大力の渦流
5.5
「お前、最近派手にやってるらしいじゃねえか」
「・・・・・誰、あんた」
「・・・・・俺を知らないのか?」
15歳・・・・・進学校に入学したばかりの綾辻は、夜の街で突然声を掛けてきた男を怪訝そうに見つめた。
まだ子供といっていい歳ながら身長は170は超え、まだ多少青臭くはあるものの彫りの深い容貌は思わず目を惹くほど
のもので、歩いているだけでも声を掛けてくる人間は多かった。
逆ナンから、モデル勧誘、ホストにならないかとも言われたが、それらに一切興味が無い綾辻は端から断っていた。
寝るのなら同世代の女よりも年上の方が気楽だし、遊ぶのも気心の知れた仲間の方がいい。
ただ、表の愛想の良さからか広く浅い付き合いはどんどん広がり、その上公言はしていないものの、綾辻の素性を知る
人間が周りに集まってくるので、自然と街では目立つ存在になっていたのだ。
そのことに特に関心が無い綾辻はまた何時もの難癖かと男を見るが、相手の目の中には何時も感じる理不尽な妬みや
媚などが一切無く、むしろ楽しそうに笑んでいるのが気になった。
「・・・・・誰?」
「藤永清巳。お前は?」
相手に聞いて自分が答えないのも変だろう。
綾辻は自分よりも少し背の高い相手を見ながら言った。
「綾辻・・・・・ユウ」
「綾辻か・・・・・それは母親の姓?」
「・・・・・」
(こいつも・・・・・?)
綾辻自身にではなく、その背後に興味があって近付いてきたのかと一瞬にして警戒心を露わにして睨むが、藤永にはそ
んな睨みなどまるで通じていないようだ。
「まあ、この街にいればまた会うだろうし、親睦はゆっくり深めようか」
「冗談」
綾辻はもう会うことも無いだろう男に素っ気無く背を向けた。
綾辻の思惑とは違い、その後も綾辻は藤永と頻繁に出会った。
偶然擦れ違うこともあれば、明らかに藤永が綾辻を捜して現われたこともある。
そのうち、綾辻にも少しずつだが藤永の正体が分かってきた。
歳は綾辻よりも3歳年上で、今年の春高校を卒業したらしい。
進学しているわけでもなく、働いているわけでもなく、それでも遊ぶ金には不自由していないようで、何時も数人のとりまき
に囲まれていた。
綾辻と同様に藤永も彼らと深い付き合いをしているわけではなさそうで、何回か会ううちに自分達の感性が似ているこ
とに気がつくと、綾辻は自分からも藤永に近付いていくようになっていた。
「え?お前のバック?有名な話だろ、知ってる」
「・・・・・やっぱり」
その日も、綾辻と藤永はそれぞれのとりまき達を撒いて、静かなスタンディングバーに来ていた。
藤永はもちろん、綾辻もとても未成年には見えないので、2人は好みの酒を口にしながらポツリポツリと話す。
不思議と綾辻は藤永とのこんな時間を楽しいと思うようになっていた。
「何だか面倒くさいんだよな」
「その考え方がガキなんだよ」
「・・・・・」
3歳の歳の差があるとはいえ、改めてガキだと言われれば面白くない。
同級生の誰よりも、いや、この夜の街の中でも、自分は成人といわれる人間達に劣るとは思わなかった。
いったい何を指して言っているのだときつい眼差しを向けると、藤永はそれだと笑いながら言った。
「もっと利口になれよ、ユウ。煩わしいものも、自分の為に利用すればいいんだ」
「・・・・・」
「お前の持ってるもん、俺だったら上手く使ってみせるぜ」
「藤永さん・・・・・」
「お前が要らないんなら、俺が貰ってやろうか?」
「・・・・・」
「・・・・・ほら。即答出来ないほどには、お前もどこかでその名前を利用してるんだよ。いいじゃん、それで。お前が生まれ
た時からある武器なんだからさ」
藤永との交流は、頻繁ではなかったが途切れることなく続いていた。
次第に藤永に気を許していった綾辻は、彼がくれたピアスをつける為に穴を開けた。
それは藤永が自らしてくれ、滲み出た血をペロッと舐め取ったりもしてくれた。
そして・・・・・2年が経った。
「何泣いてんだ?」
東京が梅雨入りしたその日、霧雨が降る夜の街で綾辻は藤永に出くわした。
いや、綾辻が当てもないまま藤永を捜して歩いていたのだ。
「・・・・・死んだ」
「ああ、新聞で見た」
「・・・・・呆気なかった」
その日、綾辻の父親が死んだ。
戸籍上は真っ白のはずの父親の欄。そこに名を残す事を拒否し、母親に未婚のまま綾辻を生ませた男は、突然の交
通事故で呆気なく死んでしまった。
本当なら・・・・・綾辻自身の手で息の根を止めたいほど恨んでいたのに・・・・・。
「もう周りが煩いんじゃないか?確か娘しかいなかっただろ?」
「・・・・・弁護士が来た。引き取りたいってさ」
「優秀な子供は、例え妾腹でも欲しいってとこか」
「殺されないだけマシかもな」
「ユウ」
卑屈な言葉を吐きそうな綾辻の肩を抱き寄せた藤永は、そのままチラッと自分の後ろにいた男達に目線を向けた。
すると、まるで心得たかのように立ち去る男達を見て、綾辻は口元を僅かに歪めて言った。
「すげえ・・・・・命令通り動くんだ・・・・・」
「あいつらが勝手にやってることだ。俺は何も言わないし何もしない。それでも残ってる奴らには好きにさせてやってるだけ
だ。お前もそうじゃないか?」
「俺は・・・・・」
「ユウ、ずっと前に俺が言ったこと覚えてるか?」
「・・・・・」
「もっと利口になれよ、ユウ。所詮最後に信じられるのは自分しかいない。その自分の為にも、何が一番か考えろ」
「・・・・・」
「東條院の名前がお前にとって必要かそうでないか、大事なのはそれだけだ」
藤永の言葉は不思議とすんなりと耳に入った。
たった今まで自分がどうなってしまうのか、どうすればいいのか分からずに混乱していた綾辻も、その何気ない口調にパチ
パチと瞬きをして・・・・・ようやく強張った肩の力が抜けるような気がした。
「ただの綾辻勇蔵になっても・・・・・あんたは傍にいるのかな」
「ユウじゃなかったのか?・・・・・ふ、勇蔵か。イカス名前だな」
学校などで知られるのではなく、綾辻が自分からフルネームを教えたのは藤永が初めてだった。
それから1ヶ月程して、綾辻はまた藤永と会った。
「お、いい顔してんじゃん。髪もいい色だし」
「そう?」
「あっちも片付いたみたいだし、また遊ぼうぜ、ユウ」
栗色に染めた髪に、耳にピアス。それは綾辻に良く似合っている。
綾辻は藤永に向かって艶やかに笑うと、軽く手を上げて挨拶した後、遠くで待っているとりまきの元へとゆっくり歩いて行っ
た。
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