TOKEN OF LOVE
7
『』の中は日本語です。
早速女将を捜そうと歩き始めた3人だが、そうすると周りを囲っていた人垣がザザッと音をたてるかのように道を空けたのに気付い
た友春は、何があったのかと不安に思ってアレッシオの顔を見上げた。
(僕がいない間、何かあったんだろうか・・・・・?)
友春が席を離れたのは5分も無かったはずだ。そんな短い間に、初対面といってもいい2人が揉めることがあるのか。
「どうした、トモ?」
友春の視線に気付いたアレッシオが視線を向けてくる。その中には優しさや熱い愛情しか見えず、友春は慌てて目を逸らしなが
ら何もと言った。
「お、女将さん、早く見付かったらいいですね」
「そうだな」
「高塚様、夕食はどうなさいますか?お部屋でとるということになっていますが、このままレセプションパーティーで召し上がっていた
だくことも出来ますし、館内の料亭でも・・・・・」
「あの」
「部屋でいい」
自分とアレッシオの会話に割り込むように友春に話しかけてきた有重の言葉を、アレッシオは考慮の余地もないというようにバッサ
リと切り捨てる。
どちらの言葉も乱暴だったり喧嘩腰ではないが、何だか友春はビクビクと怯えてしまった。
そんな友春の様子を抱きしめた手と視線で分かったアレッシオの気配が、急速に冷え切ってくるのが分かった。
これ以上、有重が側にいない方がいいと思った思った友春は後は自分達で捜すからと遠慮をしようと思ったが、
「あ」
その時、有重が声を上げた。
友春も慌てて同じ方向に視線を向けると、そこには玄関ロビーで出迎えてくれた女将がいて、様々な客に挨拶をしながらこちら
に向かってきている。
「女将っ」
有重が声を掛けると友春の存在に気付いたのか、直ぐにこちらへと向かってきてくれた。
(よ、良かった)
これでようやく部屋に戻れると、友春は安堵の息をついた。
こんな小さな旅館の息子の分際で、あからさまに自分に敵意を向けてくる男の存在が鬱陶しかった。
しかし、ここは友春の父親が懇意にしている旅館で、息子が不慮の事故で命を落とせばそれなりに心を痛めるかもしれない。
アレッシオ自身、こんな小物に気持ちを左右されているとは思わないものの、周りを煩く飛び回る虫を不愉快に思うのは仕方が
無かった。
「ありがとうございます。お父様にもよろしくお伝え下さい」
「はい」
「私の方からも、お手紙は出させていただきますね」
「そうしてもらえると、父も喜ぶと思います」
「・・・・・」
目の前で和やかに交わされている友春と女将の会話。
父親の代理として役目を果たそうと緊張している友春の姿は微笑ましかったが、側にいる男が同じような目で友春を見ているのは
面白くない。
「トモ」
もういいだろうとアレッシオが名前を呼ぶと、友春は直ぐに視線を向けてきてから女将に向かって頭を下げた。
「僕達はこれで」
「まあ、もうお戻りになられますか?」
「か、彼、今日日本に着いたばかりなので疲れていますし、今日は夕飯の会席料理も楽しみにしてたので」
とっさに出てきた理由としては優秀なものだ。女将も、若い自分達が社交の場にいるよりも自由な時間の方がのびのびと出来ると
思ったのか直ぐに頷いて、側にいた息子に視線を向けた。
「わざわざお言葉を頂きましてありがとうございました。雄大」
「分かっています、誠心誠意、お世話をさせていただきますから」
来なくてもいいという意思を込め、アレッシオはさっさと友春の腰を抱いて歩き始める。
「ケ、ケイッ」
「挨拶は済んだだろう」
自分よりも女将や有重の方が大切なのかと少しきつい眼差しを向けると、友春は開き掛けた口を閉じて小さく頷いた。
せっかくこんなふうに恋人同士になったというのに、威圧して従わせるといったことはしたくない。それでも、野放しにしていれば優しい
友春は寄ってくる虫にさえ笑顔を振りまくので、こういった時に自分の立場を分からせるしかなかった。
(早くイタリアに連れて行きたい)
離れている間に相手のことを心配することもなく、毎日屋敷に戻って友春の笑顔を向けられたい。
「トモ」
「は、はい」
「来年、大学は卒業だな」
「あ・・・・・はい」
「私が望んでいる方向に進んでいると思っていいのか?」
「ケイ・・・・・」
イタリアに来る。それを友春自身決めているのかどうか。
今自分達がイタリアと日本に離れているのは友春が大学を卒業したいと言ったからで、それが無ければとうに共に暮らしているはず
だということをちゃんと分かっているのか。
「トモ」
友春は俯き、なかなか次の言葉を口にしない。
その時間が友春の中の迷いの大きさを示すようで、アレッシオは愛しいのに責めたくなってしまった。
アレッシオの口から大学卒業後のことが聞かれるのは覚悟をしていたつもりだった。
それでも、まだ自分の中に迷いのある友春には簡単に出せる答えではなく、結果・・・・・黙っていることしか出来ない。
「・・・・・」
せっかくの旅行だというのに、部屋の中に入ってもどこか張り詰めた空気になってしまい、友春は居たたまれない思いをしていた。
「失礼致します」
その時間を破るように外から声が掛かった。
「お食事の仕度をさせていただきます」
もしかしたら有重がやってきて、さらにアレッシオの機嫌が下降するのではないかと思っていたが、夕食を運んできたのは仲居さん
達で、テーブルの上にはたちまち様々な海の幸、山の幸が並んだ。
「美味しそう・・・・・」
その色とりどりの料理に友春が思わず感嘆の声を漏らすと、それまで黙ったままだったアレッシオもようやく口を開く。
「本当に美味そうだ」
「ケイ、冷酒でいいですか?」
「トモは飲まないのか?」
「僕は料理の方が食べたいし・・・・・」
(お酒を飲んだら直ぐに酔っちゃって眠りそう)
「そうか」
素直に返事をした友春にアレッシオもようやく頬を緩めてくれた。その優しい笑顔に嬉しくなって、友春は準備をされた冷酒を小さ
なグラスに注ぐ。
アレッシオは始め味を確かめるように飲み、次にはくっと一気に飲み干した。友春なら直ぐに顔が真っ赤になりそうなのに、アレッシ
オの顔色は全く変わらない。
「美味い」
「本当に?」
「少し飲んでみるか?」
アレッシオにグラスを差し出された友春は一瞬迷ったものの、少しだけ飲んでみることにした。
「どうぞ」
小さなグラスに1センチほど注がれて、ペロッと舐めるように酒を舌に付けてみると、口当たりは甘くて全然ガツンと来ない。
「どうだ?」
「美味しいです」
思わず一口飲んでみてそう言った友春は残った分も一気に飲んでしまおうと思ったが、そのグラスを横から伸びてきた手に取られ
てしまった。
「あっ」
声を上げてしまうと、残り少なかった中身を飲み干したアレッシオがフッと目を細めて笑っている。
「今夜、トモに酔われてしまうと困るからな」
「え?」
「トモには私の飢えがおさまるまで相手をしてもらわなくては困る」
「・・・・・っ」
(しょ、食事中なのに・・・・・っ)
さすがになにを言おうとしているのかは分かって、友春は耳まで熱くなる思いがした。
夕方、露天風呂で一度抱かれたせいか、友春の中の渇きはなくなっていたが、アレッシオはあれでは足りないと言っているのだ。
くすぐったくて・・・・・怖い。好きな人に求められて嬉しいのに、これ以上自分がアレッシオの手でどんな風に乱れてしまうのか考え
ると怖くてたまらなかった。
耳元から首筋に掛けて、友春の色白の肌が鮮やかに薄赤く染まった。
それが今飲んだ酒のせいか、それとも自分の言葉に照れてしまったせいか。多分、そのどちらでもあるのだろう。
(肩の力は抜けたか)
自分の態度が友春を怯えさせたというのは分かっていたが、アレッシオは時々どうしても凶暴な気分になってしまう。
その多くは友春が自分の意に沿わない言動をとる時に限られるが、もちろんアレッシオもせっかく2人でいる時に友春の笑顔が見ら
れないのは寂しかった。
「あ、これも美味しい」
さすがに老舗の旅館の食事なので、その見た目も味も素晴らしい。どれを食べるのにも瞳を輝かせる友春を見ているだけで楽し
く、アレッシオは口当たりの良い冷酒を飲みながら食事を続けた。
(そろそろ、ワインでも頼むか)
前もって言っていないのでどれくらいの銘柄のものがあるかは分からないものの、多分標準以上のものはあると思いたい。
アレッシオは次に料理を運んできた者に頼むつもりだった。
「失礼致します」
「・・・・・」
その時、襖の向こうから掛かった声は男のものだ。
「・・・・・」
友春も箸を止めてじっと視線を向けている。それだけでも忌々しいと思っていると、ゆっくりと襖が開いてあの男・・・・・有重が顔を
見せた。
その手にあったのは、今注文をしようと思っていたワインボトルとグラスだった。
「そろそろ、ワインをご所望かと思いましたが」
「・・・・・なぜ?」
「先ほどもレセプションパーティーでロゼを注文されていたのをお聞きしまして、ワインが好きな方なのかなと」
さすが客商売だ、見るところは見ているらしい。
「今注文をしようとしていたところだった」
ワインには罪は無いので、アレッシオは中に入ってくるように促した。
有重は慣れた手付きでコルクを抜くと、ワイングラスに赤ワインを注いだ。
「・・・・・」
「いかがでしょう?」
訊ねているのに、その口調は自信たっぷりなことが分かる。
「まあまあだな」
日本のこんな旅館で出すにしては飲めるワインだ。それ以上の説明は不要だろうと、アレッシオは無言でグラスを傾けた。
有重は空いた皿を素早く片付けながら友春に話しかけてきた。
「デザートは和洋ありますが、どちらになさいますか?」
「えっと・・・・・どんなものがあるんですか?」
デザートまではまだ少し間があるが、これだけ美味しい料理を出す旅館のデザートというのにも惹かれてしまう。
アレッシオの機嫌のこともあり、有重とはあまり接触しない方がいいと思ってはいるのだが・・・・・口が勝手に開いていた。
「和は水羊羹、洋はアイスとシャーベット、あとはケーキも選べますが」
「そんなにあるんですか?」
「女性の方は、すべてを少量ずつと頼まれる方もいらっしゃいますよ」
女の人はよく食べるなと思ったものの、確かに少しずつでも全部食べたいという気持ちはよく分かる。
男なのに同じようなことを言ってもいいのだろうかとチラッとアレッシオを見ると、彼はワイングラスを手に持ったまま私はシャーベットを
頼もうと言い出した。
アレッシオがデザートの希望を言うなど珍しいと少し驚いていると、彼は友春に向かってにっこりと笑う。
「トモは他のものを選びなさい」
「・・・・・あ」
「高塚様?」
(ケイ、僕のために・・・・・)
男だからという小さなプライドのためにすべてと言いきれない友春の気持ちを分かってくれたアレッシオが、わざわざデザートの一つを
自分用にと頼んでくれたのだ。
きっと、皿がきたらそれは友春の目の前に運ばれるだろう。
「僕は、水羊羹と、アイス・・・・・」
「それと、ケーキも頼む」
「ケ、ケイッ」
「トモが食べられないのなら私が食べる」
「・・・・・はい。じゃあ、それでお願いします」
友春が有重に向き直ると、なぜか彼は複雑そうに眉間に皺を寄せていた。
どうしたのだろうと首を傾げてマジマジと見つめていると、何時の間にか隣に来ていたアレッシオがグイッと肩を抱き寄せる。
「ケイ?」
「オーダーはした、下がれ」
「・・・・・はい」
素直に出て行く有重を見送っていると、今度は耳たぶを口に含まれ、そのままピチャピチャと音をたてて舐められてしまう。
食事中に何をと抗議しようと顔を向ければそのまま唇が重なった。たった今までアレッシオが飲んでいたワインの味が、絡まる唾液
から友春の喉を通っていく気がする。
抵抗しようとしたものの、そんな僅かなアルコールで酔ってしまったのか、友春はそのままアレッシオのキスに意識を奪われて自分
からも舌を絡めていた。
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