TOKEN OF LOVE
3
『』の中は日本語です。
タクシーに乗って30分ほどで目的の旅館に着いたらしい。
「今年は暑かったから紅葉も遅いなんて・・・・・」
友春はそう言って窓から見える緑の多い景色を残念がっていたが、アレッシオはそんな友春の一喜一憂する表情こそを楽しんでい
た。
「このままでも十分美しいが」
「・・・・・そうですか?」
美しく色付く景色ももちろん見ることが出来たら目の保養だったかもしれないが、それよりもアレッシオは自分の隣に友春がいると
いうこと自体が重要なのだ。
「僕達が今日泊まるのは本館です。新館はホテルっぽい感じらしいので、ケイには離れの部屋の方が珍しいかなと思って」
「離れか」
「それぞれの部屋に露天風呂も付いてるって言ってたし、楽しみですね」
友春は純粋な意味でそう言っているのだろうが、アレッシオの耳にはまるで誘っているかのような蠱惑的な言葉に聞こえてしまい、
企むような笑みを見られないように周りの景色に視線を向けた。
周りには何もなくて一見不便そうに見えるが、この不便さを好む都会の人間は多いのだろう。それはアレッシオも同じで、ここなら
ば誰に遠慮することも無く友春の側にいられるようだと思えた。
「・・・・・」
アレッシオはチラッと今まさに車を出そうとしているタクシーの運転手を見る。
道中、必要以上の会話をしてこなかったもの静かな運転手は、バックミラー越しにアレッシオに向かって目礼をしてきた。
(やはり、な)
どうやら、この車も大東組の差し金らしい。
あのナンバーまで意図したものかどうかは分からないが、無事に自分達を送り届けてその役割を終えたタクシーは今度も静かに立
ち去っていった。
「いらっしゃいませ」
玄関をくぐると、着物を着た中年の女が出てきた。
「緋那屋(ひなや)さんの息子さんですね?」
「あ、はい、今日はお世話になります」
友春は丁寧に頭を下げた後、感心したように続けた。
「よく僕が緋那屋の息子だって・・・・・」
「お父様によく似ていらっしゃるので」
「父に?」
「ええ、お優しいお顔立ちでいらっしゃいますもの」
遠回しで父のことを褒められ、友春は嬉しいのか頬を綻ばせている。アレッシオもよく似ているなと思っていたが、他の人間にもそ
う思われているらしい。
友春のその表情にアレッシオが目を細めていると、話題は自分のことになった。
「お連れ様はお1人でよろしかったでしょうか?」
「はい。彼は日本語も堪能だし、日本の習慣も良く知っているので特別な配慮はいりませんから」
友春の言葉に頷いた女は、控えめな視線をアレッシオに向けてくる。
言葉ではそう言ってもらっても、学生の友春の認識とアレッシオは違うのではないかという配慮からかもしれないが、今回のプランは
全て友春に任せてあるアレッシオは同意を示す為に頷いた。
「トモの言う通りだ、気にしなくていい」
「分かりました。雄大(ゆうだい)」
「はい」
突然割り込んできた低い男の声。
「・・・・・」
着物を着た体格の良い若い男の出現に、アレッシオはしんなりと眉を顰めた。
「雄大」
「はい」
女将の声に姿を現したのは、濃紺の作務衣に身を包んだ若い男だった。
(男の仲居さんもいるのか)
しかし、その友春の予想はどうやら違ったらしい。
「息子の雄大です。今回の新装を機に家業を手伝ってもらうようになったんです」
「息子さん、ですか」
友春よりも年上だが、アレッシオよりは年下だろうか。何かスポーツをしていたのか体格はがっしりとしていて、精悍な容貌は好感
が持てる雰囲気だ。
「有重雄大(ありしげ ゆうだい)です」
長身の身体を折り曲げて有重は挨拶をする。
「こ、こんにちは、高塚です」
「今回のレセプションにお呼びした中では、若い男性のお客様は高塚様だけですので、私がお世話をさせていただくことになりまし
た。不得手な点はあると思いますが、どうぞよろしくお願い致します」
穏やかな物腰で、にっこりと笑みを向けられた友春は、自分も笑みを浮かべて頭を下げた。
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
仲居ではなく、若旦那自ら世話をしてもらうのはなんだか申し訳ないが、同年代の同性というのは気が楽かもしれない。
「では、こちらにどうぞ」
荷物を持ってくれた有重の後をついて行きながら、友春はロビーや廊下を見つめた。
「本館も改装したんですか?」
「ここは痛んだ所を少しだけです。こういった鄙びた雰囲気を楽しみにされているお客様も多いんですよ」
「じゃあ、改装したのは新館の方なんですか」
「あちらはかなり変えました。時間があるのなら見物にいらしても面白いかもしれませんよ」
「ケイ、後で行って見ますか?」
夕食まではまだ間があり、その間の時間つぶしには丁度いいかと思ってアレッシオを誘ったが、なぜか急激に不機嫌になったアレッ
シオはいいやと即座に否定した。
「部屋でゆっくり休もう」
「あ、はい」
(やっぱり、電車移動って疲れたのか・・・・・)
ここに来るまではアレッシオ自身とても楽しそうにしていたが、宿に着いた途端疲れがいっきに出たのかもしれない。
そもそも、今回の旅行はアレッシオのために計画したことで、彼が疲れてしまったのでは元も子もなかった。
「・・・・・」
自分だけがはしゃぎ過ぎたかもしれないと友春が口を閉ざすと、有重が目を細めて見つめてくるのを感じる。
(そ、そう言えば、僕達の関係ってどう見えるんだろう)
自分の身元は知られているだろうが、アレッシオの素性はもちろん詳しく伝えてはいない。外国の友人ということだけは言ったが、た
だの友人に自分達は見えるだろうか。
以前、まだアレッシオに対して恐怖しか感じていなかったのならばともかく、今の自分には彼への思いがある。
それを踏まえれば、自分達2人だけではないこの空間の中では、お互いの思いが洩れてしまわないようにした方がいいかもしれな
いだろう。
(・・・・・やっぱり、部屋で大人しくしていた方がいいかも)
備品の説明や、館内の説明を終え、茶を入れるまで居座った男が出て行った。
(全く、ダラダラと何時までも)
あの男は気に入らなかった。
単にビジネスで接しているとは思えないような馴れ馴れしさで友春に話しかけるあの男を、何度襟首を掴んで引き倒しそうになった
か分からない。
こういった宿には女主人がいて、世話をしてくれるのも女が多いはずだったが、まさか友春と来たこの宿にあんな息子がいるとは全
くの予想外だった。
もしも知っていたら・・・・・間違いなく、場所を変更させていただろう。
「ケイ」
「・・・・・」
少し考え込んでいたのか、アレッシオは恐る恐る声を掛けてくる友春に最初気づかなかった。
「ケイ」
「ん?どうした」
ようやく顔を上げると、明らかに友春がホッとしたように表情を緩める。その変化を見て、アレッシオは思わず口の中で舌を打った。
あの男を面白くないという思いとは別にして、友春の気持ちは嬉しいものだった。せっかく想いが通じ合ってこうして旅行をしている
今、友春にこんな表情をさせた自分を後悔した。
「トモ」
アレッシオは膝をポンポンと叩く。
「おいで」
「え・・・・・」
「トモ」
もう一度名前を呼べば、友春はぎこちなく立ち上がり、ゆっくりとアレッシオの前に歩み寄ってきた。
「ここに」
「で、でも」
自分の膝に座るように言えば、さすがに友春は躊躇ったように瞳を揺らして動かない。
誰も見ていない密室で何をしても構わないと思うのだが、そんなふうに恥じらいを忘れない友春も好ましいので、アレッシオは腕を
掴むと少し強引に手前に引いた。
「あっ」
そして、当然のように胸の中に倒れこんでくる友春の身体を抱きしめると、自分の身体ごと畳の上に横たわる。
友春の方が自分を上から覗き込む体勢に、アレッシオは笑いながらキスをと促した。
「ま、まだ明るいし・・・・・」
「キスだけだ」
「・・・・・」
「それとも、トモはもっと先まで望んでいるのか?」
「の、望んでいませんっ」
「それなら構わないだろう?さあ、トモ」
友春に親しい口を聞いたというだけで、あんな男に嫉妬してしまう自分を宥めるのは本人の役割だ。
友春はしばらく入口や窓の外を気にするように視線を彷徨わせていたが、やがてアレッシオの頬に手を添えるとチュッと重ねるだけ
のキスをしてくれる。
濃厚さは物足りなかったが、友春自身からしてくれたことが嬉しくて、アレッシオは顔を離そうとする友春の後頭部を押さえてさらに
濃厚なキスを続けた。
アレッシオの腕の中から何とか逃れた友春は、ちょっと露天風呂を見てきますといって部屋から出た。
あれ以上一緒にいたら、夕食前にそのまま抱かれそうな勢いだった。
「・・・・・だ、駄目だってっ」
友春自身、何も考えていなかったとは言わない。旅行に誘った時点で、自分にもその気があるのだということを認めないわけには
いかなかった。
それでも、この後には食事があって、まだ第三者に会わなくてはならないというのに、アレッシオに抱かれた後という顔を見られるの
は恥ずかしかった。
(レセプションにも少し顔を出さなくちゃいけないだろうし・・・・・)
そもそも、父の代理としてやってきたという手前、挨拶はきちんとしなければならないだろう。
「わあ・・・・・」
そんなことを思いながら露天風呂への扉を開けると、友春はその絶景に思わず声を上げた。
「気持ち良さそう・・・・・」
露天風呂は石で出来ていて、周りは人工的に植えられたであろう竹林で目隠しがなされている。
本館は10部屋の離れで出来ているが、その距離は少しあるので普通の会話ならば周りに聞こえることもなさそうだ。
今までも露天風呂付きの部屋に泊まったことはあるものの、風呂の大きさはここが一番大きくてとても気持ちが良いように思えた。
「ケイに先に入ってもらおう」
少し疲れていたようだし、ゆっくりと湯に浸かってもらおうと思って立ち上がりかけた友春は、
「・・・・・っ!」
いきなり腰を掴まれて思わず声を上げそうになった。
「ケ、ケイッ、服がっ」
後ろから自分を抱きしめてきたのはアレッシオだった。部屋の中にいたのは自分と彼なので、可能性を考えればアレッシオしかい
ないのだが、あまりにも突然のことに友春はしばらく身体が硬直する。
しかし、アレッシオがそのまま自分の腰を持って洗い場の中へと入って行こうとしたので、友春はようやく引きとめる言葉を口にした。
「着替えはある」
「で、でもっ、人がっ」
「鍵は掛けた」
そう言いながら、アレッシオの手は器用に友春のシャツのボタンを外し、ジーンズのベルトを外していく。
「ケイッ」
あまりにも強引に進められて行く行為にさすがに非難の声を上げると、アレッシオは一瞬手を止めて友春の視線に目を合わせてき
た。
「嫌なのか?」
「だ、だって」
「私は今すぐトモが欲しい。トモは違うのか?お前は飢えていない?」
「う、飢えてって」
さすがにそんなふうに考えたことは無い。
もちろん、アレッシオに抱かれ慣れた身体が疼く夜もあったが、飢えるほどではなかった・・・・・多分。
「ん・・・・・っ」
腹から背中に掛けて、素肌にゆっくりと手を這わせられてしまい、友春は自分の意思に反して甘い声を上げてしまった。
その反応に満足したのか、耳元で彼が笑う気配がする。
「トモ」
「ひゃっ?」
次の瞬間には項に歯を立てられた。痛みは一瞬で、直ぐに甘い疼きが襲って、友春は崩れ落ちないように手を伸ばすが、その
手は掴まれて今度は指を口に含まれる。
「・・・・・ふぁっ」
流されては駄目だと思うのに、身体はもうアレッシオの手に陥落した。情けないほどの甘い声をあげ、止めてと言いながら突き放
すことをしなかった。
(も・・・・・っ)
夕食の前、それにここは密室ではない露天風呂だ。
せめて声が漏れないようにと友春は唇を噛み締めるが、意地悪なアレッシオは開けるようにと無言のまま唇に指を這わせた。
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