− 1月2日 −



 午後4時。
海藤と真琴、そして倉橋と、話を聞いて面白がった綾辻という一行4人が、指定された高級居酒屋に着いた。
なぜ高級居酒屋になったのかといえば、今回の主催者である上杉の意向というよりは、その上杉に多大な影響を与える
太朗の意見だった。

 「高いもんは味分かんないよ。お寿司もそんなに食べられないし焼肉だって・・・・・俺、色んなのが食べれる店がいいな
あ。あ、居酒屋とか」

 そんな太朗の意見を最大限受け入れ、しかし、普通の居酒屋では上杉の立場もないので、『高級』という冠がつく店
になった・・・・・、そんな裏事情を海藤達が知る由もなく、ただ、真琴は気を遣わないでいいような居酒屋での新年会に
ホッとしたようだった。
 「あ」
 4人が店に入ろうとした時、丁度別の車が店の前に止まった。
中から降りてきたのは楓と伊崎だった。
 「あっ、楓君!」
 「あ、うん、こんにちは」
 さすがに真琴に対しては素直に口を開いた楓だったが、海藤に対しては苦手意識があるのか、ちらっと向けた視線は警
戒心を含んでいる。
そんな楓の腰をそっと抱いていた伊崎が、まず海藤に対して頭を下げた。
 「今日は宜しくお願いします」
 「上杉さん次第だな」



 「久しぶりだね、楓君。学校どう?」
 「・・・・・まあまあ」
 にこにこと笑みを浮かべながら話し掛けてくる真琴に、楓も外面の笑顔でもなく、高飛車な目線でもなく、ごく普通の少
年になって話すことが出来る。
それでも、やはり素直ではないので、どうしても口調がぞんざいになってしまった。
 「マコさん、まだあの人と付き合ってんだ?マコさんならもっとちゃんとしたいい人が見付かるのに」
 「海藤さんは俺にとっていい人だよ?他の人から見ても最高の男の人じゃないかな」
 「恭祐の方がいい男だよ」
 「うん、楓君にとってはそうだよね」
たった2歳しか違わないが、真琴はおおらかに楓を受け止めてくれる。
その空気が伊崎といる時とはまた違って心地良くて、楓は自然と真琴との距離を縮めていた。
 「なあに、なあに、お花が2リンくっ付いちゃって」
 「・・・・・」
 「楓ちゃん、お久しぶり〜。相変わらず美人さんね〜。その肌羨ましいわ〜」
 「・・・・・」
(相変わらず変わった奴・・・・・)
 海藤と同じくらい、楓はこの綾辻が苦手だ。
整った容貌に、身体付きも伊崎と同じくらいなのに、なぜ女言葉なのかが理解出来ない。
あの言葉でどんどん心の中に入り込まれるのが苦手だし、嫌なのだ。
 「・・・・・こんにちは」
それでも、目の前のこの男が自分達よりも立場が上なのは分かるので、楓は渋々といった感じで頭を下げた。



(可愛いね〜、生意気で)
 綾辻は無表情なままで自分に挨拶をする楓を、内心ふき出しそうになるのを我慢しながら見つめていた。
日向組はつい最近代替わりをし、この楓の兄が新しい組長になった。
いい意味昔気質の、しかし、言葉を変えれば古臭いあの組は、これから若い組長とあの伊崎の力で変わっていくだろう。
そうすれば、日向組はもう一段階格上になれるのも遠い未来ではない。
 「ね、今度デートしない?連れて歩きたいわ〜」
 「遠慮します」
 「や〜ん、一言で振られちゃった〜」
 クスクス笑った綾辻の頭を、ガンッと小突く者がいた。
 「未成年に手を出さないように」
 「あら、克己、妬きもち?」
 「・・・・・綾辻」
 「嘘よ」
自分を叱る為とはいえ、人前で倉橋に触れてもらうはくすぐったい。
綾辻が嬉しそうに笑った時、新たな車が現れた。



 「お、揃ってんな」
 車から降りた上杉は、既に店の前にいた海藤と伊崎の姿を見て笑った。
(海藤のは・・・・・お、あの2人・・・・・)
視線を巡らした上杉は、見覚えのある綾辻の傍にいる2人の人物に直ぐに気付いた。
2人共高校生くらいの、青年・・・・・と、いうよりは、まだ少年といった雰囲気を持つ感じだ。
 「ふ〜ん」
(どっちも雰囲気があるな)
 1人は、一見ごく平凡に見える容姿ながら、よく見ればふと目に止まるような容貌の主だった。目もとのホクロが妙に色っ
ぽく、柔らかい雰囲気が心地良い感じだ。
 そして、もう1人・・・・・。
(こっちが、日向楓か)
そう直ぐに分かるほど、少年の容姿は飛びぬけて美しかった。
顔のパーツ一つ一つが全て完璧に整っていて、持っている雰囲気は清冽で激しい。
 「目の保養だな」
上杉は笑って、車の中を振り返った。
 「おい、タロ、皆揃ってんぞ」



 「だから、犬を呼ぶみたいに言うなって言っただろ!」
 上杉に続いて車を降りた太朗は、思わずそう文句を言いながら車を降りて・・・・・その場にいる面々を見て思わず後ず
さってしまった。
(ご、豪華だ・・・・・)
 そこには、太朗が目を見張るほどの面々がいた。
存在感が馬鹿にならないほど大きく、威圧感もある美貌の男。
その後ろには、眼鏡を掛けた知的な雰囲気を持つ男。
少し離れた場所には綺麗な顔の男がいて、そのすぐ傍に3人・・・・・モデルのように派手な容貌の男に、おっとりした空気
を持つ男、そして・・・・・。
 「うわ〜・・・・・美人・・・・・」
最後の1人は、太朗も今まで見たことがないほどの絶世の美人だった。
これ程の美人はテレビでも見たことがない・・・・・いや、そんな安っぽい存在ではとてもない。
 「お、男だよな?」
 太朗の視線を感じたのか、その絶世の美貌の主が綺麗な眉を顰めた。
 「・・・・・見て分からないのか?馬鹿が」
 「ば、馬鹿ぁ〜っ?」
 「眼鏡掛けた方がいいんじゃない?」
 「ちょ、ちょっと〜!!」
太朗はカッと顔を赤くして、思わず駆け寄ってしまった。
 「男だなって確認しただけだろ!何も女だと思ってるわけじゃないよ!」
 「・・・・・確認するのが馬鹿らしい」
 「ば、馬鹿って言うな!」
 「わーわー騒ぐな、煩い」
 「なっ・・・・・」
 「楓君ってば、ちょっと落ち着いて。女の子かって確認したいくらい、楓君が綺麗だって事なんだから。ね?そういうことだ
よね?」
 「あ・・・・・はい」
 平凡・・・・・そう思っていたが、近くで見れば目もとのホクロが妙に色っぽい青年が、ニコニコ笑いながら視線を向けてき
た。
その空気は威圧的ではないが、どこか逆らいきれないものがあり、太朗はもしかして彼が一番最強なのではないかとさえ
思ってしまった。
 「俺、西原真琴。大学1年なんだ。そして、彼は日向楓君、高校2年生だよね?」
 「・・・・・」
楓は真琴の言葉に渋々といったように頷く。
自己紹介をしてもらい、太朗も慌てて頭を下げた。
 「お、俺、苑江太朗です。高校1年です」
 「太郎君?可愛い名前だね」
にっこり笑った真琴に、太朗も釣られたように笑みを返した。



 とにかく店に入ろうということで、一行はぞろぞろと中に入っていく。
もちろん小田切は抜かりなく貸切にしていたので、店の中には人影は全くなかった。
 「ねえ、もしかしてここ美味しくないの?全然お客さんいないじゃん」
太朗がキョロキョロと辺りを見回しながら言うと、すぐ前を歩いていた楓がフンッと笑って言った。
 「ば〜か、貸切にしてるに決まってるだろ」
 「馬鹿って言うなよ!言う方が馬鹿なんだぞ!」
 「言われた方はもっと馬鹿」
 「お、お前なあ〜!」
 歳が近いせいなのか、太朗は最初に畏怖にも感じた美貌の主である楓に自然と文句を言い、楓も馬鹿にした口調な
がらも言い返す。
傍から見ると、普通の高校生同士に見えた。
(面白れーなー)
 上杉は笑いながら伊崎を振り返った。
 「伊崎、お前の姫さんは噂通り美人だなあ」
 「・・・・・ありがとうございます」
 「否定しないところがいいな」
 「・・・・・彼は、上杉さんの・・・・・」
 「可愛〜恋人だよ」
 「恋人、ですか」
 「ん?まあ、犯罪なのはお互い目を瞑ろうぜ」
暗に、楓も未成年だろうとウインクをしながら言った上杉は、次に海藤に言った。
 「お前んとこのは・・・・・なんか、想像とは違った」
 「どういう風に?」
 「なんか、お前が選ぶのはもっと大人の・・・・・分かりやすい美人じゃないかって思ってさ」
 「・・・・・」
海藤は笑った。
その顔は、上杉が今まで見たことがないくらい自慢げに笑っていて、海藤があの恋人をどれ程想っているのかが良く分か
る。
(すげえじゃねえか、あの子も)
 「よ〜し、今日は俺の奢りだ、好きなだけ食えよ!」
 「やったあ!ジローさん、そうこなくっちゃね!」
太朗が嬉しそうに叫び、
 「さすが上杉会長、太っ腹ね!」
綾辻が笑う。
つられたように真琴も笑って、隣に立つ楓に言った。
 「なんだか楽しくなりそうだね」
 「・・・・・恭祐とマコさんだけいればいいのに・・・・・」
それが正直な楓の気持ちだった。