『』の中はイタリア語です。





 「お疲れ様です」
 笑いながら自分を見上げてくる静に、江坂は表面上だけではない本物の笑みを向けた。
 「すみませんでした、一緒に来られなくて」
 「西原君達と一緒だったし、それはいいんですけど・・・・・」
少し口ごもった静は、ちらっとアレッシオに視線を向けた。
 「あの、ごめんなさい、勝手に人を連れて来ちゃって・・・・・」
 「ああ、まあ、結果的には助かりましたよ」
 友春に付けているらしいガードの連絡でいずれは見付かったであろうが、静が一緒に連れて来てくれて結果的には時間短縮に
なった。
江坂としても突発的な仕事に(それも自分のミスではないのに)、静との時間を大幅に割きたくはない。
 「親しいお友達ですか?」
 「え・・・・・と、大学の中では結構話します。外で会ったことはないけど」
 「そうですか」
(本当に偶然というのは怖いな)
静と友春が同じ大学というのは知っていたが、親しく話すほどの関係だとは思ってもみなかった。
その上、今日静が来ることになっていた日向家に偶然友春も来ることになり、その日にアレッシオも来日してと・・・・・少し考えれ
ば偶然ではなく必然にさえも思える。
(それに、彼が直ぐに帰ろうと言わなかったのも意外だったが)
 たとえ友春が拒絶しても、アレッシオならば強引にでも連れ出すと思っていた。それが、彼までこの宴会に参加するというのだ。
自分の利益に全くならない集まりに参加するなど、あらかじめ調べていた彼の行動からすれば考えられないことだ。
 「・・・・・これも、あの子供の影響か・・・・・」
 「え?」
 「いいえ・・・・・せっかくだから楽しみなさい」
 「はい」
素直に頷く静に、江坂はますます笑みを深めた。



(・・・・・まさかな)
 倉橋は用意されていたワインのコルクを抜こうとした手をふと止め、視線を手元から上げて近くで笑いながら楢崎をからかってい
る小田切に向けた。
今回のこの江坂とアレッシオの登場に、小田切が一枚噛んでいるのではないかと疑ってしまったのだ。
元々悪戯好きの小田切は、気が合うらしい綾辻と共によく自分をからかってくるし、こんな風なハプニングをわざと演出したとして
もおかしくはない。
 「・・・・・」
 まさかとは思う。
思うが、こうも倉橋の予想以外のことが続くと疑いたくもなってしまった。
ただ、こうなってしまったからには出来るだけ完璧な接待をと倉橋は考えたが、英語と中国語、そして話すだけならフランス語は大
丈夫だが、イタリア語は全く出来ない。
アレッシオが日本語を流暢に操っていたことが頭の中から抜け落ちてしまった倉橋が、どう話しかけたらといいのだと頭の中で考え
続けていると、
 「克己、私が貰っていい?」
 不意に、横から綾辻が倉橋が持っていたボトルを取った。
 「彼には私が行くから」
 「・・・・・あ、綾辻さんはイタリア語大丈夫でしたね」
 「イタリア語?」
綾辻はまじまじと倉橋を見つめた後、くすっと笑いながら倉橋の耳元で囁いた。
 「イタリア男に大事な克己を口説かれたくないもの」
 「・・・・・っ」
さっと頬に赤みが差した倉橋にウインクすると、綾辻はそのままワインを持ってアレッシオの元に歩いて行く。
動揺してしまった倉橋は、その後ろ姿を見ることは出来なかった。
(こんなところで何を言ってるんだ、あの人は・・・・・っ)



 「真面目ですねえ、倉橋さんは」
 「・・・・・でしょう?」
 アレッシオにワインを注ぎに行こうとした綾辻は、その途中で小田切の言葉に足を止めた。
 「あれが克己のイイとこなんですよ」
頭が良く、次の行動の為の準備は完璧な倉橋だが、突発的な出来事に弱いところもある。
倉橋は自分自身でもそれを自覚して努力をしているが、綾辻からすればそんなものは欠点とも言えないもので、全てが機械のよ
うに完璧でない方が人間的でいいと思っていた。
 「小田切さんは今回のことにタッチしてるんですか?」
 「まさか。私も何時も何時も何かを企んでいるわけではありませんよ」
 艶やかに笑ってあっさりとそう答えるが、全てが分かっていなかったとしてもどこかしら噛んでいたのではないかと疑ってしまうのは日
頃の小田切の行いのせいだ。
自分も人の事はいえないが、小田切と比べれば可愛いものだろう。
 「とにかく、ご機嫌よく帰ってもらわないと」
 「そうですね、まあ、太朗君がいれば大丈夫でしょう」
 「ホント、磁石みたいな子ですよ。災難も笑いも所構わず引き寄せちゃう」
 「側にいたら退屈しないでしょうね。当事者にはなりたくないですが」
 「上杉会長、豪胆な人だから」
 「少しは海藤会長の真面目さも見習って欲しいんですけどね」
 綾辻は小田切と目を見合わせて笑った。
お互い相手の主のことを褒め称えるが、実際は自分の主が一番だと思っている。どんな一長一短があったとしても、自分が信じ
て付いた相手が一番だと、認め合っているからこそこんな風に話せるのだ。
 「じゃあ、また後で。私がいない間克己を苛めないでくださいよ?」
 「善処します」
小田切は頷いた。



 「あ、俺、赤身貰います!」
 太朗は日向組の組員がわざわざ上杉の目の前に運んでくれた刺身の盛り合わせに目が釘付けになって言った。
とにかくいきなり任された責任重大な乾杯の音頭も無事に済ませ、太朗は急に腹が減ったことを自覚してバクバクと料理を口に
運んでいた。
以前も来たことがあり、楓がそれとなくリクエストしてくれていたのか、料理の中には太朗の好物もたくさんあった。
 「わっ、この焼き鳥炭火焼だ!」
 「ええ、知り合いの店から持ってきてもらったんですよ」
気持ちの良い太朗の食べっぷりに、年配の組員も笑いながら説明してくれた。
 「すっごい、タレ美味しいですよ!ね、ジローさん、今度ここの焼き鳥食べに行こうよ!」
 「ん〜?」
 「ちょっと、ジローさん飲んでばかりじゃなくってこれも食べてみてって!」
 「後で食う」
 「駄目!」
 太朗と食事をしている時も、太朗の食事時間の半分は酒を飲んでいる上杉。
幾ら酒に強いとはいっても上杉の身体が心配な太朗は、強引に上杉の口に焼き鳥の串を押し付けた。



(ここで可愛くあ〜んとか言えばなあ)
 しかし、それはぜったいにありえないなと思いながら、上杉は口を開けて肉を含んだ。
確かに太朗が言うように、あまり甘ったるくないタレだし、炭火焼のいい香りもする。
 「ね?」
 「ああ」
頷いた上杉に満足した太朗は、その美味しさを皆に伝えようとするかのように立ち上がって席を回り始めた。
 「これ、美味しいですよ!」
 先ず、雅行の所に行った太朗に、上杉の頬は僅かに引き攣った。
太朗の美的感覚はなかなか独創的で、理想は父親というファザコンだ。
男らしい太い眉毛の、どちらかといえば強面の男の顔が好きらしく(べつに恋愛対象で好きという意味ではないと思う)、上杉の
顔などはカッコイイと思うけどと言ってはくれるが、そのわりには視線は素っ気無い。
だからこそ、上杉の外見ではなく、内面を好きになってくれたのだとも思えるのだが。
 そんな太朗のタイプに当てはまる日向組の組長雅行は、年齢以上に穏やかなその性格も心地良いのか、太朗は初対面から
懐いていた。
 「・・・・・」
(くっ付き過ぎだ)
 「たくさん食べてくれ」
 「はい!」
 雅行が完全に太朗を子供扱いしているからこそ笑ってもいられるが、これが少しでも妙な態度を取り出したらここにはもう来させ
ない。
ゲイではない人間でも、何時どんな切っ掛けで男を恋愛対象に見るようになるかは分からないのだ。
現に上杉自身も、太朗と出会うまでは胸も大きいスタイルが良い美女しか抱いたことはなかったのに、今では太朗以外の人間を
抱くつもりは全くない。
あの平たい胸も小さな尻も、女以上に感度が良くて・・・・・。
(おっと)
 思わず変な方向へ思考が流れかけた上杉は、
 「えっ、楢崎さんもう40過ぎてるんですかっ?ぜんっぜん見えない!」
(ナラ?)
その名前に、嫌な予感がした。
 「ありがとうございます」
 端の方に腰を下ろしている楢崎は、羽生会の中でも武闘派の厳つい男だ。
実直でありながら柔軟な思考も持ち、懐が深くて親分肌だ。下っ端からも中堅からも慕われ、上杉も小田切も信頼を置いてい
るくらいだったが、目じりの傷のせいか、一般人は一見して怖いという印象を持つだろう。
 そんな楢崎が最近年少の愛人を持ったことは知っている。20以上も離れた、それも男だ。
自分と太朗の関係がダブって、上杉も2人の事は応援しているつもりだが・・・・・。
(まずい・・・・・タロのタイプだな)



 「時々顔を合わすのに、俺直ぐジローさんの部屋に行っちゃって、あんまり話したことなかったですよね?」
 「そ、そうですね」
 暁生は緊張して頷いた。
既に高校を卒業した自分よりも太朗が年下だというのは明らかに分かるのだが、今までの強烈な言動を目の当たりにしてしまうと
尊敬の眼差しで見てしまう。
口調も自然と敬語になってしまったが、太朗はあまり気にしていないようだった。
 「アキさんは楢崎さんの部下さんなんですか?」
 「ぶ、部下なんて、俺はまだまだ・・・・・」
(ア、アキ?)
 何時の間に愛称を付けられたのか分からなくて困惑するが、太朗は暁生の途惑いに気付かずどんどん質問を続けてきた。
 「でも、楢崎さんの下で良かったですよ。ジローさんだったら何時も仕事サボってるし、我儘だし」
 「え、え?」
 「タロ、聞こえてるぞ!」
 「聞こえるように言ってるんだよ!ジローさん小田切さんに迷惑ばっかり掛けてるんだから、少し真面目に働かないと!ですよね、
小田切さん」
 「太朗君の言う通りです」
 「ほらあ」
暁生の心臓はバクバクと大きく鳴っている。
羽生会会長のことをこんな風にズケズケ言って大丈夫なのかと心配でたまらなくなるが、隣に座っている楢崎の頬には苦笑が浮
かんでいる。
(凄いな・・・・・この子・・・・・)
その影響力と度胸に(本人は全く気付いていないようだが)、暁生は年下の太朗を尊敬の眼差しで見つめた。



 「どうぞ」
 アレッシオは自分の前に料理を運んできた相手に視線を向け、僅かに目を見張った。
(完璧な容姿だな・・・・・)
友春と歳が変わらないようなその相手は、素晴らしい美貌の主だった。
国によって美醜の基準は違うだろうが、それでもこの顔はほとんどの者が美しいと言うものだろう。友春も日本風の繊細な容貌を
しているが、目の前のこの少年はもっと華やかな感じがする。
しかし、アレッシオとしては周りには気の強い美人は数多いので、かえって控えめな友春の方が際立って目に映るのだ。
 「お前は?」
 「日向組組長、日向雅行の弟です」
 「名は?」
 「・・・・・言わなくちゃいけませんか?」
 にっこりと笑って楓は言った。
 「多分、もう二度と会うことはないでしょうし、特に覚えてもらっても仕方ないと思うんですけど」
 「・・・・・」
(・・・・・面白い)
偶然にやって来たが、アレッシオにとっては別の意味で大東組との会談よりもここでの会話の方が有意義だ。
幾ら対等の立場といっても、どうしても規模が上のカッサーノ家の方に心無くおもねってくる人間よりも、これぐらいはっきりしてくれ
た方が心地良い。
 「しかし、お前はトモの友人だろう」
 「・・・・・」
 「ケ、ケイッ」
 慌てたように友春はアレッシオの言葉を遮ってきた。
 「違うのか?」
 「・・・・・」
少年はチラッと友春に視線を向けたが、直ぐに真っ直ぐアレッシオを見つめて言った。
 「家に招待するくらいですから、友人です」
 「あ・・・・・あの・・・・・」
 「日向楓といいます。今日はごゆっくりして行ってください」
 セリフのようにそう言うと、楓は友春にもう一度視線を向ける。
 「最初に嫌なことは嫌って言っておかないと後々面倒だと思うけど」
 「・・・・・」
 「じゃあ」
楓は綺麗にお辞儀をすると、そのまま席を立っていった。
残されたアレッシオはしばらくその姿勢の良い後ろ姿を見送ったが、やがて自分の隣に座っている友春に視線を向ける。
(トモ・・・・・)
きつい言葉を言われたはずなのに、友春の強張った表情はなぜか少し柔らかくなったような気がして、アレッシオはこの時間が無
駄ではないのだと感じていた。





                                  





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