大力の渦流



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(そういうことか)
 海藤が積極的に票を集めていたわけをようやく悟り、藤永は楽しくなってしまった。
思った通り・・・・・いや、思った以上に海藤という男は頭がいい。
あのまま海藤が動かなかった場合、それぞれの投票人は自分の意思で直接投票をしなければならず、そうであっても海
藤は今ほどではないが過半数前後の票を集めていたに違いが無かった。
ただ、一票一票にそれぞれの名前が出てしまうことで、その票は絶対に動かすことが出来ないはずだった。
 しかし、今回海藤は票を集める時に委任状を付けるという形を取った。
票を投じた人間からすれば、当然自分の票は海藤に入るものと考えるだろうが、海藤からすれば委任されたその票を自
分の考えによって動かすことが出来る・・・・・つまり、海藤が票を入れる相手に、自分に委任状を預けた人間の票も入れ
ることにしたのだろう。
 中間発表時点で、海藤32票、藤永25票、木佐貫19票、白票、24。
この白票全てと、藤永に入れるはずの何人かと、自分に票を投じてくれる人間の中から選んで、とにかく過半数の票を
自由に動かせるようにした。
そうすれば例え木佐貫が自らに投じた1票しかなかったとしても、十分過半数に達する計算だ。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 永友もけして鈍い男ではない。
藤永が気付いたように、海藤の策略を読んだのだろう、苦い笑みを浮かべた。
 「海藤、そんなに上に上がるのが嫌か?」
 「いいえ。ただ、私にはまだ荷が重いと思います」
 「・・・・・」
(よく言うな、海藤)
大東組の理事ともなれば、日本中で顔が利くようになる。もちろん、無茶なことは出来ないだろうが、それでも名前だけで
十分恩恵があるはずだ。
それをきっぱりと断ち切ってしまう海藤に、藤永は自分も爽快な気持ちになるような気がした。



 「海藤の申し出は今の通りだが・・・・・依存はないか?」
 「・・・・・」
 あるはずがないだろう。
今まで、確かに何票かの委任状のやり取りはあっただろうが、50票もの大量の委任状など前代未聞だろう。
ただ、前例が無いだけに禁止されているということもないはずで、海藤はこれを狙う為に時間を惜しんで飛び回っていたの
だ。
 「・・・・・」
 見回した視線の先には檜山もいて、思いもかけない事態に驚いたように顔を硬直させている。
結果的に自分が思うようになったものの、その裏で自分が何をしたのか、海藤は全て知っているのだ。恩恵に預かるどこ
ろか弱みを握られた形になって、さぞ心中は凍える思いだろう。
 「・・・・・木佐貫、お前はいいか?」
 「わ、私は・・・・・」
 立候補するぐらい、今回の選挙に意欲を見せていた木佐貫だが、さすがにこんな展開では直ぐに頷くことは出来ないよ
うだ。
友永を見、そして海藤を見て、どうしたものかと眉を寄せている。
 海藤はもう一押しをする為に木佐貫の方を向いて言った。
 「どうか、受けてくださいませんか、木佐貫会長。あなたのような実直な方が、今の世の中必要だと思います」
 「海藤・・・・・」
 「あなたならきっといらぬ膿を出し切って組を盛り上げていただけると・・・・・信じていますよ」
 「・・・・・」
海藤の言葉の意味をどう捉えたのか。
木佐貫はもう一度友永を見て、そして無意識なのか檜山にも視線をやり・・・・・やがて深く頭を下げて言った。
 「お受けしたいと思います」
 「・・・・・分かった」
 友永は頷くと、居並ぶ面々の顔を見つめながら言い放った。
 「新理事には木佐貫を指名する!皆、木佐貫を守り立ててくれ!」
 「はい」
男達はいっせいに頭を下げると、友永の言葉に同意を示した。
これで、大東組の新理事には、一番得票が少なかったはずの竹島会の木佐貫が就任することが決定した。



 組長の友永、そして若頭、理事達と次々に退席する中、木佐貫は海藤を振り返った。
その表情はまだ硬いままだったが、今まで感じたような剣呑な空気は無くなった気がする。
 「海藤・・・・・礼は言わんぞ。俺がお前に頭を下げてして貰ったことじゃないしな」
 「当然です。これは私の一存でしたことですから。ここにいる3人の中で木佐貫会長が一番理事に相応しかった・・・・・
そういうことですよ」
 「・・・・・口が上手い」
 「不調法だとよく言われますが」
 「どこがだ」
木佐貫はようやく笑みを漏らした。
 「礼は言わんが、頭の片隅には覚えておこう。お前が懸念するようなことはしない」
 「・・・・・はい」
それは、檜山のことだろうか・・・・・しかし、海藤はその名を口に出さなかった。言わなくても、木佐貫は分かっているような
気がする。
 「じゃあな」
 「はい」
 これからは木佐貫は自分よりも上の立場になる。
海藤は丁寧に頭を下げてその後ろ姿を見送ったが、その屈んだ肩を後ろからポンと叩かれた。
 「筋書き通りか?」
 「藤永会長・・・・・」
 「まさか、あんな手を使ってくるとは思わなかったぞ、海藤。どうせなら理事になって、いらん人間をばっさり切り捨てるかと
思っていた」
 「・・・・・何のことでしょうか?」
 「さあなあ」
 藤永の思考は読みにくい。
海藤は自分のあげ足を取られないように慎重に言葉を選んで言った。
 「木佐貫会長が一番相応しいと思ったのは本当ですよ」
 「・・・・・」
 「それに、藤永さんに票を入れたとしたら・・・・・後が怖い」
 「くっ」
藤永はその言い方が気に入ったらしく、思わずといったようにふき出した。
 「俺が理事の権限で、ユウを欲しいと言ったら差し出したのか?」
 「まさか・・・・・大事な部下を人身御供にはさせられません」
 「人身御供か!ははっ、まあ、今回は美味しい思いもさせてもらったし、俺だって理事はごめんだしな。あんな堅苦しい
オヤジの集団に入るには、俺はまだまだ若いしいい男だ・・・・・違うか?」
 「いいえ、その通りです」
 「お前が無口な男だなんて誰が言ったんだろうなあ」
 「・・・・・」
 「色々楽しかったぜ、海藤。また遊んでくれ」
 「・・・・・」
 「じゃあな」
 「失礼します」
(一筋縄でいかないのは誰だろうな・・・・・)
 当初は、藤永を理事に立てようかと思っていた。
だが、彼と会うにつれ、その性格がかなり捻じ曲がっていると思い知って、ターゲットを木佐貫に変更したのだ。
(あのまま彼に票を乗せて理事にしてたら・・・・・何されるか分からないからな)
複雑な性格の藤永よりも、木佐貫の方がずっと分かりやすい。檜山への牽制の為にも、彼を据えておいて一応は無難
な結果だと思った。
 「・・・・・会長」
 広間から出て控室に戻ると、立ったままの倉橋が心配そうな視線で自分を見つめてきた。
それに力強く頷くと、普段あまり表情の変化の無い倉橋の顔に、あからさまな安堵の色が浮かぶのが見える。倉橋もか
なり今回の結果を心配していたのだろう。
 「良かったですね」
 「お前達のおかげだ」
 「私は何も・・・・・それより早く真琴さんにお知らせになられた方が・・・・・」
 「直接会って伝えるつもりだ」
 「・・・・・そうですね、その方が安心されるでしょう」
 たった二週間・・・・・それでも、自分と真琴にとってはかなり長い時間に感じていた。
特に真琴は自分の周りで色々なことが起こって精神的にも参っているはずなのに、今日もちゃんと笑いながら自分を見
送ってくれた。
その気持ちに海藤はどんなに感謝してもし足りない。
(ようやく、落ち着けるな・・・・・)
 「帰るぞ」
 「はい」
自分の居場所はここではない・・・・・海藤は強くそう感じていた。






                                      






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