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『』の中はイタリア語です。
皆始めはきちんと席に座っていたが、やがて時間が経つに連れてバラバラになってきた。
招待された側といっても自分よりも格上の相手をそのままにしておくわけにはいかないと思ったのだろう、海藤は自らも席を立って
江坂とアレッシオに酌をしに行く。
残された真琴もどうしようかと思った時、新しい料理が運ばれてきた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
まだ酒宴としては半ばにもなっていないのかも知れないが、年少者がいるせいか早めにデザートを出してくれたらしい。
「あっ、おいしそ!」
そこへ、丁度太朗が真琴の前にやってきた。
「上杉さんは?」
「雅行さんに捕まっちゃっている」
「・・・・・あ、本当だ」
上杉の目の前には雅行がビールの瓶を片手に持って座って何か話している。それは太朗が雅行と楽しげに話すことが面白くない
上杉の引き止め作戦の一環だが、真琴にそれが分かるはずがなかった。
真琴は退屈になって自分の所まで来たらしい太朗に笑いながら言った。
「先に食べていいよ」
「い、いいですって。これ、真琴さんのだし」
「じゃあ、一緒に食べようよ」
「タロ、何1人だけマコさんと楽しんでるんだよ、俺も混ぜろ」
そこへ、楓もやってきた。
一通り酌もし終え、自分の役割は終わったということらしい。
「みんな一緒に食べよーか。小早川さんっ、高塚さんもっ」
「あ、じゃあ、俺アキさん呼んでこよっと!」
真琴達6人はほとんど20歳未満で、一応酒は飲んではいけないことになっている年齢だ。
ただ、それ以上に酒が弱いということもあり、自分達の連れの飲むペースにはとても付いていけないというのが正直なところだろう。
今までの食事で、海藤や上杉、江坂と伊崎が酔った姿など見たことは無く、綾辻や小田切などはまるで普通の水のように酒を
飲む。
チラッと見ただけでもアレッシオや楢崎の表情には全く変化は無く、彼らもきっとアルコールに強いのだろうということは容易に想像
が付いた。
(ヤクザさんってみんなお酒に強いのかな)
部屋の片隅に、円形になって座る。
まるで学校の集まりのような感じだなと友春は思った。
「来てどうでした?」
静が笑いながら訊ねてきた時も、友春は素直に頷く事が出来た。
「呼んでもらって良かった」
思い掛けない場所でアレッシオと再会するという驚きはあったものの、2人きりで会うのと大勢の人間が一緒なのとではまるで違
う。
本来なら友春の電話への無視に、アレッシオがかなり怒っていても仕方がないと想像していた。しかし、そのアレッシオの怒りを上
手く散らせてくれたのが太朗だ。
多分、本人は無意識なのだろうが、少しも臆することなく自分に話し掛けてきた太朗を、アレッシオが気に入ったようなのは友春
にも感じられた。
いや、太朗だけではない。
(この子も、はっきり物を言ってた・・・・・)
友春は目の前にいる楓に視線を向けた。
こんなにも綺麗な人間を友春は初めて見た。この家に来て楓に初めて会った時は、文字通り目を丸くしてしまったくらいだ。
大学でよく会う静を、物静かな美人だなとは思っていた。
今日車の中で初めて挨拶した真琴も太朗も、可愛くて元気だなと思った。
しかし、楓はレベルが違う。本当に、完璧なのだ。
(それに、ケイにあれだけはっきり物が言えるなんて凄い)
あれだけの美貌で、はっきりとした意思を持っていて、本来ならば近付きがたい存在のはずの楓だが、真琴も太朗もごく普通に
接しているし、楓もそれを楽しんでいるのが良く分かる。
「あ・・・・・」
(普通って言うのが凄いんだ)
友春は初対面の時のこともあってか、どうしてもアレッシオに対して身構えてしまう。アレッシオがマフィアの一番偉い人間だとい
う事実もそれに拍車をかけていた。
だが、彼達は違う。多分、ここにいる男達はアレッシオと同じ様な世界にいる人間なのだろうが、そんな相手に対しても自分以外
の5人は普通に接しているのだ。
「・・・・・羨ましいな」
「え?」
「あ、ううん」
振り向いた静に、友春は何でもないと首を振る。
自分が彼らのように変われるのかどうか全く自信は無かったが、それでも羨ましいと思うだけ今までとは違う自分がいるような気が
した。
(う・・・・・キンチョーする)
「あっちでみんなでデザート食べませんか?」
まるで遊びに誘いに来る子供のように元気良くやってきた太朗に、暁生はどうしていいのか分からなくて隣の楢崎を振り返ろうと
した。
しかし、そこに頼りになる楢崎の姿は無い。
(あ、そっか・・・・・)
身分が上の人間が多くいる中で自分が座ってはいられないと、楢崎も率先して席を回っていたのだ。
「美味い物ばかりだから、遠慮なくご馳走になれ」
そうは言われたものの、初めての場所でそんなにガツガツ食事が出来るはずも無く、どうしようかと視線を彷徨わせている所に太
朗がやってきた。
「い、いいんですか?」
「もっちろん!」
1人で座っているのも心細かった暁生は、太朗の声に勇気付けられて席を立つ。
向かった先には眩しいほどの綺麗な容貌の面々がいた。
「お、お邪魔します」
「邪魔なんかじゃないよ」
ニコニコ笑ってそう言ったのは・・・・・。
「あれは、開成会会長の愛人だ。うちの会長とも親交があるから覚えておいた方がいい」
(えっと、西原・・・・・真琴さん、だっけ)
どう言葉を繕っても、他の3人ほどの美貌の主ではなかったが、全体的にほのぼのした温かい雰囲気を持っていて、目じりのホク
ロが妙に色っぽい青年だ。
「あ、座って」
ずらりと座った6人の前には、様々なデザートが並んでいる。
「凄いじゃん、楓!俺、酒の肴ばっかりかと思って、コンビニでいっぱいお菓子買ってきたのに」
「あ、それであれだけ買ってたんだ。俺、てっきり太朗君1人で食べるのかと思ってた」
クスクス笑っているのは、確か小早川静と言ったか。
「いくら俺だって、あんなにも1人で食べれないよ!」
ムッと口を尖らせる太朗に、みんながいっせいに笑う。
それにつられる様に、暁生も自然と笑っていた。
自分がそれだけ食い意地が張ってると思われるのは心外だと太朗は唇を尖らせたが、それも並んでいる色鮮やかなゼリーや果
物、そしてケーキに視線が向くとふにゃっと笑み崩れた。
「特別に用意したんだ、みんな食べると思って」
「サンキュー!」
早速といったように、太朗は一つのグラスを手に取った。
それは黄色と碧の二層になっているゼリーだ。上にはたっぷりの生クリームものっている。
「いっただっきまーす!」
豪快にスプーンでそれをすくった太朗は、それを口に含んで・・・・・直ぐに満面の笑顔になった。
「おいしー!!これ、おいしー!甘くって、酸っぱくって、さいこー!!」
「ホント?じゃあ、俺も」
「俺達も食べましょうよ」
次々に伸ばされていく手がグラスを取り、既に太朗が完食してしまったゼリーを口にする。
「あ、おいしー」
「ホントだ」
「美味しいですね〜」
「・・・・・これ、梅酒使ったんじゃないかな」
ふと、静が呟くように言ったが、その言葉は他の4人には聞こえないほど小さなものだった。
年少者が固まって甘い物を頬張っている時、年長者の男達も自然と近くに集まっていた。
元々堅苦しい席を好まない上杉が、わざと行儀が悪く江坂とアレッシオの前で胡坐をかいて座り込んだのだ。
江坂もアレッシオもそんな事に目くじらをたてることはなく、黙々と酒を口にしている。上杉が差し入れした酒はかなり上等なもの
ばかりで、誰の手も止まることはなかった。
「お前はエサカの部下なのか?」
アレッシオが不意に上杉に聞いた。
「直接ではないですが・・・・・まあ、同じ組織の、俺は下っ端ですから」
とぼけたようなその返答に、江坂の口元が笑む。
「よく言う」
「・・・・・」
「お前が下っ端なら、ゴロゴロいるお前以下の人間は何なんだ」
「さあ、何でしょうか」
上杉と江坂の掛け合いを見ながら、アレッシオはこんな上下関係もあるのだと感心していた。
アレッシオが首領として立っているカッサーノ家では首領の言葉は絶対で、後の者は盲目的にその命に従うし、従うように仕向け
ている。
しかし、上杉と江坂の関係は、上杉が江坂を立てているのは感じるものの、それで上杉がへつらっているとは・・・・・とても見えな
い。
(・・・・・ここにいる者達は・・・・・)
上杉だけではない。
他の人間も、アレッシオや江坂に対して過度な遠慮ではなく、節度を持って対している。それが妙に心地いい感じがした。
「お前が羨ましいな、エサカ」
アレッシオが何を指してそう言ったのか、江坂は全てを承知しているかのようにうっすらと笑みを浮かべた。
「舵を取るのは大変ですがね」
「・・・・・」
その言葉にアレッシオが苦笑を零しかけた時、
「みろり〜!!」
いきなり、大きな声が座敷の中に響いた。
「ね〜、その目きれ〜だよね〜」
「・・・・・」
「タロっ?」
「ターロ?」
トコトコと・・・・・いや、足取り的にはフラフラと、アレッシオの興味を引いた太朗が近付いてきたかと思うと、ペッタリと上杉の隣に腰
を下ろした。
「・・・・・タロ、お前、酒飲んだか?」
「のみませ〜ん!みせーねんがのんじゃだめなんだよー」
ヘラヘラ笑ってバシバシと上杉の腕を叩いた太朗は、目の前に座っているアレッシオの面前にぐっと身を乗り出した。
「おれ、みろりのめ、はじめてみたー。きれーだよねー?ねー、ともふぁるさーん」
「ふふ、うん、きれーだよー、ケイのめ・・・・・きれーなふかーいうみのいろー」
「トモ?」
今まで聴いたことが無い友春の言葉に視線を向けたアレッシオは、そこに酔っ払いの子供達の姿を見つけた。
「に、西原君っ、日向君っ」
(ど、どうしよう・・・・・)
美味しいゼリーだった。
静は一口食べてその味が梅酒だということに気が付いたが、他の5人はそれとは全く分からなかったらしい。
元々、今回の酒宴は大人達だけのはずだったので、楓にデザートを用意しておくように言われた組員も大人用のものを揃えてい
たのだ。
完食してから静からそれを聞くと、皆慌てたようにどうしようかと言い出したが、デザートで使っているくらいなので大丈夫かと、大勢
でいる楽しさの方を重視して他の果物などに手を伸ばしていた。
しかし、しばらくするとそれぞれの口数が少なくなり、顔も赤くなってくる。
少し酔いが回ってきたのかと思った静は、ふと目に付いた座敷の隅にあったグラス入りのウーロン茶を持ってきた。
いっせいにそれを手に取った一同につられるように、静もホッとしてそれを飲んだのだが・・・・・。
「あ・・・・・お酒だ」
どうやら組員が作り置きをしたらしい水割りをウーロン茶だと間違えてしまったらしい。
静は直ぐにそれを知らせようとしたが、既に遅かったようだった。
「だ、大丈夫?」
「ん〜・・・・・」
「に、西原君?」
「うひゃひゃ、しーさんがふらり〜」
「太朗君?」
「アロ、うるさい!」
「日向君・・・・・」
「ナ、ナラしゃん・・・・・いらい・・・・・」
全く花見の時と同じ状況で、静以外の友春と暁生を含めた5人は一瞬のうちに酒にのまれてしまったらしい。
とにかくそれぞれの連れに言わなくてはと視線を逸らせた隙にフラフラと立ち上がった太朗は、こともあろうか上座の方へ歩いていく
と大声で叫んだのだ。
「みろり〜!!」
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一気に酔っちゃいました(笑)。
次回もお子様達の暴走は続きます。