で手を打ってくれるか」
 この場合の1本とは一億だろう。海藤にとってはそれ程面白みの無い金額だった。
 「檜山理事、それぐらいはうちでは1日で動く金額よりも少ないですよ」
 「・・・・・っ」
理事をしているだけに、各組や会派の上納金の金額も大体は掴んでいるはずだ。それを思い浮かべたのか、檜山は苦
い顔をした。
海藤が金では動かないことが分かったのだろう。
 「他には」
 「私がお願いしたいことは1つです。私のものに手を出さないで頂きたい」
 「・・・・・男か」
 皮肉げに口元を歪めるのを海藤は見逃さなかった。
やはり檜山は真琴の存在を掴んでいる。
 「最近、あれの周りで物騒なことばかり続きまして」
 「そうなのか」
 「檜山理事はご存知ではないかと」
 「俺が?お前の男のことなぞ知らん」
 「・・・・・本当に?」
 「第一、イロに手を出すほど卑怯な手はとらん」
 「・・・・・倉橋」
 「はい」
 檜山の言葉を聞いた海藤は、側に控えていた倉橋を呼んだ。
倉橋は静かに2人の側に歩み寄ると、その間に大きな茶封筒を置いた。
 「・・・・・なんだ、これは」
 「お見せしろ」
倉橋は頷き、そのまま封を開けた。中には何枚もの書類と、小さなテープ、そして数枚の写真だった。
 「先ずは、私の恋人のバイト先が放火をされました。犯人は直ぐ逃走しましたが、残された種火に使われた新聞紙が
ある地方新聞のもので、それと同時に男が止まっていた車に乗り込んで逃走するのを目撃した人間もいました。埼玉ナ
ンバー・・・・・あなたの地元ですね」
 「・・・・・」
 「ナンバーから持ち主は割り出しています。あなたとの繋がりも調査済みです」
 「・・・・・」
 「次に、マンションの地下駐車場で私の部下が銃撃されました。明らかに命を狙ったわけではなく、脅しだと分かるよう
な場所を狙って。壁に残された弾から銃を割り出しています」
 「・・・・・」
 「後は、あなたの事務所を盗聴させて頂きました。実行犯は今頃沖縄でバカンスですか?」
 「!」
 「銃撃のことはもちろん警察には届けていませんが、放火の件は別です。あれは既に警察が動いていますし、警察内
部でもあの店に私の恋人がいることは知られているんですよ。ただの愉快犯や恨みではなく、ヤクザ同士の抗争も踏ま
えて捜査は進んでいるようです」
 「か、海藤」
 「日本の警察はあながちバカばかりじゃない。私達が調べたことは、いずれ警察も気付くでしょう」
 海藤は檜山が口を挟めないようにたて続けに言った。
今言った事実はほとんどは真実だが、中にはハッタリも含まれていた。
海老原を撃った銃も、種類は特定したものの、今だそれを始末せずに持っているかどうかは五分五分だった。
だが、どうやら檜山はすべての細かな報告を受けているわけではないらしく、海藤の言葉を違うと否定出来るだけの材料
を持っているわけではないらしい。
(それとも、同系の人間を売るとは思っていなかったってことか)
 同じ大東組に所属する人間で、檜山は海藤よりも上の地位にある人間だ。古い考えのままならば、涙をのんで我慢
するはず・・・・・そう思っていたのかもしれない。
 「・・・・・何が条件なんだ」
 「先程も言いました。私のものに手を出さないことです」
 「・・・・・」
 「恋人にも、部下にも、指一本触れることは許さない」
 大きな声で恫喝をしたわけではない。
しかし、心の底から低く響く声に圧倒されたのか、檜山の手にした杯がそのまま畳の上に落ちてしまう。
すると、倉橋が黙ってそれを拾い、それを再び檜山の手に持たせた。
 「・・・・・上に報告するのか」
 「あなたの失脚に興味はありません」
 「・・・・・」
 「ただ、選挙当日の私のすることに口は出さないで頂きます。よろしいですね」
 「・・・・・」
 「檜山理事」
 「わ・・・・・かった」
 「案外、話の分かる方で良かった。それと、木佐貫さんが関係ないことも分かってほっとしています。少し古い考えの方
ですが、ああいう方も組にはいて頂いた方がいいので」
 木佐貫が本当に全く何も知らなかったかどうかは・・・・・分からない。しかし、こういう風に釘を刺していれば、木佐貫も
ヘタな行動は取れないだろう。
 「それでは、私はこれで失礼します。今夜の席は私の招待という事で、心置きなく飲んでください」
言いたい事は全て伝えた。
海藤はもうこれ以上檜山には用は無いと、深く一礼した後席を立つ。
 「か、海藤っ」
何を言いたいのか、檜山は海藤を呼び止めたが、海藤の足がそこに留まることはなかった。






                                      






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