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『』の中はイタリア語です。





 慌しく人が行き来する。
本来の客である上杉と海藤だけではなく、江坂とアレッシオ、それにお子様達と、普通にタクシーを呼んで・・・・・というわけにはい
かないので、先ず、本人に確認し、それぞれの事務所に連絡をすることになった。
車を運転してきた小田切と綾辻、そして楢崎は、その車を運転する者も必要だ。
 「連絡は?」
 あまり待たせるわけにはいかないと、雅行は伊崎を捕まえて言う。
 「何とか連絡はつきました。やはり皆迎えを寄越されるそうです。海藤会長は倉橋さんが送られるそうなので必要ないとの事でし
たが」
 「そうか・・・・・泊まって頂いても良かったんだが、これだけ大勢だと目が行き届かないかもしれないしな」
(第一、本部の人間とイタリアからの客なんて想像外だし・・・・・)
思い掛けない江坂とアレッシオの登場は、雅行の緊張の為に元々感じていた胃痛をさらに酷くするもので、今は酔っていて何を
言っても覚えていないだろうが、明日はこの要因の楓にきつくお灸をすえなければと思う。
 「すまんな、伊崎、もう少し頑張ってくれ」
 「組長も」
雅行の気苦労を十二分に理解出来る伊崎は、もう少しだと組員に指示を出した。



 先に門に着いた車に乗り込んだのはアレッシオだった。
その腕には大切に友春を抱いている。
 「世話になった」
友春の家には江坂が連絡をした。実際に話をしたのは静で、飲み会で酔ってしまった友春を自分の家に泊めるという嘘をついて
しまった。
少し心苦しかったが、酔ってアレッシオにくっ付いていた友春の顔は穏やかで、夕方あれほど恐れていた人物と一緒にいるとはとて
も思えなかった。
(江坂さんも大丈夫だって言ってたし・・・・・)
静にとって江坂の言葉は絶対に信頼出来るものなので、多分大丈夫なのだろう。
車に運ぶ時も、ずっとアレッシオ自らが抱き、見下ろす目もとても穏やかで優しかった。江坂と付き合うようになって、男同士でも
愛し合えると分かった今では、静はアレッシオがとても友春を大切にしていることを感じた。



 「エサカ、お前は今日はもういい」
 「しかし」
 「私には国から連れてきた部下もガードもいる。お前も、ゆっくりしたいだろう」
 アレッシオはチラッと静に視線を向けてから江坂に笑みを見せた。
それは江坂が初めて見るといってもいい、とても人間らしい笑みだ。
 「エサカ」
 「はい」
 「お前を選んで正解だ」
 「・・・・・ありがとうございます」
大東組という組の名前ではなく、自分という個人をそう評価してもらい、江坂もさすがに言葉に詰まった。それでも、嬉しいと思う
気持ちは大きい。
その礼というわけではないが、江坂は早口で明日の予定を切り出した。
 「明日、昼過ぎにお伺いしますので、どうぞごゆっくり」
 「Grazie 」
艶やかな笑みを残し、アレッシオと友春を乗せた車は走り出した。



 「タロ、ほら、帰るぞ」
 「えー、まだぜーんぜん、たべたりないんだけどお〜」
 「もう結構食ったろ、腹が狸になってるぞ」
 上杉は服の上からポンッと太朗の腹を叩くと、そのまま担ぎ上げるように太朗を自分の肩の上に乗せた。
 「うげっ」
苦しそうな声が聞こえてくるが、今日のことを自分には秘密にしていた罰として無視することにした上杉は、それでも荷物のような
担ぎ方から苦しくないように背中に負ぶった形にしてやる。
 「眠いか?」
 「・・・・・くない」
 返って来る返事は間違いなく眠たそうで、上杉は思わず笑みを浮かべた。
(さて・・・・・どうするか)
酒を飲ませたのは上杉ではないが、それでもこんな風に酔った姿で家に帰せば太朗の母親の佐緒里がどんなに怒るか・・・・・想
像したくない。多分、佐緒里ならば大人の上杉が悪いと、ヘタをすればしばらく太朗と会わせてくれなくなるかもしれない。
(・・・・・それはまずいな)
それならば、電話口での小言を我慢して、このまま外泊させる方がましな気がした。
 「泊まるか?」
 「どまるー」
 「サービスしろよ」
 「しゃーびす?」
 「・・・・・」
せっかくの外泊の機会だが、どうやら今日はこのままお守だけで終わってしまいそうだ。
それも楽しいかもしれないが残念な気持ちも大きくて、上杉はとにかく明日までにはこの酔いを醒まさせなくてはと考えていた。



 楢崎はまだグズグズ泣き続ける暁生の前に座り、その顔を覗き込むようにしながら言い聞かせた。
 「俺はここにいるだろ?もう泣くのは止めろ」
 「おっ、おこ、怒ってる?」
楢崎が側にいないという不安で泣いていた暁生は、今度はそんな自分を怒っているのではないかと不安になったらしく、また新た
な涙を流しながら聞いてくる。
どう言ったらいいのかと溜め息をついた楢崎だったが、その溜め息で暁生の涙はますます止まらなくなってしまった。
 「・・・・・おい」
 「ご、ごめんなさい」
 「おいって」
 「ごめっ、ごめ・・・・・えっつ」
 「・・・・・」
これは酔いがある程度醒めるまでは何を言っても無駄だと思った楢崎は、上杉について立ち上がった小田切に向かって言った。
 「おいっ、俺はここで失礼させてもらうぞっ」
 「・・・・・」
振り向いた小田切は、楢崎と暁生を交互に見つめてにっと笑った。
 「ええ、構いませんよ。車は誰かに運転させて・・・・・ああ、彼はマンションに連れて帰りますよね?」
 「・・・・・」
 多分、深い意味で言っているわけではないだろうが、小田切の言葉は一々引っ掛かるニュアンスがある。
それでもそこを指摘して更に何か言われるのも大変なので、楢崎は顎を引いて口をつぐんだ。



 「高塚さん大丈夫かな」
 結局1人だけ酔いそびれてしまった静は、アレッシオと友春を乗せて走り去る車を見送りながら呟いた。
 「心配ですか?」
 「・・・・・大丈夫とは思うんですけど・・・・・」
2人の関係を知っているわけではないので何とも言えないが、今のアレッシオになら友春を任せても大丈夫だとは思う。
それでもなおそう呟いてしまうのはもう性格かもしれないが。
 「今日は楽しめましたか?」
 「それはすごく!こんな風に歳が近い人達と食事するのなんてあまりなかったし」
 「・・・・・」
家柄のせいか、幼い頃からパーティーなどにはよく出席をしていたが、いるのは自分よりも遥か年上の実業家達ばかりだった。
歳が近い者も全くいないわけではなかったが、それでも家の事があるのであまり砕けて話すことは出来なかった。
大学でも少し距離を置かれているような感じなので、こんな風にわいわい騒ぎながらの食事はほとんど経験したことが無いと言っ
ても良かった。
 「それに、江坂さんのことも話せたし」
 「私の?」
 驚いたことに、そこにいた全員の恋人が男だったので、自分の恋人である江坂のことを話すのにもそれほど躊躇いは無かった。
 「あなたが楽しめたのなら良かった」
 「はい」
 「それでは、そのご褒美をもらえますか?」
 「え?」
 「・・・・・」
江坂は静の耳元に唇を寄せて囁く。
その言葉にたちまちうっすらと頬を染めた静は、少し恥ずかしそうにコクンと頷いた。



 海藤は真琴を抱き上げた。
酔っているせいかその身体は何時もよりも熱い気がするが、気持ち良さそうな顔を見るとそれも時間が経てば大丈夫だろうと思え
る。
 「真琴」
 「・・・・・」
 眠ってはいないようで、名前を囁くとトロンと濡れた目を向けてくる。2人きりの時ならばそのまま唇を奪いたいくらいだが、ここはま
だ日向の家で、周りには多くの人間がいる。
(思い掛けない悪戯だったな・・・・・)
真琴としては海藤をびっくりさせたい一心だったのだろうが、そこに江坂とアレッシオという存在が加わって思いがけず話が大きくなっ
てしまった。
今日の酒宴がそれ程畏まっていないことを知っていた綾辻が手筈を整えたのだろうが(さすがに江坂とアレッシオの登場までは予
想出来ていなかっただろう)、まあ、結果的は無事に終わったというところだろう。
 「・・・・・どーさん」
 「ん?」
 「おこってる?」
 真琴の気持ちの中では黙ってここに来てしまったことはさすがに悪いと思っているらしい。
怒ることなど何も無いと、海藤はギュッと真琴を抱きしめる腕に力を込めた。
 「怒っていない」
 「・・・・・ホント?」
 「ああ。今夜は遅くなってお前の寝顔しか見れないと思っていたからな。楽しそうなお前を見ているのは俺も楽しい」
 「・・・・・」
真琴笑った。恥ずかしそうに、それ以上に嬉しそうに。
 「おれも・・・・・かいどーさん、たのしそーなの・・・・・うれしい」
 「・・・・・楽しそう?」
 「うん、たのしそー」
(・・・・・そうなのか?)
 確かに、伊崎や上杉とはもう何度も酒を酌み交わしているので、通常よりは気が緩んでいたのかもしれないが、それでも真琴
の目から見て楽しそうに見えるとは思わなかった。
 「さよなら・・・・・さみしーです」
 「また会えるだろう」
 「・・・・・あって、いい?」
 「お前の友人だ。お前が会いたいと思った時に会ったらいい」
太朗も楓も、突っ走ってしまう性格だが、真琴にとってはとてもいい友人だというのは分かるし、静も穏やかな性格は真琴と共通
している。
初めて会った友春も暁生も、多分いい友人になれるのではないだろうか。
(お前の世界が広がるのは・・・・・少し淋しい気もするがな)



 「楓さん、ほら、部屋に戻りますよ」
 「やだー!まだおふろはいってない!」
 「そんな状態で入れるわけがないでしょう。ほら、大人しくして」
 伊崎は座敷の畳の上でうつ伏せになっている楓を抱き起こした。
頬に畳の跡がついているのが微笑ましいが、笑ってばかりもいられない。とにかく先ずは風邪をひかせない様にベットに寝かせようと
抱き上げたが、楓はまだ物足りないのかバタバタと腕の中で暴れた。
 「もっとはなすんだー!」
 「皆さんお帰りですよ」
 「うそだあ!たろーとまこさん、とまらすもんね!」
 「お2人共お帰りです」
 「きょうすけ!」
 「未成年なのに酒を飲んだのが悪いんですよ」
 「そんなの、おれしらないもん!」
 多分、楓の言っていることは本当なのだろう。何らかのアクシデントがあってこんな風に酔った状態になったのだろうが、そもそも本
来はこの席に楓は挨拶に来るだけだったはずなのだ。
(勝手に嫌がって他の方達を呼んで・・・・・全く、少しも目が離せない)
小言は明日たっぷりとしようと思いながら、伊崎はむずがる楓を腕の中に閉じ込めて歩き出した。



 倉橋は海藤の後をついていこうとして、まだグラスを持っている綾辻の頭をパシッと叩いた。
 「いた〜い!」
 「何時まで飲んでるんですか」
 「だって、勿体無かったし〜」
 「社長がお帰りですよ。あなたの車を借りてもいいんですね?」
わざわざ事務所から人を呼ぶよりも、今日は一滴も飲んでいない自分が運転した方が早いだろうと思った。
幸いにここに来るのに車で来た綾辻の車があるので、当然のようにそれを借りることにしたのだ。
 「いーけど・・・・・いいの?」
 「何がです?」
 「社長とマコちゃんを送ったら、私も送ってくれないと」
 「当然送りますよ」
当たり前だと倉橋は言うが、綾辻は少し困ったように笑った。
 「それからどうするの?」
 「それから?」
 「うちに泊まる?」
 「・・・・・」
(そうだった・・・・・)
今回小田切にここまで連れて来てもらったので、倉橋は自分の足が無い。
綾辻をマンションまで送り届けた後は、また車を借りるか、タクシーを呼ぶか・・・・・選択肢が限られてしまうのだ。
 「どうする?」
倉橋の途惑いを楽しむように、綾辻は笑いながらその返答を待っていた。





                                  





酒宴はこれで終了です。

この後は各カップルのその後を後2話をかけて書いていきます。

長くなってしまいましたが、もう少しお付き合いくださいね。