TOKEN OF LOVE
9
『』の中は日本語です。
友春はふと肌寒さを覚えて身じろいだ。
(あ・・・・・れ?)
布団を頭の上まで被ろうとしたのに、なぜか温かいものが勝手に身体に巻きついてくる。それは無機質ではなく生きているように
少し強い力があって、友春は無意識のうちに眉を顰めてしまった。
ペットは飼っていないので、これは動物の温もりではない。
まさか、父や母が布団の中に潜り込んでくるわけもないしと考えていると、頭上から微かに笑うようなこえが聞こえてきた。
(だ、れ?)
「起きたのか、トモ」
トモ・・・・・独特な響きで自分をそう呼ぶ相手は1人しか知らない。
そこまで考えた友春は思わずパチッと目を開けてしまった。
「・・・・・ケイ?」
「気分は悪くないか?」
一つの布団の中、まるで友春の身体を抱きこむようにして一緒に眠っていたのはアレッシオだった。間近にある端整な顔に一瞬
息をのんだ友春は、どうしてこんな状態になったのか早く思い出そうと焦る。
(ゆ、夕食を食べていたことまでは覚えてるんだけど・・・・・っ)
「ケ、ケイ」
「なんだ?」
「僕・・・・・何か、変なことしました?」
恐る恐る友春が訊ねると、アレッシオはなぜか笑みを浮かべたままじっと顔を見つめてくるだけだ。
その視線がなんとも居心地が悪くて起き上がろうとするのだが、腰に回っている手だけでなく足も絡み付いているので、どうにも布
団の中から出ることは出来ないようだ。
「何もなかった」
そんな友春に、少し間を置いてアレッシオが言った。
「な、何も?」
「私達が気にするようなことは何も、だ」
本当にそうなのかと聞き返したかったが、もしもそう言って全く逆のことを言われたら心臓に悪い。
ここにいたのはアレッシオと2人だけだったし、そのアレッシオが何も無かったと言うのならばそれを信じようと、友春は湧き上がる不安
を何とか押し殺そうとした。
どうやら友春は先ほどのことを覚えていないらしい。
二時間ほど眠っていたので酔いの方は醒めたようだし、アレッシオもわざわざ自分以外の男のことを友春に知らせるつもりは毛頭
なかった。
濡れた下半身は拭ってやったし、新しい下着も穿かせてやった。あの痕跡は残っていないはずだ。
もしも、自分の痴態を有重に見られたと知ったら、友春は一体どんな顔をするだろうか。
うろたえ、羞恥に煩悶する友春を見るのは楽しいかもしれないが、有重という男のことを考えられるのは当然面白くない。
「水は?」
「あ」
喉の渇きを覚えたらしい友春が起き上がろうとするのを止め、アレッシオはシーツの中から出た。
そのまま隣の座敷に向かうと、テーブルの上にはまだ夕食の皿が残ったままだ。
「・・・・・」
美しくないその光景に眉を顰めたアレッシオは、そのまま電話に向かうと内線を掛けた。
片付けを頼むと同時に、友春が食べられなかったデザートを用意するように言うと、時間外らしく電話の向こうが困惑したような気
配になる。
それに対し、有重に聞けばいいと言い捨て、アレッシオは電話を切ってから備え付けの冷蔵庫の中からミネラルウォーターを取っ
て再びベッドを敷いている部屋へと戻った。
「ケイ」
その間友春はベッドから起き上がって、不安そうな表情を向けてくる。
「僕、もうデザートは・・・・・」
「食べたいと言っていただろう」
「で、でも、もうこんな時間だし」
「どんな時間であろうと、客が要望するのならばサービスは完璧に実行されなければならない。それが出来ないのならばそこはプロ
フェッショナルな店ではないということだ。トモ、お前は堂々としていればいい」
「ケイ・・・・・」
どんな事情があろうとも、ニーズに対応出来なければそこで終わりだ。
(まだ10時にもなっていない時間だ)
あの男がどう出るか、アレッシオは試すような気分だった。
「失礼致します」
それから15分ほどして、部屋にあの男が現れた。
「お先に片付けをさせていただきます」
アレッシオが頷くと、有重は連れて来た2人の仲居と共に素早くテーブルの上を片付けていく。
そして、綺麗になったその場所に、幾つものデザートが並べられた。
「トモ」
アレッシオが友春を呼ぶと、隣の部屋からおずおずと姿を現す。起き上がった時に自分で直したのか浴衣に乱れはなく、先ほど
有重の前で淫らに腰を揺らしていた者と同一人物にはとても思えないだろう。
「お、遅くにすみません」
「・・・・・いいえ」
友春が頭を下げる姿をじっと見つめていた有重はそう否定し、デザートの説明を始めた。
自分の我が儘で余計な手間を掛けさせたことは悪いと思っていたのだろうが、実際に彩鮮やかなデザートを前にした友春の表情
は子供のように輝いている。
「ゆっくり味わってください」
「はい」
素直に頷いた友春に笑って見せた有重は、自分に対しても客に対する冷静な表情で言った。
「こちらの片付けはいかが致しましょう」
「明日で構わない」
「・・・・・分かりました」
一礼し、座敷から出ようとした有重に、友春が声を掛ける。
「有重さん、本当にすみません」
「高塚様・・・・・」
「味わって食べさせてもらいますね」
「・・・・・ごゆっくり」
「トモ」
これ以上話すこともないだろうとアレッシオが名前を呼ぶと、友春の眼差しは直ぐに自分の方へと向けられる。
その様子を見た有重はもう一度頭を下げてから今度こそ座敷から出た。
「ケイ?」
「鍵を閉めてくる」
アレッシオが玄関先に向かうと、有重はまだそこに立っていた。何か言いたそうな眼差しを向けられたが、アレッシオはもう何も話す
ことはない。
「・・・・・あのような行為は、普通は逆効果だと思いませんか」
中にいる友春に聞こえないような声音で言う男に、アレッシオは片眉を上げた。
「私が何か行動するとは思わないんですか」
多分、それなりに自分に自信があるからこそそう言うことが出来るのだろうが、あいにく目の前の男と自分ではあまりにも格が違い
過ぎた。
「何を考えているのか分からないが、お前が行動しようとした瞬間その身はこの世に無いと思え」
「・・・・・っ」
「もちろんそれはお前だけでなく、お前の親類縁者全てに関してだ」
それだけの力を自分は持っている。普通は個人的なことに使う力ではないが、友春というアレッシオにとって命ともいえる存在の
為ならば使うのは当然だった。
「・・・・・」
「そこに突っ立っていても、お前は私に何も出来ない。早く立ち去れ、トモが待っている」
「・・・・・失礼します」
視線が合うことがないまま、有重はドアの向こうに姿を消した。
アレッシオは直ぐに鍵を閉めると、何事もなかったように足を踏み出した。
鍵を閉めに行ったアレッシオがなかなか戻ってこないのでどうしたのかと思ったが、立ち上がろうとした時に座敷の中に戻ってきた。
「無理を言ったからな、礼を言っていた」
「そうだったんですか」
こんな時間にデザートを部屋に持ってこさせるという傍若無人なことをさせたアレッシオだが、そんなふうに有重を気遣ってくれたのは
嬉しい。
「まだ食べていなかったのか?」
「ケイと一緒にと思って」
「甘いものはトモの方が得意だろう」
笑いながら言ったアレッシオが自分の隣に座ると、友春はリンゴのシャーベットをアレッシオの前に置いた。
「これならあまり甘くなくて食べれるでしょう?」
起きぬけの少しフワフワした感覚はもう消えて、友春は目の前のデザートに意識を向ける。せっかく用意してくれたのだ、全部ちゃん
と味わって食べたかった。
普段はあまり甘いものを食べないアレッシオも、シャーベットを口にして美味しいと言った。そして、スプーンにすくったそれを友春の
口元に持ってくる。
「ケイ?」
「トモも食べてみたいだろう」
もちろん、どんな味なのだろうと興味があったが、こうして食べさせてもらうのは恥ずかしい。
「えっと・・・・・」
「私しか見ていないだろう?」
・・・・・どうやら、アレッシオはこの状況を楽しんでいるようだ。友春は頬が熱くなってしまうが、長引かせる方がますます居たたまれな
いので、思い切ってパクッとスプーンのシャーベットを口にした。
「・・・・・美味しい」
冷たくて、甘くて、少し酸味もある。自然の味が口の中に広がって友春の頬が笑み崩れた。
「トモ」
「え・・・・・んっ」
名前を呼ばれて振り向いた友春は、そのままアレッシオに唇を塞がれた。
するりと口中に入ってきたアレッシオの舌も少し冷たかったが、絡み付いてくると直ぐに熱くなってくるのが分かる。
チュク
「んんっ」
口腔の隅々に舌を這わされ、唾液まですすり取られる。
ようやく解放された時、友春は身体から力が抜けてアレッシオの肩にもたれかかってしまった。
「トモの口の中も甘い」
「・・・・・え?」
「同じものでも、こうして分け合った方がいいのかもしれないな」
アレッシオが何をしようとしたのか、今の言葉で濃厚なキスの意味がようやく分かった友春は、恥ずかしくてとても顔を上げてはいら
れなかった。
抱き寄せた友春の身体が熱くなった。
今のキスでいっきに体温が上がったのかと少し笑い、アレッシオは目の前のケーキをフォークで取り分ける。
「トモ」
「ケ・・・・・イ」
「ほら」
「・・・・・」
食べ物を食べるという行為はある意味セクシャルだ。それが恋人同士ならば愛撫にも通じるのかもしれない。
引き結んでいた唇が、やがて戸惑ったように少し開かれ・・・・・そこに、アレッシオがケーキを運んだ。出来るだけなんでもないように
見せたいのだろうが、どうしても耳から首筋まで赤くなってしまうのは止められないようだ。
「どうだ?」
「お、美味しい、です」
「もっと食べたい?」
「ケ、ケーキはもう」
「では、アイスにしようか」
そう言うと、アレッシオは少し溶けかかったアイスを自分の口に含み、そのまま友春の顎を掴んで上に向かせて唇を重ねた。
自身の口中にあるアイスを友春に口移しすると、友春の舌とぶつかって怯えたように逃げられてしまう。それを強引に絡めとると、
アレッシオはそのままキスを続けた。
「ふ・・・・・んぅっ」
もう、お互いの口の中にアイスは残っていない。物足りないアレッシオは友春の唾液を飲み、しだいに快感に捕らわれていく友春
の表情を目を細めて見つめた。
「んはっ」
クチュっと音をたてて唇を離すと、友春の唇の端からつっと唾液がこぼれ落ちているのが見えた。
(勿体無い)
アレッシオは下からすくいとるようにして舌を這わせると、そのまま友春の目を見つめる。
「トモ」
「ケ・・・・・イ」
恐々名前を呼んでくる友春の身体を抱き上げたアレッシオは、隣の部屋に敷いたままのベッドの上にそっと下ろした。
「あ、あの」
「ここからは恋人の時間だろう」
昼の露天風呂でのセックスも、先ほどの友春への愛撫も、アレッシオにとってまだまだ友春を味わうにしては足りなかった。
毎日でも抱いていたい友春との数ヶ月の空白期間を埋めるために、そして、今回の短い滞在期間を充実したものにするために、
満足するまで付き合ってもらわなければ。
「少し休んだから、十分体力は回復しただろう」
「え?ケ、ケイッ」
焦る友春だが、それは羞恥ゆえと分かっている。これからこの身体を甘く蕩かせれば、直ぐに快感をくみとるはずだ。
「愛している、トモ」
囁き、唇を重ねながら、浴衣の合わせ目に手を差し入れる。とっさに閉じられた足を何度か撫でた後、アレッシオはそのまま下着
越しに友春のペニスを撫でた。
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