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「どう?」
「凄く美味しいです。まるでお店の料理みたい」
「和沙は優しいからな。でも、お世辞だとしても嬉しいな」
「そんなこと・・・・・っ」
そんなことは無いと言い返したかった和沙だが、その言葉は口の中で尻切れになってしまった。
(本当に、美味しいのに・・・・・)
ほとんど沢渡に任せきりだった夕食の支度。和沙は高そうな食器を割らないことや指を切らないようにすることで頭が一杯
で、全くといっていいほど沢渡の役に立たなかった。
それでも、沢渡は、
「和沙の切り方はセンスがいい」
「盛り方、プロ級だな」
と、手放しで褒めてくれる。
キュウリを切ることくらいは小学生でも出来ることだし、盛り方だって沢渡のアドバイスを忠実に再現しただけだった。
それでも一緒に作ったのだと言ってくれる沢渡の気持ちが嬉しかったし、少しだけ・・・・・気が引ける。
(洗い物は僕がしよう)
割らないように気を付けてすると、普通の人の二倍は時間が掛かってしまうが、それでもこんなに高そうな食器を割ってし
まう危険性は低いほどいいだろう。
「・・・・・」
「・・・・・」
テレビの音も何も無い中、2人きりの食事は静かに進む。
沢渡が話しかけてくれることに応える和沙の口数は少なかったが、それでも気まずさも退屈も感じない。この人と一緒にいる
のだという安心感が、臆病な和沙の気持ちさえも和らげていた。
自分がするからと、和沙は後片付けをかって出てくれた。
食器乾燥機があるし、そもそも2人でした方が早く片付くと思うのだが、料理の仕度をあまり手伝えなかったということをどう
やら気にしているらしい。
(俺としては、側にいてくれただけで楽しかったんだが)
それでも、せっかくの和沙の気持ちをあっさりと切り捨てたくは無いと思い、沢渡は後片付けを和沙に任せると、自分は風
呂と寝室の準備をすることにした。
広い、大人でも4、5人は入れそうな大きなバスルーム。
しかし、当然和沙は一緒に入ることを嫌がるだろうし、沢渡もまだ少し早いと思う。
「一緒の部屋にしてくれただけでも良しとするか」
この後・・・・・当然夜、和沙は自分と同じ部屋で眠ることになる。
もちろん、子供のようにただ一緒のベッドに眠るのではなく、恋人としての行為・・・・・セックスもするつもりだ。
ここまできて、何もしない方が和沙の心を傷付けてしまうだろう。
「・・・・・」
主賓室の、キングサイズのベッド。
沢渡は少し考えて、カバンの中から小さなボトルを取り出し、枕元の棚へと隠す。
和沙に出来るだけ痛みを与えないように、この先の2人の関係の為にも、それは大切な物だった。
「はあ〜」
(やっと終わった・・・・・)
2人分の食器を洗うのに30分。それが普通なのか遅いのか・・・・・多分時間が掛かった方だとは思うが、取り合えず一
枚も食器を割ることが無かったことに和沙は安堵していた。
食事の時間が遅かったせいか、時計を見上げれば午後八時半になろうとしている。
和沙はキッチンから出てリビングへ向かうと、ソファに座って新聞を読んでいた沢渡に告げた。
「あの、終わりました」
「ああ、ご苦労様」
手伝うとは言わず、全部自分に任せてくれた沢渡は、和沙の報告に笑いながら頷いてくれた。
「何かテレビでも見る?」
「え・・・・・えっと・・・・・」
(今から・・・・・どうしよう)
買い物や、夕食の支度、そして、食事の時間に後片付け。
全てやることがあってそちらに気が向いていたが、ふと全てが終わって考えればもうやることは何も無い。旅先にまで来てテレ
ビに向かう気にはなれなかったし、後は・・・・・。
(後は・・・・・?)
そこまで考えた和沙は、じわじわと頬が熱くなるのを感じた。
ようやく、今から自分達の間で何が行われるのか想像が付いたからだ。
「あ、あの・・・・・」
「・・・・・」
「あの・・・・・」
こういう場面は初めてで、和沙は自分がどういった態度を取ればいいのか分からなかった。覚悟をしてここまで来たとはいえ、
まさか自分から沢渡を誘うような言葉を言えるはずが無い。
しかし、このまま黙っていても、今度は沢渡を困らせるだけだろうとも分かっていたので、和沙はオロオロとしながらも頭の中で
様々に考え、ようやく思い付いた言葉を口にした。
「か、身体、綺麗にしてからで、いいですか?」
「・・・・・」
唖然、としてしまった。
それは呆れたというわけではなく、和沙がそんな大胆な事を言うとは思わなかったからだ。
雰囲気で、これからどうしたいのだと感じさせるつもりだっただけが、和沙はそんな沢渡の思惑以上の言葉を返してくれた。
沢渡は自分の方こそ赤くなりそうだと思いながらも、もしかして意味が分かっていないかもしれないと、少し意地悪かもしれ
ないが確かめるように言った。
「綺麗にしたら、抱いていい?」
「・・・・・っ」
「それとも、単に風呂に入って、ただ寝るだけ?」
(ちゃんと、言えるか?)
和沙は、顔だけではなく、首筋も手も、肌が見えている場所を全て赤く染めていた。色が白いので、その変化は直ぐに分
かる。
少し可哀想だったかなと思ったが、随分時間を取って答えてくれた和沙の言葉は・・・・・。
「・・・・・はい」
「和沙」
「ぼ、僕、ちゃんと、沢渡さんの・・・・・」
恋人になりたいからと、小さな声で言った和沙の腕を瞬間的に掴んだ沢渡は、そのまま強引に腕の中に抱き込むと顎を上
向かせて唇を重ねた。噛み付くような、貪るようなその口付けに、和沙の手は沢渡の胸を押し返しそうになったが・・・・・直
ぐに、まるで助けを求めるかのように背中にしがみ付いてくる。
「ふっ・・・・・んんっ」
強引に、唇を割って舌を差し入れた。
小さな口腔内を余すことなく犯し、唾液をすすり、舌を絡めた。
今まで、こんな激しい口付けをしたことはなく、きっと和沙はこれだけでも怯えているだろうが、それでも沢渡の高まった感情
は押さえが利かなくて、
「・・・・・っ」
やがて、かくっと和沙の足から力が全て抜け、立っていられなくなってしまったことに気付くまで、沢渡の口付けは解かれるこ
とは無かった。
「・・・・・悪い、急ぎ過ぎた」
長い長い、和沙にとっては永遠とも思えるような口付けが終わった時、沢渡はまだ和沙を抱きしめたままその耳元で呻く
ように言った。
普段の余裕のある沢渡とは思えないようなその声や言葉に、夢中になってしまったのは自分だけではないのだと、和沙は
目尻に溜まってしまった涙を沢渡には見せないように指先で拭った。
(嫌じゃ、無かった・・・・・)
突然ということには驚いたものの、沢渡にされる口付けを嫌だと思うことは無かった。何時も以上に激しいのも、恥ずかしさ
は感じるものの、それ以上に求められているのだという嬉しさがある。
「・・・・・風呂、入れる?」
「・・・・・はい」
話が元に戻って、頷いた和沙は沢渡の胸から離れて足を踏み出そうとした。
しかし、まだキスの余韻が残っているのか、自分の身体が自分のものでないように・・・・・足取りも心許無い。
「・・・・・嫌かもしれないが」
「え?あ!」
いきなり、沢渡に抱き上げられてしまい、和沙は瞬時に身体を硬くしてしまった。
「大丈夫、風呂の中までは入らないから」
「さ、沢渡さん!」
「らしくもなく、浮かれているんだ。馬鹿だなと思って見逃してくれ」
口元に苦笑を浮かべてそう言った沢渡は、そのまま和沙をバスルームへと連れて行ってくれる。
タオルの場所やシャワーの使い方を簡単に説明すると、約束通りに脱衣所からも出て行ってくれた。
「・・・・・」
しばらく、和沙はそのまま立っていた。
沢渡の言葉を信じないわけではないが、その気配が残らないかと全身を耳のようにしてドアの向こうの気配を探る。
そして、小さな足音が遠退き、人のいる気配も無くなって初めて大きな溜め息をつくと、和沙はノロノロと腕を上げてゆっくり
と服を脱ぎ始めた。
「・・・・・やだな」
僅かに勃ち上がってしまった下半身。沢渡のあのキスに感じてしまった証。抱き上げられた時、気付かれないかと焦ってし
まったが、大人の優しさなのか、それとも本当に気付かなかったのか、沢渡はそのことには一切触れてこなかった。
(今日・・・・・本当に、僕・・・・・)
この後、自分は本当に沢渡に抱かれるのだろうか。いまだに信じられないが、この広い別荘で、2人きり、一夜を明かすの
は確かだ。
「・・・・・」
服を脱いだ和沙は、下着姿で脱衣所の鏡に映る自分を見つめた。
色が白くて痩せていて、とても綺麗だとはいえない身体。男同士のその行為がどういったことをするのか今一ピンと来ていな
いが、この身体を見られてしまうだけでも恥ずかしい。
(沢渡さん・・・・・嫌にならないかな・・・・・)
今は好きだと言ってくれる沢渡だが、こんな貧弱な自分の身体を見て、やっぱり嫌だなと思ったりはしないだろうか。
「・・・・・大丈夫」
和沙は自分自身に言い聞かせた。
好かれている自分に、もっと自信を持たなければならない。そうでないと、自分を好きだと言ってくれる沢渡に対して申し訳
ないだろう。
「あ・・・・・早くしないと」
あまり待たせても嫌だと誤解されてしまう・・・・・そう思った和沙は残りの服を脱ぎ、なみなみと湯を溜めた風呂場の中へと
滑らないように慎重に足を踏み入れた。
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