3
「乾杯の音頭は俺でいいな」
誰が言う前に、上杉は日本酒を注いだお猪口を掲げた。
他の男達もほとんどがお猪口を持ったが、太朗、真琴、楓の3人は未成年なので、それぞれウーロン茶やジュースのグラ
スを持っている。
「よし。じゃあ、新年、明けましておめでとう。皆、今年も息災であるように、乾杯!」
少し、古臭い口上で乾杯の言葉を言うと、
「「「乾杯」」」
一同がそれに続けた。
「お〜し、どんどん注文しろよ!タロ、肉食いたいだろ?どんどん頼め」
「別に、俺が好きなのは肉だけじゃないってば!」
そう言いながらも楽しそうに笑っている太朗を見ると、上杉はこうして誘って良かったと思えた。
「えっと、俺、焼き鳥食べたいな。ネギマと・・・・・皮、あ、バラも!」
「みみっちい頼み方すんな。どうせなら盛り合わせ頼め」
「でも、軟骨とか食べられないし」
「食べるのはお前だけじゃないだろ」
「あ、そっか。あ、あの、西原さんは何食べますか?」
「名前でいいよ。俺も太朗君って呼んでいい?」
「はい!」
「・・・・・」
(雰囲気がいいのか?)
目を見張るような美貌の主といえば間違いなく楓だが、真琴は特別な美人というわけではないが独特な雰囲気がある。
そう思いながらじっと観察するように真琴を見つめていると、その視線に気付いた真琴が顔を上げて、笑いながら上杉に
会釈をした。
(お〜・・・・・これは、結構・・・・・って、おいおい、睨むなよ、海藤)
上杉の恋人が本当に高校生だと分かって、海藤は多少は驚いていた。
(高校生というより・・・・・中学生に見えるがな)
見掛けも性格も、まだまだ子供のように思える太朗が、なぜ上杉のような男と付き合うようになったのか・・・・・自分と真
琴の始まりが無理矢理でもあったので、上杉もと心配になった。
しかし、上杉に対する太朗の態度は自然で、とても無理に言うことを聞かせているというようには見えない。
お互い同意の上かと、納得せざるを得ないような・・・・・。
「海藤会長、どうぞ」
「・・・・・」
伊崎が御銚子を持って傍に来た。
「ああ」
「今年も、組長同様、宜しくお願いします」
「お前も今年は忙しいな」
「はい。でも、遣り甲斐がありますから」
伊崎は苦笑しながら言うと、チラッと楓の方を振り向く。
「私が確固たる立場にならないと・・・・・」
「あのお嬢さんの立場がないか?」
「・・・・・楓さんの前ではその呼び名は止めてください」
「気の強い子だからな」
「素直で可愛い子です」
思わず言い返す伊崎に、海藤は口元に笑みを浮かべたまま酒を口にした。
「揚げ出し豆腐もい〜な〜」
「ジジイの味覚」
「なんだよ!お前だって、ウズラの卵好きなんて、女の子みたいじゃん!」
楓と太朗は、真琴を間に挟んだまま睨み合っていた。
どちらかといえば子供っぽく、普通の家庭で育った太朗と、世の中の暗い部分も見たことがある特殊な世界で生きてきた
楓と、背景は全く違う2人だが、言い合いの調子は妙に息が合っている。
そう感じるからこそ、真琴は苦笑を浮かべながら2人を見つめていた。
「山芋の鉄板焼き!」
「シーフードサラダ!」
「焼きお握り!」
「サンドイッチ!」
「居酒屋にサンドイッチなんかあるわけないじゃん!」
「焼きお握り頼むくらいなら、寿司でも頼めよ、ビンボー人!」
「あ、じゃあ、頼んでみよっか」
2人の言い合いに真琴がのんびりと口を挟んで、(なぜか)上座に座っている上杉を振り返った。
「あの、ここサンドイッチとか出来ますか?楓君が食べたいそうなんですけど」
「楓さん」
呆れたように名を呼ぶ伊崎に、楓はプイっとそっぽを向いた。
「食べたいんだから仕方ないだろ」
「ああ、いいっていいって。頼めば何とかしてくれるだろう」
「ジローさん、甘やかさないでよ!」
「ん?タロは何が食べたいんだ?」
甘えてくれと言わんばかりに笑みを浮かべる上杉に、太朗もカッと赤くなってしまうしかない。
それを見た楓が、ポツンと呟いた。
「ガ〜キ」
(何だよ、こいつ、甘やかされてばっかで・・・・・)
楓は、太朗が少しだけ羨ましいと思っていた。
普段、伊崎は楓に上下関係を感じているのか、常に人前では敬語で一歩後ろに付いている。
それは恋人同士になる前も後も変わらず、もっと伊崎に甘えてベタベタしたい楓にとっては全然物足りないくらいだった。
それなのに、太朗は堂々と上杉と渡り合い、上杉も人目を憚らずに太朗を甘やかしている。
上杉が伊崎よりもいい男だとは絶対に思っていないが、これ程誰の目から見ても明け透けに行為を示す所は結構いい
かもしれない・・・・・そう思ってしまっていた。
「おい、それ以外に何が食いたいんだ?メニューに載ってないものは早めに言えよ」
上杉が楓に声を掛ける。
楓はチラッと伊崎を振り返った。
「恭祐」
「はい」
「俺、千疋屋(せんびきや)のモンブランが食べたい」
「またそんな我が儘を・・・・・」
「・・・・・」
(怒るんならもっとちゃんと怒ればいいのに!)
何事も中途半端な感じがして、楓の機嫌は一気に悪くなった。
「楓さん」
「何だよ」
「そこ、正月から揉めるな。いいって、小田切に連絡して用意させよう」
上杉がそう言ったが、楓はぷうっと膨らませた頬を戻すことが出来なかった。
「私も仲間に入れてよ」
そんな楓の背中からおぶいさる様に声を掛けたのは綾辻だ。
馴れ馴れしく身体に触れられて、楓は今にも文句を言いたいのをじっと堪えている。
そんな様子が手に取るように分かる綾辻は、ますます身体を密着させながら視線を伊崎に向けた。
「こんな可愛い子を守ってるんだから、あんたも大変ねえ、伊崎」
「・・・・・いえ、そんなことは」
「ふふ」
(触るなって言えばいいのに)
文句を言えないのは、多分伊崎の性格なのだろう。たとえ立場が下だといっても、牽制の仕方は色々あるはずだ。
綾辻ならば、勝手に倉橋の身体に触れる者がいたとしたら、それがたとえ海藤だとしても何としてでも止めさせるつもりだ。
(それがじれったいんだよなあ、このお姫様は)
素直に甘えられない楓と、上手に甘やかすことが出来ない伊崎。
確か、楓が随分小さい頃から世話係として付いていたと聞いている。気持ちはなかなか切り替えられないのだろうか。
「・・・・・」
綾辻は一転して倉橋に視線を向けた。
今は上杉の傍にいて、色々な注文を取りまとめているようだ。苦労性な性分はここでも発揮をされている。
「・・・・・」
(なんか・・・・・気に障るんだよな、あの人は)
例えば倉橋が海藤と一晩一緒にいたとしても、綾辻は2人の間に間違いが起こるとは絶対に思わないが、上杉の場
合は・・・・・どこか信用がならない。
かなり女遊びが激しかったと聞くが、今回の恋人は男なのだ。倉橋でさえ範疇外とは言えないだろう。
(克己は美人だしなあ)
そう考え出すと止まらなくて、綾辻は思わず2人に向かって叫んでしまった。
「克己、あんまり上杉会長の傍にいると喰われちゃうわよ!私の為にもその身体は大事に守ってね!」
「なっ、なんて事言うんですか!」
突然の綾辻の爆弾発言に、倉橋は眉を吊り上げて怒った。
綾辻の言葉を聞いて、海藤は思わず頬に笑みを浮かべた。
綾辻と倉橋が、実際どこまでの関係なのかははっきりと分からないが、倉橋と同じ白粉彫りを綾辻が彫ったと聞いた時、
綾辻にとって倉橋がどれほど大きな存在かは感じ取った。
それは多分、恋愛感情以上の思いなのだろう。
「海藤さん、俺、山芋の鉄板焼き頼んでもいいですか?」
「ああ、好きなもの頼め」
「じゃあ、フライドポテトと、ジャガバターも?」
「芋ばっかりだな」
「好きなんですよ」
一々海藤に許可を取るまでもなく、どれも安い物ばかりだ。
それぐらいなら何人前でもいいぞと笑いながら言うと、真琴は嬉しそうに笑って頷く。
「ねえ、太朗君は食べる?」
「うん!俺も芋好き!」
「楓君は?」
「・・・・・北海道産のジャガイモなら食べる」
「お前なあ!」
思わず身を乗り出そうとした太朗に、真琴はにこっと笑いながら言った。
「じゃあ、10人前くらい頼もうか?丁度北海道産だし」
(相変わらずだなあ、楓君)
楓の我が儘は、真琴にとっては少しも苦にならない。
そもそも弟の真哉があまりにしっかりしているので、少しくらい我が儘な弟がいても楽しいかもと思っていたくらいだからだ。
それに、メールでの楓は言葉を飾らないので、素直な性格が文面からよく分かる。こうして初対面の相手を威嚇してしま
うのは、人並みはずれた容姿を持つ楓の当たり前の警戒心からなのだろう。
「茶碗蒸しも食べる?」
「・・・・・」
コクッと頷く楓を見て、今度は太朗を見る。
「太朗君、手羽先もあるよ?」
「あ!食べます!」
「ここ、ちょっと高そうだけど、本当に居酒屋みたいにメニュー色々あるよね」
「でも、値段が書いてないのがちょっと怖いかも」
素直に話す太朗は微笑ましく、真琴もメニューを覗きながら頷いた。
「ほんと、ちょっと怖いね」
「お前の連れが全部払うんだろ。だったら、俺、フカヒレとか本マグロとかアワビとかどんどん注文しよっと」
「あ〜、ずるいぞ、お前!」
「先輩にお前って言うなよ」
「俺の学校と違うじゃん!」
「俺はゆーしゅーな私立校だからな」
「公立で悪かったな!」
「ちょっと、2人共〜」
ちょっとした事で言い合ってしまう2人を見て、さすがに本当に犬猿の仲なのかもと溜め息を付いてしまった。
(・・・・・でも、どっちが猿で、どっちが犬なんだろ?)
![]()
![]()