『』の中はイタリア語です。





 本来、太朗の動向にもっと目を配っておかなくてはならなかったのに、江坂とアレッシオというイレギュラーな存在を自分で思って
いるよりも気にしていたのか・・・・・上杉は内心舌打ちを打ちたくなった。
(・・・・・ったく、誰だ、こいつに飲ませたのは)
酔った太朗は可愛い。普段以上に素直で、普段は全く見せないような色っぽさも垣間見せる。
しかし、それはあくまでも2人きりの時に楽しむことで、これ程の人数の前で太朗の酔った姿を見せるのは正直言って面白くは無
かった。
 「ジローさん、ちゅー」
 「おい、タロ」
 太朗はペッタリと上杉に抱きつき、そのままブチュッと上杉の頬に唇を押し付ける。
普段は絶対に人前で見せないような行動は、上杉にとっては楽しいものなのだが・・・・・。
 「・・・・・」
 上杉は目の前にいる江坂とアレッシオに視線を向けた。
今までの元気がいい子供だといった印象の太朗の変貌に、2人が驚いているのが分かった。
 「すみません」
 とりあえずといったように上杉は苦笑しながら言った。
少しも申し訳なさそうではない口調で、その手はしっかりと太朗の腰を抱いている。
 「・・・・・酔っているのか」
 「まだ子供ですしね、少しの酒でこうなるんですよ」
 「・・・・・」
江坂が不思議そうに太朗を見ている。
確か、以前の花見で太朗達が甘酒で酔ってしまった時、静だけはしっかりしていた印象が残っていた。多分、彼は酒が強い方
なのだろう。
(だから酔っ払いが珍しいのか?)
 酔った恋人の姿を見るのは楽しいのにと少し気の毒に思った上杉の面前で、太朗はさらに驚く行動を取った。
 「えーさかさんにもちゅー♪」
 「タ、タロッ?」
ぐっと身を乗り出した太朗は江坂の肩に手を置くと、何と江坂の頬にもキスしたのだ。
 「タロ!」
いや、キスというよりも、太朗はぶつけるように唇をくっ付けただけだが・・・・・。
 「へへ、うれしー?」
 「・・・・・」
 「じゃー、つぎはー、けーさんにーちゅー」
 にっと笑いながら今度はアレッシオの方に視線を向けた太朗を、上杉は反射的に抱きしめて自分の胸元に閉じ込めた。
(こいつ、キス魔だったのか?)
今までの飲み会でも太朗は酔ったことはあるし、真琴や楓にペッタリとくっ付くことはあったが、ここまで・・・・・誰彼構わずキスをし
ようとはしていなかった。
しかし、考えればそこまでになる前に、上杉が事前に止めていただけなのかもしれない。
 「・・・・・参った」
これからは酒の席では太朗から目を離せないと思った。



(・・・・・見事な酔っ払いだな)
 それまでの子供特有の言動以上に弾けた太朗の行動に、アレッシオは気分を害することは無かった。
アレッシオ自身子供の頃から酒を飲んでいて、酔ったという覚えが無いほどに酒には強い方だった。
首領になってからも、パーティーや内輪の集まりでも皆緊張しているのか酔っている人間は見たことが無い。きっと皆アレッシオに
対して酔った上で無礼なことをしないように自制しているのだろう。
だからか、こんな風な酔っ払いを見るのは新鮮な感じだった。
 「申し訳ありません」
 「いや・・・・・面白い」
 子供のすることに一々目くじらを立てるつもりは無い。
それに、太朗は今まで十分自分を楽しませてくれた存在で、酔った姿も眉を顰めるというよりは笑みを誘われるくらいだった。
 「トモ」
 アレッシオは視線を太朗から友春に移した。
 「トモ、ここに来なさい」
視線を向けたままそう言うと、友春は少し首を傾げて考えていたようだが、やがてフラフラと立ち上がってアレッシオのいる上座の
方へやってきた。
 「ここへ」
 もう一度言うと、友春は素直にアレッシオの隣に腰を下ろす。
 「・・・・・」
(こんな風に酔うのは初めてだな)
イタリアでも、友春に酒を飲ませることはあった。
頑なに自分を拒む友春の、心は無理でも身体だけでも自分を受け入れさせるように、緊張を解すというのが最大の目的だった。
 「トモ」
 「・・・・・」
 友春は目元を赤く染めたまま、真っ直ぐにアレッシオを見つめている。
見詰め合うことなどほとんど無かっただけに、アレッシオの眼差しにも熱がこもった。
 「・・・・・私の目は怖くないのか?」
 「ケイの・・・・・め?」
 「そうだ、私のこのグリーンの目だ」
 「・・・・・さいしょは、こわかった」
 「・・・・・」
 「でもー、いまは、ふしぎなかんじ・・・・・おちつくしー、どきどきもするー」
 「本当に?」
 「すきになりそうで・・・・・こわいよ・・・・・」
アレッシオはそっと友春の肩を抱き寄せてみた。
何時もはその瞬間に強張ってしまう身体が、まるで安心したかのようにコテンと身体を預けてくる。
 「トモ・・・・・」
自分の声が震えそうになるのを、アレッシオは自覚していた。



(酔ったからこそ素直になるのか・・・・・)
 前回のアレッシオの来日の折、江坂はアレッシオと友春の間にある厚い壁のようなものを感じていた。
アレッシオが友春をどんなに欲しているのかは、同じ様に静を束縛したいと思っている江坂には理解出来た。
友春の方も、アレッシオの存在自体に怯えたような感じだったが、ふとした瞬間に向ける視線の中に複雑な思いが垣間見えた
ような感じがした。
他人には見える(江坂だからかもしれないが)2人の心の動き。時間は掛かるかもしれないが、友春はきっとアレッシオを受け入
れるだろうという江坂の想像は、多分間違いではないようだ。
 「・・・・・」
 そんな2人から目を逸らし、江坂は自分の愛しい恋人の姿を捜す。
直ぐに見付ける事が出来た静は、真琴と楓、そしてもう1人の少年を一生懸命介抱している。
酒に強い静は酔うことが無いのだ。
(酔った姿も見たいんだがな)
こうして他人の恋人が酔った姿を見ると、羨ましいというか・・・・・。
 「・・・・・海藤、お前の連れじゃないか」
 しかし、そんな事を考える前に静の負担を取り除いてやらなければと、江坂は海藤を呼んだ。自分の恋人は自分で面倒を
見てやればいい。
 「失礼します」
海藤はそう言うと直ぐに立ち上がった。



 「真琴」
 「あー、かいどーさん・・・・」
 自分を見上げて笑顔になった真琴に、海藤は怒ることも出来ずに苦笑した。
楽しそうな真琴も酔った真琴も可愛いが、ここで抱きしめることが出来ないのは・・・・・海藤の性格だ。
 「大丈夫か?」
 「えー、ぜんぜん、たのしーですよー」
 「・・・・・」
 「みんなといっしょなのもーたのしーしー、かいどーさんといっしょなのもーうれしーですぅー」
ね〜と、楓と笑い合いながら言っている真琴はかなり酔ってしまっているようだ。
海藤は素早く目の前にあったグラスを持ち上げ、その匂いに眉を顰めた。
(水割りか)
甘酒はもちろん、粕漬けなど酒を使った料理でも酔ってしまうほどに弱い真琴なのだ、正真正銘の水割りを飲めばかなりキテし
まうかもしれない。
(どうする、寝かすか、連れて帰るか・・・・・)



(さて、どうしましょうかね)
 小田切はウイスキーのストレートを舐めるように飲みながら楽しげに笑った。
どうやら年少者達は酔ってしまったようで(これは小田切の仕掛けではなく偶然だったが)、これ以上飲み会を続けることは出来
ないだろう。
 「小田切さん」
 隣にいた綾辻が顔を寄せてきた。
 「何仕組んだんですか?」
 「・・・・・まさか。いくら私でも彼らの行動までコントロール出来ませんよ」
 「ホントかなあ」
(しようとすれば出来ないことはないでしょうけどね)
今日の小田切は倉橋をからかって遊ぼうと思っていたのだが、そこに子供達が加わり、そのうえ江坂とアレッシオ、そして楢崎と暁
生も加わった。
さすがにこれだけ大勢いては、小田切も制御不能だった。
 「どうします?お開きにしますか?」
 「・・・・・どうしましょうかねえ。まあ、このままこちらにお世話になるのも申し訳ないですし」
 「あの、部屋を用意しましょうか」
 そこへ伊崎がやってきた。
 「ここに来てもいいんですか?」
 「は?」
 「可愛いお姫様の確保に向かわれなくても?」
 「・・・・・それは、後ほど」
硬い伊崎の表情に小田切は口元を緩めた。
多分他の恋人達と同様、早く楓の側に行きたいのだろうが、座敷の中には雅行も他の組員達もいる。
(組の息子に手を出すのも大変ですね)
常に側にいる分自制も半端ではないだろうと気の毒に思うが、もしかしたらそれも伊崎にとっては楽しいのかも知れないとも思う。
恋人であるよりも保護者の期間が長い伊崎にとっては、楓は愛する対象であると同時に、庇護すべき子供でもあるのだろう。
(まあ、伊崎がマゾってことは当たりだろうが)
 小田切が何を考えているのか分からないだろうに、伊崎は少しだけ眉を顰めながら言葉を続けた。
 「一応、床は用意してますが」
 「床・・・・・なかなか淫靡な言葉と思いませんか、綾辻さん」
 「ふふ」
 「何を話してるんですか、あなた方は」
話に割って入ってきたのは倉橋だった。
今日はあらかじめ飲まないようにしていたらしいが、予想外の江坂とアレッシオの登場にさらに気を引き締めたらしく、今日は少し
も酔った気配はない。
綾辻が残念そうな表情をするのに、小田切はふっと笑みを零した。
 「これからどうしようかという話ですよ。



 「これからどうしようかという話ですよ」
 「・・・・・」
(本当か?)
 小田切の言葉には全て裏があるような感じで、倉橋は素直に頷くことは出来なかった。
それでも、そこを突いて返って墓穴を掘るのも避けたいし、何より本当に考えなければならないことなので、倉橋はこの面子の中
で一番誠実な伊崎を振り返った。
 「部屋をお借りすることは出来るんですか?」
 「はい。一応お泊りして頂いてもいいようにはしてあるのですが、何分古い家ですので満足して頂けるかどうかは・・・・・」
伊崎が心配しているのは江坂とアレッシオのことだろう。
倉橋もちらっと2人に視線を向けた。
 「・・・・・」
 アレッシオの腕の中には少年が1人いるし、江坂の視線も一方に向けられている。
(・・・・・不味いか?)
日向組の人間に2人のそんな姿を見せていいものか迷う倉橋は、自然と綾辻を振り返ってしまった。こういうことは自分よりも綾
辻の方が頭を働かせてくれると分かっているからだ。
 「・・・・・どうしましょうか」
綾辻は倉橋が頼ってくれたことが嬉しいのか、目を細めて笑いながら言った。
 「そろそろお開きにした方がいいかもね。私達はともかく、江坂理事と彼は護衛がしっかりしたところじゃないと」
 「そうですよね」
 「ね、小田切さん」
 「・・・・・まあ、残念ながらそうでしょうね」
何が残念なのか、倉橋は小田切に聞くのが怖かった。



 「馬鹿か、酒なんか飲んで」
 「うっ、な、ならしゃ〜ん・・・・・っ」
 ガバッと抱きついてきた暁生の背中をポンポンと叩きながら、楢崎ははあ〜と溜め息をついてしまった。
少し目を離している間に出来上がってしまった暁生は、楢崎が側にいないとずっと泣き続けていて、慌てて駆けつけると人目も
関係なく抱きついてきたのだ。
上杉と小田切だけならともかく、他の組の人間もいる中でこの姿は情けないが、とりあえずは暁生を早く宥めなければならないと
思った。
 「ほら、もう俺はここにいるんだから泣き止め」
 「うっ、うん、うん、うぇ〜」
 「・・・・・」
 「どっこもいかないでよお〜」
 「分かってる」
 「ならしゃ〜ん・・・・ぅ・・・・・」
楢崎が宥めても、暁生はなかなか泣きやまない。
今まで酒を飲ませたことは無かったのだが、まさかこうなるとは想像もしていなかった。
(泣き上戸だったのか、こいつは・・・・・)





                                  





酔ったお子様は制御不能。

飲み会もそろそろお開きになりそうです。