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『』の中はイタリア語です。
「お客様で〜す!!」
明るい声で言いながら入ってきた太朗の背後を見た友春は大きく目を見張った。
「ケイ・・・・・」
ついさっき、アレッシオの名前を聞いてから、もしかしてと思っていたことが現実に起こってしまった。
(この人達と知り合いなんだ・・・・・)
静や太朗、そして真琴と、会った時はごく普通だと思っていたが、ここに来て他の男達に会った時、なぜかアレッシオと同様の雰囲
気を感じ取ってしまった。
きっと、同じような職業だろう彼らと、なぜ静達は普通に対しているのか・・・・・。
「トモ」
怒っているのかどうかは、アレッシオのその口調だけでは分からなかった。
しかし、何度もあったメールや電話を無視してしまったのは事実なので、友春はなかなかアレッシオの方を見ることが出来ない。
会いたく・・・・・なかったのだ。
会うたびに、抱きしめてくれる腕を心地良いと思うようになった自分が、別れ際背中を見送る時に寂しいと思う自分が怖くて、友
春は出来るならアレッシオと少し距離をおきたかった。
「・・・・・」
「トモ、分かっているな」
遠いイタリアから、自分に会いに来てくれたアレッシオ。
このまま黙っていても何も変わらないと自覚している友春は、躊躇いながらも立ち上がろうとした。
その時、
「えっ?日本語話せるのっ?」
びっくりしたように叫んでアレッシオを振り返った太朗を、友春は驚いて見つめてしまった。
(ケイと一緒にいて普通に話してるなんて・・・・・凄い)
太朗が江坂とアレッシオを引き連れて座敷に戻ってきた時、さすがに一同は緊張して迎えた。
江坂が来ることは静の存在から察せられていたし、綾辻の言葉から、もしかしてそこにイタリアマフィアの中でも有数のカッサーノ家
の首領、アレッシオも来るかもしれないと思っていたが・・・・・それが現実になったのだ。
上杉や海藤は大東組がイタリアマフィアと手を結んだらしいという事実は知っており、その相手の名前も知っていたが、正直に言
えばもっと年配の人物を想像していた。
(俺より下か?)
自分とはあまり係わり合いがないだろうと、本部からの通達内容は全て小田切に確認させていたが、今になって目を通しておけば
よかったと思う。
しかし、それ以上に、なぜよりにもよって太朗が江坂とアレッシオを引き連れてきたのか、上杉は溜め息をつきかける前に太朗の
手元に視線を向けた。
「タロ、それ何だ?」
「これ?楓への差し入れ」
「・・・・・もしかして、江坂理事が持っているコンビニの袋の中身もそうなのか?」
「うん、持ってくれたんですよね?」
太朗は、今度は江坂を振り返った。
「とても俺1人じゃ持てないし、玄関まではここんちのおじさんが一緒に持ってくれたんだけど、何でか急に足が動かなくなったらし
くってさ。そしたら江坂さんが持ってくれるって言ったから。ありがとうございます」
「申し訳ありません」
「ジローさん?」
自分で礼を言ったのに、なぜ上杉が頭を下げるのかと不思議そうにしている太朗は、この世界の掟は全く知らない。
格下の者が格上の者に荷物を持たすなどとんでもない行為なのだ。
「いや、軽い物だからな」
表情を変えないままで江坂がその場に袋を下ろそうとすると、やっと我に返ったらしい日向組の組員が慌てて受け取っていた。
「・・・・・カッサーノ家の首領とご一緒に来られるとは」
「電話で想像がついていただろう」
「・・・・・どうされますか」
上杉は改めて江坂に訊ねた。
元々太朗と楓の魂胆で江坂と静は来ることになっていたらしいが、そこにイレギュラーな存在であるアレッシオと友春が加わった。
このままここで酒宴に参加するとはとても思えなかったし、帰るのならばそれなりの護衛を付けなければならないだろう。
表面上は口元に笑みを浮かべたまま、それでも頭の中では目まぐるしく考えていた上杉に、普通の口調で爆弾発言をしたのは
やはりまたこのお子様だった。
「え?2人共ご飯食べに来たんでしょ?当然一緒に食べますよね?」
「タロ」
「だって、江坂さんは元々約束してたし、高塚さんと・・・・・あ、名前まだ聞いてなかったっけ。あの、名前は?あー、俺から先に
言わなくちゃいけないか。えーと、ワターシ、タロ、ソノーエ、分かります?」
「・・・・・」
(バカ・・・・・)
たった今、アレッシオが日本語が話せるのかと驚いたばかりなのに、自己紹介の時微妙に英語っぽくなっているのが呆れてしまっ
て・・・・・笑えた。
それは上杉だけではなく他の者も同様のようで、今まで張り詰めていたような空気が一瞬にして和らいだ感じがした。
(さすが、タロだな)
どんな相手にも少しも態度が変わらない太朗が誇らしい。まあ、もう少し常識というものを教える余地はありそうだが。
(さて、どんな反応をするかな)
冷酷だと噂されているカッサーノ家の首領、アレッシオ・ケイ・カッサーノ。
自分よりも年少らしい美貌のこの男が太朗にどんな反応を示すか、上杉は観察するようにアレッシオを見た。
(・・・・・なんだ、この子供は)
友春よりも年下だとは思うが、日本人は若く見えるので実際はどうかは分からない。
それでもアレッシオの目にはどう見ても10代前半にしか見えないこの少年は、少しも怖がることなく自分に話し掛けてきた。
「チャオ!!」
イタリアでは自分の事は知られているし、幼い子でもアレッシオの持つ雰囲気のせいか、馴れ馴れしく近付いてくる者はいない。
女ならば違う目的で近付いてくる者は多いが、目の前のこの子供は間違いもなく男だ。
「ケイ・・・・・」
ようやく友春の姿を見つけて、本来ならば当たり前にその腕を掴み、自分の宿泊するホテルに連れて行くところだった。
いや、もしかしたら車の中でも待ちきれずにその身体を貪っていたかもしれない。
それなのに、純粋な目を向けて自分を見るこの子供をまるっきり無視してもいいものかどうか・・・・・アレッシオは珍しく迷ってしまっ
た。
「ターロ?」
「そう、タロ!」
「・・・・・私は、アレッシオ・ケイ・カッサーノ。カッサーノ家の首領だ」
目の前の子供・・・・・太朗が自分の事を知っているのかどうか、知った上で知らないフリをしているのか、アレッシオは見極めよう
と思って身分を名乗った。
アレッシオがフルネームを名乗るのも、こんな場所で首領と明言するのも珍しいことだった。
「日本語上手ですね〜。えっと、アラ・・・・・アレ・・・・・ケイさんって呼んでいいですか?」
ザワッと空気が揺れた。
「・・・・・なぜ?」
親しい者以外には口にすることも許さない名前だ。どんな理由でそれを選んだのかと思った。
「え?呼びやすいからですけど・・・・・駄目だったんですか?」
(そんな理由で?)
あまりにも単純明快な答えに、アレッシオも一瞬眉を顰めた。
それを怒りだと思ったのか、1人の男が太朗の腕を引いて自分の背中に隠すと、深々と頭を下げて言った。
「私は羽生会の上杉といいます。大変失礼なことを言いましたが、何分この子はあなたのことを知らない普通の高校生です。ど
うか許してやって頂けませんか」
「え?俺、悪いこと言った?」
「お前は黙ってろ」
自分が何を言ってしまったのか全く分からないような様子の太朗は、頭を下げたままの男・・・・・上杉の腕を引っ張りながら不安
そうにしている。
その様子が、なぜかイタリアで何時も見ていた友春の不安そうな表情と重なった。
「・・・・・構わない」
「え?」
「・・・・・」
「トモ、どうする?直ぐに私とここを出てもいいか?」
友春は驚いたようにアレッシオを見つめてきた。
何時もなら友春の意志は無視して、強引にでもこの場から連れ去ってもおかしくはないアレッシオのかなりの譲歩に、友春はぎこ
ちなく首を横に振って、小さな声で言った。
「もう少し・・・・・ここにいたいです」
「分かった」
友春はここから逃げることは無い。
それと同時にアレッシオはもう少しこの面白そうな生き物を見てみるかと、上杉の後ろにいる太朗に向かって言った。
「ターロ、私も参加してもいいのか?」
「組長、直ぐに席を用意します」
「・・・・・頼む」
伊崎は雅行の耳元で囁くと、素早く組員に指示をした。
(全く、楓さんは・・・・・)
今回のことは全て楓の暴走の上での結果で、まさか今日この場に大東組の幹部である江坂と、さらにイタリアマフィアとしても有
名なカッサーノ家の首領まで来るとは思わなかった。
歳の割には豪胆な雅行も、さすがに笑みが強張ってしまっているのは仕方がないだろう。
伊崎自身、ぶっつけ本番の失敗が許されないこの酒宴をどう仕切ればいいのか内心焦っていた。
「恭祐」
「楓さん」
「・・・・・なんか、ごめん」
江坂が来ることまでは計算していた楓も、そこに飛び入りの参加者が来るとは想像していなかったのだろう。
楓がアレッシオを知っているとは思えないが、空気が変わったことは敏感に感じ取っているらしく、なにかまずいことをしたと思って伊
崎に謝ってきたらしい。
それならば初めからこんな事は計画しないで欲しかったが、もう現にここには2人・・・・・いや、本来の客である上杉と海藤も含め
た4人のビップがいる。
今はとにかくこの4人を無事に接待して帰らすことが重要で、楓へのお仕置きはその後にするしかないだろう。
しかし、その前に聞いておかなければならないことがあった。
「楓さん、もう秘密はないですか?」
これ以上のサプライズはないだろうとは思うが、確認をしておきたかった。
案の定楓はブンブンと首を横に振って言った。
「もうないって!ホント!」
「・・・・・信じますよ」
「俺、ちゃんとあの4人接待するからさ、そんなに・・・・・怒るなよ」
「・・・・・」
(怒ってもすまないものなんですよ・・・・・)
洩れそうになる溜め息を何とかおし殺し、伊崎は素早く自分も動き始めた。
上座を江坂とアレッシオに譲り、海藤は上杉と共にその両隣に腰を下ろした。
正式で堅苦しい酒宴ではないので、それぞれの隣にはそれぞれの恋人がいる。
(それにしても、彼がカッサーノの愛人とはな)
それなりに整った容貌ながら、大人しく控えめな感じがする友春が、まさかイタリアを代表するようなマフィアのカッサーノ家の首領
の愛人とはさすがに想像出来なかった。
いや、そもそも真琴がここにいる事にも驚いたし、その時既に江坂を誘っていること自体驚いた。
(知らないっていうのは怖いな)
「海藤さん・・・・・」
「ん?」
「あの、大丈夫ですか?」
真琴はアレッシオの立場を知らない。
ただ、アレッシオと友春の間には何かあったのだろうという事は感じていて、気持ち的には友春寄りでそう聞いてきているのだろう。
それに答えることは2人の事情を知らない海藤には出来ないし、真琴にはアレッシオとあまり深く関わって欲しくないというのが正
直な気持ちだった。
ただ、それを説明するのもなかなか難しいので、海藤はそれを誤魔化す為に真琴の耳元に唇を寄せて言った。
「それより、お前が俺に嘘をついた件は?」
「あ・・・・・」
「今日は確か友達に会うと言ってたな。確かに友達には変わりないが・・・・・」
「ご、ごめんなさい、びっくりさせようって・・・・・」
「誰が?」
「お、俺です」
「・・・・・」
嘘がつけない真琴に、海藤は苦笑を零した。
多分太朗と楓にノセられてしまったのだろうという事は容易に想像がつくが、すまないと思っているのならば別の形で謝ってもらえば
いい。
海藤は宥めるように優しく、真琴の髪をクシャッと撫でた。
「な、なんか、場違いな感じがするんですけど・・・・・」
怖々と呟いた暁生の言葉に、
「・・・・・だな」
と、目の前にずらりと居並んだ面々を見て、楢崎もさすがに落ち着かない気分だった。
そもそも今日は久し振りの休みで、暁生とのんびり過ごそうと思っていた。
そこへ小田切からの連絡・・・・・まあ、使いぐらいはいいかと簡単に引き受けたことを今更ながら後悔してしまう。
「でも、あの太朗って子凄いですよね、全然緊張してない感じで」
「・・・・・まあ、初っ端から会長にくって掛かったらしいしな」
噂の少年は上杉の横で、少し緊張した面持ちでジュースの入ったグラスを持ち上げている。
なんと、今から太朗が乾杯の音頭を取るのだ。
本来乾杯の挨拶は招いた側か、地位の高い江坂かアレッシオがするのが普通だろう。
しかし、日向組の組長である雅行は恐れ多いと遠慮し、江坂もアレッシオも飛び入りの自分達がするのはおかしいと言い、それ
ならばと上杉か海藤が・・・・・とまで話が来た時、アレッシオが言ったのだ。
「ターロでいいんじゃないか?」
そのあまりに突拍子もない提案に、何と上杉も同意してしまった。
いわく、正式な集まりではなく、仲間内ならば構わないだろうと。
(それでも、大東組の理事や、イタリアマフィアの首領までいるんだが・・・・・)
そんな楢崎の不安をよそに、名誉ある乾杯の音頭を任された太朗は何を言おうか少し考えていたようだが、やがて考えるのを止
めてしまって大きな声で叫んだ。
「じゃあ、今日はみんなでいっぱい食べましょー!!カンパーイ!!」
何はともあれ、太朗のその宣言で、多様な面々での酒宴がようやく始まった。
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ようやく、ようやく次からが宴会(笑)。
あ、綾辻&倉橋&小田切さん、次には出てきます。