大力の渦流
7
日付が変わる前に海藤はマンションに戻ってきた。
まだ慣れない部屋に寛ぐことが出来なかった真琴はずっとリビングのソファの上で足を抱えていたが、玄関の鍵を開ける気
配に慌てて立ち上がった。
「鍵は絶対に開けなくていい」
ここのマンションの鍵を持っているのは真琴と海藤と倉橋だけだ。
インターホンで来訪を告げられても、それが例え海藤や倉橋達の名前を出した顔見知りの人間としても、絶対に鍵は開
けないようにと言い含められていた。
その時はただ頷くだけだったが、今夜はそれに深い意味を感じてしまう。
(それぐらい危ないことがあるかもって・・・・・こと?)
「お帰りなさい」
真琴はそんな自分の考えを振り切るように海藤を出迎えた。
全てを話してくれると言った海藤の話をちゃんと聞くまで、余計なことは考えない方がいいと思う。
「・・・・・ただいま」
「・・・・・」
「・・・・・」
海藤は服も着替えていない真琴の姿を見て苦笑を零した。
「風呂に入ってゆっくり話そうか」
短期だけのつもりの住まいでも、海藤は出来るだけ真琴が快適に過ごせる物件を探させた。
顔が広い綾辻はあらゆるツテを使ってその要望にピッタリの物件を探し、倉橋が万全の準備をしたおかげで、快適な日
常は過ごせている・・・・・はずだ。
ただ、やはり『借り物』という意識は大きいらしく(実際は購入しているのだが)、海藤は真琴がなかなか落ち着かないの
にも気付いていた。
「・・・・・」
大人2人がゆったりと入れるほどに大きな湯船の中、何時もなら海藤の足の間に座ってその胸に頭を預けてくる真琴
は、今日は海藤の向かいに座ってじっとこちらを見つめている。
きちんと目を見て話したい・・・・・そんな気持ちがその行動に表れていた。
「今日、宇佐見と会ったそうだな」
唐突にそう言うと、真琴は一瞬途惑ったような顔をした。
しかし、直ぐにあの場所に綾辻と菱沼がいたことを思い出して報告がいったのだろうと思い直したのか、隠すこともなく素
直に頷いた。
「学校の門の所で会いました」
「何を言いにきた?」
「・・・・・」
「真琴」
「・・・・・大東組の、選挙があるって・・・・・。何か知っていたら教えて欲しいって言われました」
「そうか」
(真琴に会いにくるとは思わなかったが・・・・・)
日本でも一、二を争う規模の広域指定暴力団の大東組。その理事選のことが警察に知られているのは分かっていた
ことだった。
代替わりの時とまではいかないが、その勢力図が変わることに取り締まる側も警戒しているのだろう。
その中枢にいるのが宇佐見だが、真琴に複雑な思いを抱いているらしい異母弟がわざわざ真琴に会いに来てそのことを
告げたのには、また違った意味があるのかもしれない。
「・・・・・」
海藤は濡れた手で髪をかきあげた。
普段整えている髪が乱れて額に落ちるが、今はそんなことも気にならない。
「・・・・・真琴」
「う、うん」
「お前には全部話す。聞いてくれ」
「・・・・・」
真琴はしっかりと海藤の目を見つめ、固い表情でコクンと頷いた。
海藤の口から零れてきた話は、真琴にはあまり実感が湧くものではなかった。
1人の理事の引退と、穴埋めの為の緊急の選挙が行われること。
理事という立場と、権力のこと。
残り10日を切ったこの選挙期間、選挙の相手がどんな妨害をしてくるのか分からないこと。
その為にマンションを移り、真琴の大学やバイト先にも気付かれないように護衛を増やしたこと。
「・・・・・怖いか?」
全てを話し終えた後、海藤は静かに真琴に聞いてきた。
「・・・・・」
(怖い?・・・・・確かに、怖い、けど・・・・・)
それよりも、これまで真琴に気付かせないように動いてくれていた海藤の心遣いが嬉しかった。
確かに今回の事は海藤の裏の顔の部分の話で、普通に生活している真琴には直接係わり合いのない話であることに
は違いがない。
それでも、海藤とずっと一緒にいると誓った真琴にとってはとても重要な事だった。
(俺が、怖がらないように・・・・・全部・・・・・先回りして考えてくれてたんだ・・・・・)
「真琴」
「・・・・・怖い・・・・・です。すごく、怖いけど・・・・・俺、海藤さんと離れる方が・・・・・怖い」
「・・・・・」
「偉くなんてなって欲しくないけど・・・・・でも、それがどうしても断れないんだったら、俺、俺、その間ちゃんと海藤さんの
迷惑にならないように・・・・・なら・・・・・」
(ならないように・・・・・するから・・・・・)
「傍に・・・・・いたい・・・・・」
だから、離れてはいたくないと思った。
真琴の身を案じて、少しの間でも離れていようかと言われるのが怖かった。
「・・・・・っ」
泣いたら、それだけ海藤の負担になってしまう。真琴はギュッと目を閉じて涙が零れるのを我慢しようとした。
バシャッ
その時、湯が波立ったかと思うと、次の瞬間には真琴の身体は長い腕に攫われ、温かく大きな胸の中に閉じ込められ
ていた。
真琴の感じる不安は、海藤も感じていた不安だった。
真琴のことを思うのなら短期間でも離れていた方がいい事は分かっているのに、どうしても傍から離せないのは海藤自身
の我儘だと思っていた。
しかし、真琴もそう思ってくれていたのだ。
それが真琴の口から零れた瞬間、海藤はその愛しい存在を腕の中に閉じ込めてしまいたくなった。
「んっ」
噛み付くような口付けは、自分が飢えているせいだと思う。
しかし、真琴は嫌がりも恥ずかしいとも拒みもせずに、自分からも海藤の舌に自分の舌を絡めていった。
「・・・・・あっ、んっ」
浴室の中、舌の絡まる音と真琴の漏らす吐息が響いている。
「・・・・・」
「・・・・・っ」
密着した2人の身体。既に真琴が感じているのは分かったし、海藤自身も自分の欲情が高まっているのを自覚した。
「真琴・・・・・」
「!」
耳たぶを甘噛みしながら名前を呼ぶと、真琴は海藤にしがみ付いた腕にギュウッと力を込める。海藤の腹に当たっている
真琴の細身のペニスが更に勢いづいた。
「ここじゃのぼせる、上がろう」
「た、立てな・・・・・」
海藤は真琴が全て言う前にその身体を抱き上げると、脱衣所で軽く濡れた身体を拭ってやる。
そして、再びその身体を抱き上げ、甘い身体を貪る為に寝室へと足を向けた。
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